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IQ200の天才が総理大臣を目指したら

作者: 天野雫

東京大学 法学部卒業式当日。

霞が関を見下ろす六本木のビルの一室で、慧は父と向き合っていた。

「――それで、本当に政治家になる気か?」

重く響く声。父・如月信司。元官僚、現財界の実力者だ。

「うん。俺が動かさないと、この国、変わらない。」

「起業家として成功したのは認める。しかし、政治は理屈じゃ動かんぞ。」

慧は静かに微笑んだ。

「だからこそ、理屈で動かす。俺の脳が、それを可能にする。」

「……お前のIQ200が、政界で通用するか、見ものだな。」

「通用させるよ。“論理と感情”の使い分け、それが僕の必勝法。」

父はグラスの水を飲み干すと、諦めたように言った。

「選挙は、感情のゲームだ。」

慧はスマホの画面を見せた。そこには、若者を中心に急拡散している動画の再生数があった。

『若き天才が政界を目指す理由』――たった1日で100万回再生。

「感情を操る方法くらい、もう計算済みさ。」

東京大学・本郷キャンパス。春の卒業式。

壇上に並ぶ卒業生たちの中で、一人だけ異彩を放っている男がいた。

如月慧――IQ200。法学部首席卒業。すでに在学中にAIベンチャーを起業し、世界的な投資ファンドから出資を受けた男だ。

彼の演説が始まる。

「皆さん、卒業おめでとうございます。……僕は今日、ここを出て、政治家になります」

ざわつく聴衆。記念講演の壇上で、突然の宣言だった。

「東大の知識を、AIの知見を、そして僕自身の経験を――日本の未来のために使う。それが、僕の決意です」

——

卒業式のあと、慧は六本木にある父の事務所を訪れていた。

「政界に行く?……何を言っている」

父・如月信司は元大蔵官僚。現在は一部上場企業の会長を務める男だ。

「俺が民間からできることはもう限界なんだ。税制度も医療制度も、根本的におかしい。中から変えるしかない」

「政治は理屈じゃない。妥協と裏取引の世界だ」

「だからこそ、論理で殴るよ。必要なら、感情も使う。僕には手札がある」

父は苦笑する。

「お前の“頭脳”が国を変えるなら、見てみたいもんだな」

——

翌週。

記者会見の場。慧は無所属での出馬を表明した。

「所属政党はありません。僕は、イデオロギーよりも“合理”を信じます」

「目指すものは?」

「……総理大臣です」

場内が静まり返る。

「本気で言ってますか?」

慧は笑った。

「嘘を言う頭は持ち合わせていません」

——

選挙区は東京都第9区。強力な現職大物議員が牙城を築く場所だった。

だが慧は、SNSを武器に戦いを挑む。

「変わらない政治に、天才が一石を投じる。」

このコピーがネット上で拡散される。

YouTube、TikTok、Twitter。ありとあらゆるメディアで慧は若者の支持を集めていく。

演説会場には10代、20代が集まり、まるでライブのような盛り上がりを見せる。

——

演説会場、控室。

「……慧さん、本当に勝てると思ってるんですか?」

秘書見習いの大地が不安げに尋ねる。

「勝てる、じゃない。勝つ。俺の脳は、そう計算してる」

「でも相手は、10期連続当選の……」

「……そのうち8回は“惰性”で通った。データが示してる。俺が勝てる余地は、ある」

「すげぇな……本当に、全部“計算してる”んですね」

「それが俺の戦い方だ。あと2週間、フル稼働するぞ」

——

そして、投開票の日。

23時。開票速報が流れる。

『東京都第9区、当確:如月 慧(無所属・新人)』

勝った。

慧は静かにテレビを見つめていた。

「……よし。次は、国会だ」

初登院の日。

永田町の議員会館に降り立った如月慧は、黒のスーツに身を包み、静かに歩を進めていた。

「うわ、本物だ……」「ネットで見たやつだよな?」

若手の議員や職員たちが、そっと目をやる。だが慧は気にせず、目の前の重厚なドアを開けた。

「第1会派控室、こちらになります」

案内役の職員が恐縮したように言う。

「ありがとうございます。でも、僕は無所属なので、自分の部屋を使います」

無所属議員として割り当てられたのは、狭く古びた一室だった。だが慧は言った。

「ちょうどいい。集中できる」

——

初の本会議。

壇上では、財務省出身のベテラン議員が難解な税制改正案を解説していた。

慧は静かにタブレットを操作し、データを確認。

「……既存制度を温存しながら、わずか0.2%しか再分配に使われていない。これは欺瞞です」

手を挙げる。

「如月慧議員」

初めての質問権を得た。

「この税制案、論理的整合性が欠けています。なぜ国民の9割が実質恩恵を受けない仕組みにしたのか、説明を求めます」

議場がざわつく。

「こいつ……新入りのくせに……」

だが答弁に立った官僚は、一瞬、言葉を失った。

「ご指摘の通り、制度の持続性とのバランスを……」

「バランス? その“言葉”が、いかに現実から逃げるための盾になってきたか、理解してますか?」

慧の声は冷静だった。

——

会議後、控室。

「慧さん……派閥、作る気ないんですか?」

秘書の大地が尋ねる。

「しばらくは、無所属で動く。組織の力に頼った時点で、思考が鈍るから」

「でも、国会って“数”の世界ですよね……?」

慧は窓の外を見ながら言った。

「“数”は、ついてくる。頭が切れれば、自然と“数”を動かせる」

——

その夜、ネット上では慧の質疑が拡散されていた。

『天才議員、財務官僚を論破』『若手議員が国会を変えるか?』

動画再生数は、翌日には500万回を突破。

そして、あるテレビ局の討論番組に呼ばれることとなる――

テレビ局・報道スタジオ内。

収録5分前。出演者が準備に追われる中、如月慧は椅子に静かに座っていた。

「若き無所属議員・如月慧氏、初のテレビ討論出演です」

司会者の声がモニターに流れる。

「緊張、してます?」

隣に座るのは、有名な経済評論家・五十嵐信吾。

「いえ。相手の過去発言データは頭に入れてきました。誤差±2秒以内で反応できます」

「……え、何それ怖い」

収録が始まる。

「それではまず、如月議員にお聞きします。若者の支持を集めていますが、政策の実行力には疑問の声もあります」

「“実行力”とは、影響力の構築とタイミングの見極めです。僕はその両方を同時に進めています」

「影響力とは?」

「テレビよりも、SNSです。世論は“速度”と“熱量”で形成される。その熱源を、僕は複数持っている」

議論が白熱していく。

中盤、年金制度の話題に移ると、慧が一気に論理展開を始める。

「今の制度は“平均寿命前提”で組まれてますが、現在の医療技術ではそれを超える確率が増大しています。収支が合わないのは当然です」

五十嵐が反論する。

「でも、それをどう解決するんですか?」

「モデル計算を示します。A案では65歳支給を維持、B案では段階的に70歳へ。C案ではベーシックインカム導入。国民に“選ばせる”設計です」

「……国民に?」

「はい。“主権”というのはそういうことです」

——

収録後、控室。

「慧さん、すごいバズってます!」

秘書の大地がスマホを見せる。

『天才議員、討論番組で知識爆発』『MC沈黙の30秒』『#慧すげぇ』がトレンド入り。

「ふふ……狙い通り」

慧は微笑んだ。

「“テレビの一発”より、“ネットの継続波”が世論を作る。次は……国民投票について仕掛ける」

——

その夜、慧はYouTubeで自ら解説動画を投稿。

「討論番組では話しきれなかった“年金改革案の裏側”を解説します」

翌朝、その動画は1000万回を突破。

慧の名は、もはや“ネット政治家”の象徴となりつつあった。

「医療費助成制度の“透明化”法案を提出します」

国会内、記者会見場での如月慧の宣言は波紋を呼んだ。

「無所属で単独提出なんて……」

「前代未聞だぞ」

だが慧は動じない。

「制度の闇を可視化し、国民の選択肢を増やす。それだけです」

——

法案の核心は、“特定疾患に関する補助金の支給プロセスの完全開示”。

「多くの患者が、“自分が対象かどうか”すらわからない状態で苦しんでいます。これは国家の責任放棄です」

委員会での発言がSNSで拡散された。

『慧、また正論』『知らなかった制度の裏』『役所がざわつくレベル』

——

議員会館・慧の執務室。

「これ、通りますかね……?」

秘書の大地が不安げに聞いた。

「通す。手は打ってある」

慧はすでに“地元医師会”や“患者支援団体”に根回しを済ませていた。

「世論と専門家の声が揃えば、与党も無視できない。反対すれば“冷酷”というレッテルを貼られる」

「でも与党が“修正案”で潰しに来たら?」

「それは“受け入れて見せる”。でも、核心は変えさせない」

——

1週間後、与党から修正協議の申し出。

「法案名を変えたい。“透明化”ではなく“見える化”に」

慧は一瞬考え、頷く。

「いいでしょう。ただし、本文第3条の“申請状況をリアルタイム開示する”という文言は残してもらいます」

結果、法案は“共同提出”という形で成立した。

初の議員立法でありながら、慧の名前が第一提出者として報じられた。

——

テレビ番組にて。

「すごいですね、成立まで早かった」

「“論理”と“共感”のバランスです。政治は“殴り合い”じゃなく、“誘導”ですから」

慧の姿に、若手議員たちも動き始めた。

「慧さん、次は教育関係どうですか?」

「ええ。“機会平等”は、僕のテーマですから」

議員会館13階。永田町を一望できる応接室で、慧は与党幹事長と向き合っていた。

「如月君、そろそろ本気で考えたらどうだ? 与党入りを」

「それは“政策を通す”という目的に資する提案なら、検討します」

幹事長は笑った。

「賢い。だが条件もある」

「どうぞ」

「君が掲げている“教育改革案”を、党の方針とすり合わせてもらう」

「内容次第です。中身を空洞化させるなら、お断りします」

——

会談後、秘書の大地が口を開いた。

「これ、うまく与党使えたら……一気に法案通りやすくなりますよね?」

「ただし、“呑まれない”ことが絶対条件だ。僕が目的を見失ったら終わりだ」

——

その後、慧は与党の若手議員と勉強会を立ち上げる。

テーマは『教育格差とデジタル活用』。

「地方と都市の教育格差を“デバイス”と“AI教師”で埋める。5年で成果を出せる仕組みをつくる」

参加議員たちは驚きながらも熱心にメモを取る。

「君、なんでそんなに細かくシミュレーションできるんだ?」

「脳の構造が少し特殊なんです」

——

数週間後、党幹部との再会談。

「君の提案、悪くない。だが党内には古い考えの議員も多い。もう少し“融和的な姿勢”を見せてくれ」

「わかりました。では僕の方でも“譲れる一線”と“譲れない核心”を整理して提示します」

その夜。

慧はホワイトボードに向かっていた。

「政治は“ゲーム理論”と“心理戦”の融合。勝ち筋は、ある」

——

1か月後。

慧は与党系の政策勉強会に正式参加。

だが、与党入りはまだ“保留”。

「僕は“協力はする”。でも“従属”はしない」

その姿勢に、世論は評価を高めていった。

『天才議員、与党に飲まれず存在感を増す』

慧は、次なる戦場“党派を超えた国家戦略”へと歩みを進めていく――

国会内、野党第1党・改革進歩党の会議室。

「……如月議員に、次期“野党統一候補”として立ってもらいたい」

突如持ちかけられた提案に、慧は少しだけ黙った。

「僕は無所属です。党派のために戦うつもりはありません」

「違います。我々は“与党の暴走を止められる存在”を必要としている。君の頭脳は、そのための武器になる」

——

帰りの車内。

秘書の大地が聞く。

「……本当にやるんですか、野党側の顔に?」

「それはまだ決めてない。けど、“力の再分配”の流れを作れるなら、選択肢としては悪くない」

——

慧は、国会外で全国行脚を始めた。

地方都市での公開討論、農村地域での教育視察、被災地でのボランティア支援。

「“現場の声”が、最もリアルな国家戦略をつくる」

彼のSNSは、現地の写真とともに精密な政策アイデアで溢れていた。

『災害時の医療ドローン配備』『AIを使った農業マネジメント』

支持率は、若者層だけでなく、壮年層・地方にも広がっていく。

——

半年後。

改革進歩党との“政策連携協定”が結ばれる。

党首は言った。

「如月議員は、我々の“未来戦略顧問”です」

慧はあくまで無所属のままだった。

「僕の立ち位置は、“派閥の中立軸”。政策が合理的なら、右でも左でも構いません」

その新しい政治姿勢は、メディアにこう呼ばれた。

『ポスト派閥時代の象徴』

慧は今、“国家の全体設計図”に手をかけようとしていた。

国会内・本会議場。全メディアが注目する“党首討論”が始まろうとしていた。

「与党総裁・首相 霧島康隆。そして、無所属議員・如月慧」

通常、党首討論は政党間で行われるが、特例で“世論を二分する存在”として慧が認められた。

——

「如月議員。あなたの理想論は立派だが、現実には“財源”がありません」

首相・霧島の言葉に、議場が静まり返る。

「霧島首相、その“財源がない”という常套句、いつまで使い続けるつもりですか?」

慧は即座に反論した。

「年間予算のうち、不要な補助金・形式的天下り事業にどれだけ費やされているか。官僚主導の“聖域”を再検査するだけで、3兆円は捻出可能です」

「それは理屈だ。実行は……」

「理屈なくして実行は不可能です。実行には“根拠”が必要。僕はその根拠を全部、公開します」

——

SNSではリアルタイムで拡散が始まっていた。

『#慧VS霧島』『#党首討論』『#天才議員の反撃』

慧の冷静かつ的確な言葉は、観客にも深い印象を与えた。

——

討論後、記者団に囲まれた慧。

「どうでしたか?総理との討論は」

「彼は老練です。だが、未来の設計図を描けていない。僕は、“次”を語りたい」

——

翌日、主要紙の一面はこう飾った。

『慧、国政の主役に浮上』『無所属、ついに中心軸へ』

若き天才議員は、首相との一騎打ちを経て、ついに“未来の首相候補”として全国に認識され始めた。

議員会館の小会議室。机の上に置かれた1枚の紙。

『新党設立届出書』

如月慧は静かにペンを取った。

「“思考する国家”を創る。それが、新党“構想日本”の理念です」

記者会見での言葉が、その日のうちに全国を駆け巡った。

「なぜ今、党を立ち上げたのか?」

「政党という“手段”を使って、“目的”を達成するためです」

——

構想日本には、無所属議員数名、改革派の地方議員、元官僚、IT技術者らが参画。

「この党は“知のプラットフォーム”です。全員が役割を持ち、利権に染まらない意思決定を行う」

新党発足から1か月後、突如舞い込んだ報道。

『与党総裁選、霧島首相が不出馬を表明』

「後継は不透明。次のリーダーは誰か?」

そして、構想日本の慧に注目が集まる。

「与党も野党も超えた第三極が、“国民投票”を争点に総裁選へ?」

慧は静かに言った。

「やるなら本気でいきます。“この国の設計図”を描くために」

——

構想日本は、新たな公約を打ち出す。

・教育の無償化とAI支援学習の全国導入 ・公的予算のブロックチェーン化による透明化 ・若年層と高齢層の“協働税制”案

これらがSNSで爆発的に拡散。

『新党“構想日本”支持率28.6%に急上昇』

そして、総裁選前夜――

慧は一枚の紙に、こう書き込んだ。

「“未来は思考によってのみ創られる”」

総裁選当日、東京ビッグサイトには全国から人々が集まった。

中継カメラが捉えるのは、無所属から始まり新党を率いた若き候補・如月慧。

一方、与党は分裂。複数候補が乱立する中、構想日本の支持率は右肩上がりを続けていた。

——

壇上。

「この国の未来に必要なのは、派閥でも、血筋でもない。“思考”です」

慧の演説は、静かに、しかし力強く始まった。

「僕は、個人の能力が最大限に発揮される社会を創りたい。平等とは、“可能性を諦めなくて済む環境”のことだ」

聴衆は息を呑んで聞き入る。

「情報は透明に。教育は無償に。政治は未来に向けて論理で動かす。それが、僕の掲げる『青き革命』です」

——

午後6時。

全国各地で行われた党員・国民投票の集計が進み、やがて速報が出た。

『構想日本・如月慧、新首相選出』

歓声と拍手がビッグサイトを包み込む。

ステージ裏、慧は深く息をついた。

「……始まるな、本番が」

秘書の大地が涙ぐみながら言う。

「慧さん……あなたが本当に、首相になったんですね」

慧は頷き、静かに歩き出した。

——

首相官邸。

初登庁の朝。

記者が群がる中、慧は真っすぐ前を向いていた。

「この国を、“思考する国家”へ。僕はそのために、すべての力を尽くします」

若き天才は、いま国の頂点に立った。

革命は、ここから始まる。

初閣議の日。

総理大臣としての最初の会議で、慧は静かに書類を見つめていた。

「これが、今の国家の“設計図”か……」

一枚一枚、政府提出の予算案、行政機構図、改革要望書に目を通す。

「まずやるべきは、“見える政治”。国家の中枢構造をすべて国民に公開する。それが、信頼の再構築に繋がる」

——

閣議終了後、記者団との会見。

「総理、最初の指示は何ですか?」

「行政透明化。すべての省庁に対し、リアルタイム開示型の業務報告システム導入を命じました」

「それは、反発も予想されますが……」

「“透明であること”を拒む組織に、税金を預ける意味はありません」

——

一方、官僚たちの間ではざわめきが広がっていた。

「本当にやるつもりか……あの如月って奴は」

「しかも、裏で財務省人事まで見直すって……」

だが同時に、若手官僚や地方行政の職員たちには希望の声もあった。

「これ、本当に変わるかもしれない……」

「自分の頭で考える政治家、初めて見た」

——

夜。

官邸の執務室。

一人デスクに向かう慧に、大地が声をかけた。

「……慧さん。今日、すごかったですよ」

「まだ何もしてない。始めただけだ」

窓の外には、光り続ける東京の街。

慧は静かに言った。

「“思考する国家”は、答えを与える国家じゃない。“問いを投げかけ続ける国家”だ」

「僕たちの役目は、正しさを押し付けることじゃない。みんなが“考えられる余白”を創ること」

そして、慧は書き始めた。

新しい国の、次なる設計図を。

首相就任から一年後、如月慧は内閣官房の会見室に姿を現した。

「行政透明化の進捗、及び全国教育改革の中間報告を発表します」

背後のモニターには、政府予算のブロックチェーン記録とAI学習支援導入の進捗マップが映し出されている。

「全国の公立高校の約6割が、AIチューターを導入。学力の地域格差は平均7ポイント改善されました」

記者の一人が手を挙げた。

「首相、この一年で最も困難だったことは?」

慧は一瞬考え、答えた。

「“変えること”より、“変えると信じてもらうこと”でした」

——

夜。首相官邸の屋上。

大地がコーヒーを手渡す。

「一年前、ここで“始まる”って言ってましたね」

「今もそうだ。終わるものなんて、ない」

「でも……“思考する国家”って、ちゃんと形になってきてますよ」

慧は空を見上げた。

「まだ仮説だ。でも、仮説を試す価値はある」

——

そして翌朝。

慧は、外務省からの打診を受けていた。

「国連改革に向け、日本政府として新たな提案を――」

世界が動き始める。

日本発の“知の外交”が、その第一歩となる。

慧の視線は、すでに次の地平を見据えていた。

ニューヨーク、国連本部。

日本の首相として、如月慧が演説台に立った。

「我々が直面しているのは、国境を越える“知識と信頼の格差”です」

場内の空気が変わる。各国の代表が静かにメモを取り始める。

「気候変動、パンデミック、情報操作。これらを乗り越えるには“思考する国家”同士の連携が必要だ」

慧は各国に向け、“データ透明性協定”を提案した。

「国家予算と公共政策の意思決定過程を、各国民が自由に検証できる仕組み。それが新たな“信頼”の外交資本となる」

——

その晩、米国大統領との非公開会談。

「君の案、興味深いが……国家主権に抵触しかねない」

「では逆にお聞きします。いま、国家の“信頼残高”は、どれだけ残っていますか?」

沈黙。

「僕は“透明性”を、兵器よりも強い抑止力だと信じています」

——

パリ・ベルリン・ジャカルタ。世界各国を巡り、慧は“知の同盟”を形成していく。

特に東南アジア諸国連合(ASEAN)とは、共同教育AI開発事業を発足。

「アジア発の、持続可能な未来構想だ」

——

帰国後、外務省のブリーフィング。

「構想日本は、今や国際モデルとして注目されています」

大地がぽつりと呟いた。

「……慧さん、あなた本当に“世界”を相手にし始めましたね」

慧は一言だけ返した。

「“思考”に国境はない。だからこそ、次は“地球規模の仮説”を創る」

永田町の勢力図が、大きく塗り替わろうとしていた。

構想日本が掲げる「政策連携による政党融合モデル」は、与野党問わず共鳴を呼んでいた。

「理念で党を再定義する。政治家個人の能力と信念を軸に再編するんです」

慧の提案は、かつての“右か左か”ではなく、“何を成すか”を基準にした新たな政界地図だった。

——

ある夜、超党派の議員たちが首相官邸に集まった。

「党の看板を降ろしてでも、一緒にやりたい。そう思えるリーダーは初めてだ」

「政策軸で集まれるなら、もう派閥もいらない」

その言葉に、慧は頷く。

「国家に必要なのは、“集合知”だ。政党はそのためのインフラに過ぎない」

——

政界再編協議会が立ち上がり、ついに“構想日本・新連合構想”が正式に始動。

構想日本に合流した議員は、衆参合わせて過半数を超えた。

「これは政権の延命ではない。“未来の構築”だ」

新たな憲法改正の議論も始まる。

・選挙制度の再設計 ・首相公選制の導入 ・テクノロジー倫理委員会の設置

慧の描く“次の日本”は、もはや思想ではなく、現実になりつつあった。

——

官邸の一室。

大地が新しい政党マップを見ていた。

「慧さん……これ、もう“政界再編”どころか、“政界刷新”ですよ」

慧は静かに言った。

「始まりはいつも、混沌からだ。大事なのは、“整えること”じゃない。“再定義すること”だ」

その夜、日本は新たな政治の夜明けを迎えた。

構想日本が政権の中心に立ってから1年半。

各種制度改革が進む中、国内では不穏な声も高まり始めていた。

「自由を奪う監視社会になるんじゃないか」 「行政の透明化は評価するが、スピードが速すぎる」

地方の一部自治体では、改革に反対する職員が退職届を出し始めた。

——

官邸・非常対策会議室。

「一部メディアが“デジタル全体主義”という言葉を使い始めています」

報告を受け、慧は黙考する。

「誤解が力を持つ前に、こちらから“対話”を仕掛けよう」

「総理自ら出ますか?」

「当然だ。構想の理念は“強制”ではなく“選択肢”だと伝えに行く」

——

慧は全国行脚を再開。

地方の集会場、商店街、公立校。どこでも対話の輪が広がった。

「“変わること”は怖い。でも、変わらなかった世界の未来を、僕はもっと怖れている」

ある年配の女性が静かに手を挙げた。

「あなたの言葉はまっすぐだね。でも、私たち年寄りは、ついていけるのかい?」

慧は優しく頷いた。

「それを支えるのが“国家”です。誰ひとり置き去りにしない。それが僕の改革です」

——

数か月後。

反発の声は沈静化し、逆に高齢者世代からの支持が急上昇。

慧の“対話型リーダーシップ”は、国内危機管理の新たな指標として国際的にも評価された。

「恐怖ではなく理解を。強制ではなく参加を」

慧の政治信条は、危機の中でいっそう鮮明になっていった。


構想日本政権、2年目の春。

慧は静かに、大地に語りかけた。

「そろそろ、“次”を考える時期かもしれない」

「……慧さんが、総理を?」

「続ければできる。でも、それが正しいとは限らない」

慧は書斎の本棚から一冊のノートを取り出す。

「この国には、次代を託せる“構造”が必要なんだ。人物ではなく、仕組みによる継承を」

——

そのころ、構想日本内では次期リーダー候補として3名の若手議員の名前が浮上していた。

・三宅優衣:AI倫理学者出身の改革派、35歳。 ・神林颯斗:地方財政再建のプロフェッショナル、38歳。 ・南雲詩織:外交センスに秀でた元国際弁護士、40歳。

慧は3人を首相官邸に呼び、個別面談を行った。

「僕の代わりではなく、“君の未来”を語ってほしい」

その夜、慧はノートに記す。

《国家に必要なのは、個の天才ではなく、思考を循環させる系統樹だ》

——

数週間後、構想日本は党内初の「公開討論選考」を実施。

テレビ・SNSで生中継された新しい形式の選挙に、国民の注目が集まる。

討論後、慧が言う。

「この三人なら、誰が担っても大丈夫だと確信した。だからこそ、僕は退く」

——

後継に選ばれたのは――三宅優衣。

慧の隣で、彼女は静かに深呼吸した。

「私は、慧さんのコピーではありません。私は、私の頭で、未来を描きます」

慧は頷いた。

「ようこそ、“思考する国家”の次章へ」


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