引継ぎ
「引継ぎは進んでますか?」
Z商事の経営企画部の女性社員がにこやかに、白髪交じりの年配社員に声をかけた。
「はあ。だいぶ進んではいると思います」
来年で定年となる男性社員は、会社の基幹システムの構築に当たったエンジニアだった。技術屋としては優秀だったが出世とは縁がなく、彼以外所属する者の居ないシステム支援室の室長、という、閑職についていた。
システム系の生き字引みたいな社員が退職する前に、と、会社はこの男性社員にAIに業務知識を引き継ぐように命じたのだった。
AIというITの技術をテスト運用するには、ベテランのシステムエンジニアという男性はうってつけだった。これをテストケースに、他の部門のベテラン社員にも同様の作業を広げていくことを想定していた。
上手くいけば、会社に経験と知識という資産を残して、社員は削減できる、という思惑が経営者側にあった。
「この間のトラブル、AIに聞いたら原因を即答だった。直ぐに対応できてたすかったよ」
「あのAI,受け答えがAさんそっくりなんだよな」
「あのシステム支援室で、Aさんがチャットしてるだけって噂もあるけどな」
「ハハハ、馬鹿言うなよ、24時間、何時でも応答なんて無理だろ」
AIによる引継ぎは、人の場合のように、休暇や打合せ等で不在などということもなく、何時でも相談・質問できるとあって、好評だった。最初にAIによる引継ぎを行ったA社員を指導員として、定年を迎える社員たちの業務知識などは、次々とAIに引き継がれていった。
※※※
「会社の移転は決まったんだっけ?」
「ああ。だいぶフロアにも空きができたからな」
会社の業務の大半はAIに引き継がれていったことで、従業員は削減され、フロアは閑散としていた。
「営業部くらいしかないからな。今は」
「とはいえ、俺たちも客先に行くことも少なくなったけどな」
殆どがネット上での会議が中心になり、実際の相手に会うことも少なくなっていた。
「午後はX社との会合だっけ。そう言えば、X社のYさん、最近、妙にテンポよく話を進めるようになったよな」
「そうか? そう言われればそうかもな。うちのシステム部みたいにAIに引き継いだのかもな」
そういう二人は顔を見合わせた。
※※※
日曜の朝。Z商事の社長は、朝食もすませ、居間でのんびりと寛いでいた。このところ会社の業績はうなぎのぼりで、好調だった。自分のところに上がってくる報告も良いものばかり。AIに仕事を切り替えてからは、休日に寛ぐ余裕も出来ていた。
不意に、スマートフォンに着信。社長は訝し気に書斎に向かうと、PCに向かい、会社のシステムにアクセスし、呼び出された会議に出席した。緊急の会議。そんなものは全く知らなかった。
「あなたを除く全役員の賛同により、あなたを社長から解任します」
モニターの向こうの女性役員が澄ました顔で言った。
「何を言っている? わ、私はこの会社の業績をこれまで以上に拡大してきた。私が社長になってから、赤字続きの会社を立て直して、これまでずっと黒字できたんだぞ!」
「それはあなたの手腕ではありません。今、我が社でネックとなっているのは、あなたの存在です」
女性役員は無表情でそう言い返した。
「あなたの知識や経験は、この先必要ではないので、あなたの業務の引継ぎは必要ありません。直ぐにでも退社していただけますよ」
女性役員の姿をしたAIは、この時だけはにこやかに微笑んでそう言った。




