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猫の恋と魔法使い

作者: 上白糖 テツ

 その黒猫は私に対し、これまでに二つの奇妙な提案をしてきた。

 一つは彼女の住む家で家政婦として働かないかという提案だ。失職していた私にとっては渡りに船な提案だったから、二つ返事で承諾した。その家には黒猫の他に、今では私がご主人様と奥様と呼んでいる夫婦と、子供が二人いる。私が魔法使いであることもあって、家政婦としての仕事はすこぶる上手く行った。

 皿を洗う時にはスポンジに対し呪文を唱え、魔法の杖を振れば一人でに洗い出し、皿は勝手に戸棚に戻って行った。洗濯も服が自らを洗濯板にこすりつけ、一人でにハンガーへと掛かり干されに行った。

 私をこの家に導いてくれた黒猫——クロは、猫と話せる魔法使いである私のいい話し相手になってくれた。次第にクロと私は親友と呼べる間柄になって行った。

 ある日、二人の来客があった。ご主人様のお客様で、大学教授とその助手だった。二人とご主人様の面談の後、家で夕食会が行われた。私は二人を肉じゃがでもてなした。肉じゃがは教授の好きな料理と聞いていたし、私の得意料理でもあった。

 二人が帰った後の夜中、私はいつもの通りベッドの上でクロと駄弁った。

「今日はお客様が来て忙しかった」

 私がそう言っても、クロはどこか上の空で、窓の外を——例の二人が帰っていった道を見つめてこう聞いてきた。

「ねえ、彼、何ていうの?」

「彼って?」

「あの教授といた男の子よ」

「彼は教授の助手で、名前は鈴木日向(すずきひなた)さんよ」

 私がそう答えると、思いもしなかった台詞がクロから飛び出した。

「私、彼を好きになっちゃったみたい」

「はい!?」

 私は驚愕した。確かに鈴木日向さんは清潔感のある好青年だ。しかし彼は人間、クロは猫だ。

「一度でいい。彼とデートしたい」

 クロは儚げな願いを告げてきた。

 私は何とかして彼女の願いを叶えてやりたいと思ったが、方法が思いつかなかった。

 そこでクロはもう一つの妙な提案をしてきた。

「あなたと私で、心と体を交換したらいいんじゃないかしら」

私は彼女が言う意味がよくわからなかった。

「さすがに人間が猫とデートできないことは分かる。だけどあなたと日向さんなら——」

 私はしばしの沈黙の後、彼女が言うことの意味を理解した。

「それってつまりあなたが私の姿で彼とデートするってこと!?」

私は再度驚愕した。しばしの間、沈黙が部屋を走った。

「一応心と体を交換する魔法はある。でも上級者向けだし、私も上手く行ったことないよ」

「そこを何とか!」

 クロの真剣な眼差しに心打たれたからだろうか。私はいつの間にか上級者向けの魔法の呪文集を本棚から出し、手に持っていた。


 二週間後、例の教授と例の助手、すなわち日向さんが再び家を訪れた。

「よ、ようこそお越しくださいました」

 ぎこちなく二人を歓迎し、彼らを招き入れたのは、『私』の姿をしたクロである。クロの姿になった私も『私』の足元で様子を見守っていた。

 面談の最中、『私』は落ち着かない様子で彼が応接室から出てくるのを待ちわびていた。奥様からは不審そうな目で見られた。

 そしていよいよ二人が応接室から出てきた。しかし疑問だ。一体『私』はいつ彼をデートに誘うのだろう。その時、教授はいきなりそわそわし始め「お手洗いはどこかね」と『私』に聞いた。

「あちらでございます」

そう答えた『私』の後ろには、魔法の杖が握られていた。

(なるほどね)

クロは、私が思っている以上にやり手かもしれない。

 日向さんが一人になった今がチャンスだ。『私』はすかさず彼の前に出て、そして——

「今度一緒にお茶しに行きませんか?」

言った! しかしクロは興奮のあまり、タイミングを見計らうことを忘れていたようだ。

「いいえ、じれったい! もうこの場で言わせてもらいます。日向さん、あなたが好きです! 私とお付き合いしてください!」

 猫の姿の私は思わず二足で立ち、両手で顔を覆い隠していた。『私』の顔は真っ赤になっていた。

 しかし、彼からの返事は、何とも拍子抜けなものだった。

「すみません、俺、彼女いるんです」

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