第12章 帰郷と復讐計画の始動
東京を発つ朝、私はほとんど何も感じていなかった。スーツケースの中には、着替えと最低限の生活用品、そして過去を清算するための覚悟だけが詰まっていた。新幹線の座席に座り、窓の外を流れる風景を眺めながら、頭の中では何度も同じ問いが繰り返される。
――なぜ、私はここまで追い込まれたのか。
答えは一つしかなかった。父と母。あの二人が私の人生のすべてを歪めた。東京での成功も、整形も、芸能界の裏の取引も、すべてはあの家で受けた虐待がなければ必要なかったはずだ。そう思うたび、胸の奥で冷たい怒りが静かに膨らんでいく。
石川県の駅に降り立つと、空気が東京とはまるで違っていた。湿った風、静かなホーム、誰も私に気づかない安心感。芸能界でのスキャンダルなど、この町にはまだ届いていない。私は帽子を深くかぶり、サングラスで顔を隠し、実家のある地区へ向かうバスに乗り込んだ。
バスの窓から見える田んぼや古い民家の風景は、子どもの頃とほとんど変わっていなかった。あの家も、きっと同じだろう。逃げ出した日から十年以上が経っているのに、記憶の中の恐怖は少しも色あせていない。
まずは様子を見る。感情で突っ走るほど、私はもう愚かではなかった。東京で生き延びるために身につけた冷静さと計算力が、今は最大の武器だった。私は駅近くのビジネスホテルにチェックインし、荷物を置くと、夕方になるのを待って実家の周辺を歩いた。
遠くから見た実家は、相変わらず古びた木造の一軒家だった。外壁の塗装は剥げ、庭には雑草が伸び放題になっている。カーテンの隙間から漏れる明かりを見た瞬間、胸がきゅっと締めつけられた。あの家に、父と母はまだいる。何も知らず、私が壊れていくきっかけを作ったまま、普通の生活を続けている。
私は物陰に身を潜め、しばらく家の様子を観察した。玄関から父が出てきて、タバコを吸いながら庭に立つ。太った体、乱れた髪、相変わらずの無表情。その姿を見た瞬間、胃の奥から込み上げてくる吐き気と怒りを必死に押さえた。
――この男が、私の人生を壊した。
その夜、ホテルに戻ってからも眠れなかった。ベッドに横になり、天井を見つめながら、何度も計画を練り直す。突発的な行動はしない。証拠を残さない方法、近所の目を避ける時間帯、逃げ道。東京で学んだ「自分を守るための思考」が、復讐のための設計図に変わっていく。
私はノートを取り出し、実家周辺の地図を簡単に書いた。近くの空き地、裏道、コンビニ、街灯の位置。細部まで把握することで、不思議と心は落ち着いていった。これは衝動ではない。長い時間をかけて積み上げられた必然だ、と自分に言い聞かせる。
鏡に映る自分の顔を見つめる。整形で作られたこの顔に、昔の私の面影はほとんどない。だが、瞳の奥にある怒りと恐怖だけは、あの頃のままだった。
私は小さく息を吐き、静かに呟いた。
「もう逃げない」
両親への復讐は、すでに始まっている。あとは、引き金を引くタイミングを待つだけだった。




