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葵の、ただ代わり映えのない毎日

 叔母さんに連れられて自宅へ戻った時、時計は19時を過ぎていた。

 私に課せられた毎日のスケジュールは、18時に夕食を済ませて風呂に入ること。その後は叔母さんとお茶とお菓子をつまみつつ、1時間ほど会話をすること。

 そして、20時半には自室に戻って予習復習。22時過ぎにはベッドに潜る。

 まっすぐ引かれた道の上を、一歩もはみ出さずに歩く。

 春夏秋冬、ずっと変わらない、私の毎日。

 その予定がたった1時間狂っただけで、叔母さんは大騒ぎだ。

 まるで電車の遅延を修正する車掌さんのように、食事や風呂を分刻みで短縮させた。さらにお茶とお菓子の時間はいつもより15分短縮される。

 それは私にとって幸せなことだけれど……。


(最悪だ)


 全ての予定を終わらせて、私はベッドの上でがっくりと肩を落とす。

(虫のせいで自由時間がほとんどない……)

 時計を見上げ、私はため息をついた。時刻は22時。あと少ししか自由がない。

 その原因となる桜虫をにらみ、指で弾き飛ばしてみる。が、やはり触ることはできない。

 思い切って掴んでみても空気を掴むようなものだ。

(何しても、流れないし、消えないし)

 些細な希望をこめて、風呂ではきついシャワーを浴びせてみた。

 しかし虫は喜ぶように跳ね回るだけだ。確か保健室で寝返りを打っても、指で払っても消えなかった。

 やはりこれは、ただの光の粒だ。

(正直、迷惑……)

 と、私は長い息を吐く。

(……少しずつ引っ越しの片付けもしようと思ってたのに。それもできないし)

 そして惰性のように、部屋の隅に積まれた段ボールを見た。

 それは引っ越しのその日から、置いたままになっている日用品の入った段ボール。中を覗き込めば、線香の匂いがする。

(そっか、前の家じゃ私の部屋、仏間だったから……)

 私は一ヶ月前までの風景を思い出し、冷えた二の腕をさすった。

 あの薄暗い仏間から考えるとこの部屋は狭くても天国だ。でも引っ越しして一ヶ月。その天国は一瞬で地獄に引きずり落とされた。

(……こんな面倒に巻き込まれるなんて……)

 せめて先に情報が欲しかった。と私はしみじみと思う。

 勉強でもなんでも、先にわかっていれば対策できる。それは私が人生で手に入れた教訓だ。

 しかし教室で桜虫の儀式について話す人間なんて、一人もいなかった。

(そんなこと、話してくれる人もいないけど)

 自嘲して、私はため息をつく。

 自分自身でもわかっているのだ。私は心底、面倒くさい性格をしている。

 一見すると真面目で優等生。人当たりもいい。

 真面目に見せかけるのはそれが鎧になるからだ。 

 持ち物は学校指定。髪型は校則通りの耳下お下げ。スカートの長さは膝の三センチ下。

 常に校則を守った恰好。でも靴下だけはギリギリ校則違反のワンポイント入り。

 それくらいは気を抜いて見せないと、生真面目すぎても浮いてしまう。

 テストで目指すのは学年の20位以内。10位以内に入ると、目立ちすぎる。逆に順位を落としすぎても目立つ。

 とにかく、目立たず、息を潜める。

 それが私の生き方だ。

 この町は東京から来た転校生というだけで、悪目立ちする町である。

 クラスメイトと挨拶はするが、関わらない。いじめられない程度に過ごす。それが理想だった。

 もちろん、目立つ女子と絡むなんてもってのほか。

 息苦しいがルールと決めれば苦ではない。それにあと1年と少し。この仮面をつけていれば、中学を卒業できる。

 高校は東京の全寮制に進学予定なので、今だけ乗り切ればあとはいくらでも自由になれる。

 スケジュール帳に挟んだ再来年までのカレンダーを、私はそっと撫でる。

 一日が終わる度に私は日付を消してきた……目標まであと500日程度。

(うまくいってるって、思ってたのになあ)

 ため息を抑え私はベッドに腰を下ろす。が、そっと立ち上がり扉に耳を押し当てた。

(……こんなときは)

 誰もいないことを知っていながら、それでもゆっくりと周囲を探って。じゅうぶん気をつけながら、棚の奥に隠してある一冊の本を引き出した。

 それはすでに角が丸くなり、ぺこぺこに折れ曲がった大判のカラー本だ。

 表紙にはドレスを身にまとう美しい女性が映っている。

 本を抱きしめたまま、私は大急ぎでベッドに潜り込む。頭まで布団を被せて、亀のようになりながらページをそっとめくった。

 薄暗い布団の中で広がった写真に、私はため息をつく。

 本の中は、夢の世界だ。

 まるで海をまとったようなウエディングドレス、薔薇の花をモチーフにしたドレス、漆黒のゴシックドレス。

 どれもうっとりとするほどに美しく、艶やかで、夢のよう。

(……綺麗)

 布団にすっぽり包まれたまま、私はドレスの写真をじっと見つめる。

 広がるドレープの美しさ。体のラインにそった、きれいな裁縫。透けるレースに落ちる影。

 もう100回も1000回も見た。

 しかし見るたびに新しい発見があり、美しさに驚かされる。

 肩の上で、窮屈そうに虫が跳ねた。すると淡い光が、本を照らす。

 本の中のドレスが、スポットライトを当てたようにキラキラと輝く。それを見て、私は少しだけ胸をときめかせた。

(虫が明るいから、本が見やすいのは便利かも)

 私が唯一、心を許せる時間は眠る前の30分だけ……今日は短縮されたけど……このドレスの本をめくる時間だけ。

(なんて……きれいなドレス)

 昔から私はドレスが好きだ。

(ウエディングドレスの真っ白なのも綺麗だし、カクテルドレスの……裾が扇みたいに広がってるのも、すごくいい)

 うっとりと、私は目を細めた。

 レースの細やかなところも、ドレープが光を集めているところも、息が詰まるほどに美しい。

 幼稚園のとき、私は親戚の結婚式で初めてドレスを身につけた。

 可愛らしい黄色のシフォンドレスだ。今から思えば、最新のデザインでもなかったし、新品というわけでもなかった。

 ……が、それが、私の人生に美しい彩りをもたらした。

 私はお小遣いでドレスを買おう、と決意する。しかしドレスの値段を知って愕然とした。

 加えて、平凡顔の私ではドレスは似合わない。それに気づいた私は、数年前にすっぱりと「着ること」への憧れは断ち切った。

 今はドレスの写真を見つめているだけで、幸せだ。

(ああ……古本屋でこの本と出会ったのは、本当に奇跡。参考書代で買ったから、絶対に叔母さんにはバレないようにしなきゃだけど……)

 熱くなった頬を枕に押し付けながら、大判の表紙を見つめる。めくりすぎた表紙は少し折れている。

 日本人デザイナーが手掛けたドレス写真集。私が生まれるより前に発行された本だけど、ちっとも古臭くない。

(……なんて、なんて綺麗なんだろう)

 宝物に触れるように、本を撫でる。

 デザイナーはこの本が出た後に亡くなったらしい。

 最後のページには満面の笑みを浮かべる女性の写真が掲載されている。その下に書かれるのは家族から送られたという追悼文。

 早すぎる死を惜しむ。と、震えるような手書き文字……カラー写真に溢れたこの本の、ここのページだけが湿っぽい。

 私はそれを無視して、再び1ページ目まで戻った。

 凛と胸を張ったモデルたちが顔をつんと高くあげ、自信に満ち溢れた顔で映っている。

 全員が「自分の好きなものを着ている」という顔だ。好きなものを着て、好きなものを履く。自信が足から、腕から、指の先から溢れている。

 そんなドレスが虫の放つ光に包まれて、悔しいくらいきれいだ。

 何度見ても色に溺れる。何度見ても、息が止まる。

(藍色のも、黄色のも。あ、この紫のカクテルドレスは本当に綺麗。お花がモチーフで……でも普段に着るなら、こっちのドレスかな。こっちは短すぎるかな……でも、このスカートの長さ、あの花守さんのスカートみたい……)


「葵ちゃん?」


 深くドレスの世界に入り込んだその時。こん、と扉がノックされ私は思わず息を呑んだ。

 揺れるドレスのドレープ、シフォンのような裾のフリル。赤に黄色にシックな紫。そこから視線を外し布団から顔を出せば、見えるのは色の落ちた壁の色だ。

 夢の世界から一気に、冷たい自室という現実に引き戻される。

 私は急いで本を枕の下に隠し、まるで今起きたような顔で頭を上げた。

 扉の向こう、寝間着姿の叔母さんがいる。

「はい」

「ごめんね。もう寝ちゃった?」

「少し、寝ちゃってました」

「だめよ、電気を消し忘れちゃ」

「ごめんなさい。うとうとしちゃって……」

「まあ今日は疲れちゃったのよね。こんなことがあったのだもの」

 叔母さんは指を髪にからめて困ったようにいう。

「……面倒なことがないように、女子中学校に入ったのにねえ」

 ふと、叔母さんが壁を見つめてため息をついた。

 その先につられているのは、私が通う葭桜女子中学校の制服だ。

 歴史のある学校らしく、今どき都内でも見ないようなかっちりとした紺色ジャケットと、白いシャツ。胸元にはシンプルな赤のリボンを結ぶ。

 胸元についた桜の形の校章は、叔母さんが「可愛い」と気に入っていたものだ。

 あれほど褒めていた制服を、叔母さんはすこしだけ面倒くさそうな目で見つめる。が、私の視線に気づいたように、慌てて笑顔を浮かべた。

「そうだ。もう少し起きていられそうなら虫のこと、おじさんにも説明してあげられる? 今帰ってきたのよ。話、聞きたいって」

「……はい」

 ベッドから降りると、床は冷たい。

 夏はそろそろ終わる。夏が来れば普通は秋だが、この町は一足とびに冬になるのかもしれない。

 足元にはそんな冷えが、かすかに感じられた。


「おじさん、おかえりなさい」

「葵ちゃん、虫が憑いたって?」

 キッチンに顔を出せば、髪の毛がすっかり薄くなった男性が手を振っている。人の良さそうな顔だ。実際、人はいいのだろう。

(親に捨てられた姪っ子を引き取るくらいだもんね)

 漏れそうになる言葉を飲み込み、私は笑顔を浮かべて見せた。

「そうなんです。この町の……伝統って聞きました」

「憑く相手は……くじで決まるのか? それとも先生が?」

 私のことを彼は心配そうに見つめる。

 母の弟である叔父さんは穏やかな人だ。

 母と違って怒鳴ったり、急に泣き出したりもしない。

 同じ血を引いていても、性格はそれぞれ異なる。彼を見ると、私は安心するのだ。

 ……私はきっと、お母さんみたいにはならない。

「虫が自分で人を選ぶんだそうです。だから、私に憑いたのも運みたいなものって先生が言ってました」

 虫は自分のことを話していると気づいたように、嬉しそうに肩で跳ねる。

 そのたびに髪が揺れる。それを叔父さんは目を細めて見つめる。本当に動くんだな。と、呑気に呟いた。

 そんな叔父さんの肩を、叔母さんがため息交じりにつつく。

「聞いてよ。春まで、この虫は離れないんですって」

「そうかあ……転勤がここに決まった時、そんな話をふんわり聞いたことがあったが、それが葵ちゃんに、なんてなあ」

 葭野町は県庁所在地から山一つ越えた場所にある、小さな田舎町。

 山と山に囲まれ、冬には雪かきなども必要になる、と聞いている。

 以前住んでいた東京郊外は雪が積もってもせいぜい足首までだった。屋根を押しつぶすほどの雪など見たこともない。

 こんな厳冬の町に越してきた理由は、叔父さんの転勤のためだ。

 叔父一家に扶養されている私に拒否権があるはずもなく、今年の夏の半ばにこの町へ越してきた。

「そうだ! 寝ていて潰れたりしないの? いやよ。枕にべったり虫の死体なんて」

 この中で、渋い顔をしているのは叔母さんだけだ。

 私は彼女を安心させるように、ゆっくりと虫に触れてみせた。

「大丈夫です。触ろうと思っても感触はないし、お風呂に入っても流れないんです」

 虫には実態がない。強いシャワーにも耐えるし、触れようとしても指が通り抜ける。ただの光の塊だ。そう語ると、叔父さんは不思議そうに首をかしげる。

「で。これは、どうするんだ?」

「冬になったら……山に行ってこの虫を……巣に戻すんだったと思います」

 覚えているのは山、そして虫を返すという言葉。

 先生の声を思い出そうとすれば、叔母さんのヒステリックな声が重なって邪魔をする。 

 暑いグラウンドで走る陸上部の声と、ギターの音、遠くの山が霞む様子だとか、そんなことしか思い出せない。

「えっと……詳しいことがわかれば、また言います」

 窓の外からは本物の虫の声が聞こえてくる。ここ最近、夜は冷える。

 しかしまだまだ昼は暑い。これから秋と冬が来て、それから春になるのだ。それは随分先のことで、想像もできない。

「本当にねえ、困ったもんだわ。まさかねえ、来た途端にこんなことになるなんて。私、先生に言ってやったのよ、迷惑ですって。でもどうしようもないなんて、そんなことを言うの」

 叔母さんの声は相変わらずのキンキン声だ。

 やがて彼女は突然立ち上がり、台所へ駆けていく。

「ああ、怒ったらお腹空いちゃった!」

 そして叔母さんはこんな夜遅くにココアを3人分作り、それぞれの前に置いた。そしてちらりと時計を見上げる。

「まだもうちょっと食べられるでしょ。すぐだからね」

 叔母さんはうきうきと、楽しそうな顔でボウルに手を伸ばした。白い粉と牛乳がぐるぐる混ぜられる様子をみて、私はうんざり顔を隠すように横に向ける。

「おいおい、またこんな夜に、お前」

「女の子は甘いものが好きなのよ。あなたはちっとも女の子のことわかってないんだから。それに薄く小さく作るから大丈夫、そんなお腹にたまらないから」

 10分後、叔母さんは笑顔で大きな皿を机の上に置いた。乗っているのは薄めのホットケーキだ。

 叔母さんはそこに、バターをぼとりと落とす。さらにあふれるくらいのメープルシロップも。

「今日は疲れただろうから、あま~いのにしておいたわ。美味しいわよ。バターもたっぷり付けてね」

 甘党の叔母さんはご機嫌な笑顔でホットケーキを取り分ける。

 中でも一番大きな塊を、私の前に置いた。

 こんがり焼き色のついたホットケーキの表面から、とろりとメープルシロップが垂れるのを、私は絶望の顔で見つめる。

「葵ちゃん。さあどうぞ」

 叔母さんも叔父さんと同じく優しいのだ。女子はすべからく、甘いものが好きなのだという妄想を持っているだけで。

「わあ。美味しそう! いただきます」

 私は笑顔で受け取り、できるだけ味を感じずにすむように、急いで飲み込んだ。

 ホットケーキもココアも濃くて甘くてどろりと重く、舌や喉を痛いくらいに痛めつけていく。触れた場所が砂糖菓子になっていく、そんな感じがする。

 叔母さんにばれないように、私はその凶悪に重い塊を一気に飲み込んだ。

(コーヒー、飲みたいな……)

 まるで甘い海に溺れているようだ。

(お茶でもいいんだけど……)

 お茶は冷蔵庫の奥深く。 

 叔母さんを超えて冷蔵庫までの数歩を進む勇気が、私にはない。

「お前、葵ちゃんのこと、ちゃんと見てやれよ。こういうときは同性のほうが頼りになるだろう?」

「もちろん。葵ちゃんと一緒に私もちゃんとお勉強しなくちゃいけないわね。虫のこと」

 叔父さんと叔母さんが私の名前を呼ぶ。それを眺めながら、私は本当の両親のことを思い出そうとした。

 しかし彼らの顔は浮かぶのに、声を思い出せない。

 どんな声だったのか。どんな声で私の名を呼んだのか。

 人は声を最初に忘れると言う。

 そのうち、顔も姿も少しずつ忘れていくのかもしれない。

 それは寂しいことなのか。寂しいと思うのが普通の女の子なのか。

 そんな常識さえ、私は知らない。

「葵ちゃん顔色が悪いわ。大丈夫? そんなに嫌ならおばさん、もう一回先生に言ってあげるわ。こんなの……虫なんて、誰かにあげることもできるんでしょう?」

「いいえ……大丈夫です」

 胸のどこかがちくりと痛み、私はそっと手を握りしめる。 

 叔母さんの言う通り、本心は「不快」だ。いきなり虫に取り憑かれて恐ろしい。できるなら、一刻も早く、取り去ってほしい。

 しかしあと1年と半年頑張れば卒業だ。そうすれば県外の高校に進む。出てしまえばあとは自由だ。

 それまで平穏で「良い子」で過ごしたい。

 少なくとも、この町では虫憑きは祝うべきことのようである。嫌だ、なんて言えるはずがない。

 虫がぶん、と飛んで頬に触れる。暖かいようなぬるいようなその温度は、なぜか懐かしいものだった……それが何であるのか、思い出せないが。

「内申にもよく書かれるみたいですし、私がんばれます」 

 作り笑顔は得意なのだ。自分でも嫌になるくらいに。

 甘ったるいココアを一気に飲み干してコップとメープル塗れの皿を洗うと、私は勢いよく頭を下げた。

「じゃあ、歯を磨いてきます。おやすみなさい」

「葵ちゃん、寝るときはきちんと電気消してね」

「はい」

 叔母さんの声がまるで追い打ちのように追いかけてきた。



「あの子本当に大丈夫なんでしょうね」

 叔母さんの声が聞こえてきたのは、歯磨きが終わり、廊下に戻った時。

「虫のせいかもしれないけど、今日いきなり倒れて保健室に一日……もう顔が真っ青でね、私本当に怖かったの……」

 真っ暗な廊下は、一寸先が闇だ。私は拳を握りしめ、ゆっくり、進む。

 この土地は、東京より少しだけ闇が深い。

 家は築何十年も経っている。それでも社宅の中ではまあまあ新しいほうだという。しかし越してきて数ヶ月、未だに家の空気が肌になじまない。

 この家は、夜になると暗すぎる。

「ねえ、まさかあの子も、あの子のお兄ちゃんみたいに……」

「大丈夫だろう、健康診断の結果は良かったし」

 二人は私が部屋に戻ったと思いこんでいるのだろう。ぼそぼそと、低い声の会話が廊下にゆっくり忍び込んでくる。

「それもあるけど……ねえ、お義姉さんからなにかないの? 別にね、嫌なわけじゃないの。すっかり葵ちゃんも馴染んでくれたし、甘い物を一緒に食べるのも楽しいし。ただね、お義姉さんは不義理じゃない? あの子に対する電話とか手紙とかそういう」

「……いや、ないな。あの人は子供の時から情の薄い人だったから……」

「情が薄いどころの話じゃないわよ。娘放り出して、お金だけ振り込んでおしまいなんて。あんまりにも可愛そうじゃない、仮にも自分の子を」

「声が大きい」

 叔父さんの鋭い声が飛ぶが、叔母さんの声は興奮したまま。

「そりゃあの子はいい子ですけどね。頭もいいし生活態度も……義姉さんとはまるで違う。でもねえ……いい子すぎて……」

「確かに、真面目過ぎるが……」

「引き取った時から、あの態度だもの。いい子だけど……まるで大人みたいで」

 私が叔父夫婦の家に初めて足を踏み入れたのは中学1年の春。

 その時、私は笑顔で二人に頭を下げた。

(そうするしか、ないじゃない)

 お金もない、力もない。そんな中学生ができることは、頭を下げることくらいだ。

 それが子供らしくないと言われてしまうと、もうどうしようもない。

(……それ以外、何ができるのよ)

 私は中学生にして、大人にならざるを得なかったのである。

(聞こえてない、聞こえてない)

 心の中で呟いて、冷たい廊下を一歩、一歩、進む。昔から夜は怖い。闇は怖い。

 夜の闇に取り込まれそうで、恐ろしい。

「ただでさえ色々あるんだから、もう嫌ですよ。面倒は」

 闇の中、叔母さんのため息が聞こえる。

 思わず目を閉じたが、明るい光に瞳が開く。

 それは、桜虫だ。この闇の中、ピンク色の虫だけが飛び回っている。

 私はその光に導かれるように、自室のノブを掴む。

 白い光が灯る部屋は、いつもより少しだけ温度が低い気がした。

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