7話 プチ贅沢
日曜はさすがに午前中に起きて、今週の平日のために作り置きや、部屋の掃除やら溜まった洗濯物やらの家事に忙殺され、午後を回ってようやく一息ついた。独り身の社会人の休日なんてこんなもん……。
虚しい気持ちのままぼんやりサブスクでドラマとか見たりしているうちに気づけば夕方でさらに虚しさは増していく。なんかさすがに生活に彩りがなさすぎない……?
「……こういう時は、なんかプチ贅沢をするべきでは?」
あまりにも虚しく溶けていく休日を彩るべく、私は立ち上がる。そう! こんな時こそ自分で気分を上げていかなければ! 明日から仕事なのに今日は家事も頑張ったし、ちょっとくらい自分にご褒美をあげたっていいのだ! プチ贅沢プチ贅沢……うーん……
「……コンビニでちょいお高めのアイスでも買おう!」
いやこれは決してコンビニに行く口実を捻り出したわけじゃなくて! ただ単純にアイス食べたいなーって!
*
昨日の反省を踏まえて念の為念入りにメイクをして、服もちゃんとしたやつ――ベージュのノースリーブのトップスにグリーンのマーメイドスカートを合わせる。ここまでの準備に一時間弱、どう考えてもコンビニに行って帰ってくるより全然時間がかかっているけどもしあの子がいたらと考えるとヘタな格好では行けないし、しょうがないじゃん!
……なんて、そうやって心の準備もバッチリで行った時に限って会えなかったりするんですけどね!
ピロリンピロリンと入店したコンビニの店内をぐるり、と見回すも彼女はおらず、思わずため息が漏れる。――はっ、いやいや私は別にアイスを買いに来ただけだし? むしろ日曜もあの子が休んでくれていて良かったー! 別に何も全然がっかりなんてしてないけど?
なんかもうどうでもいいか、と適当に目についたアイスを二個買って店を出る。と、その時だった。
「あれ、お姉さん?」
日が翳っても蒸し蒸しとした暑さの外気の中、首筋をひんやりとくすぐるようなクールな声音にパッと振り返ると、涼しげなシルバーアッシュのウルフカットを揺らしながら、彼女がこちらへと歩いてくるところだった。あれ、でもなんかいつもと違――
「――ぁえ?」
こちらへと歩いてくる彼女の姿に覚えた違和感の正体に気づいた瞬間、私の口からは変な声が漏れた。
「こんばんは。わたし、今バイト上がったところで」
そう言って、く、と軽く首を傾げる彼女はいつものコンビニの制服ではなく、私服姿で私の前に立っていた。……え、待って、今これプライベートってこと? 勤務時間外なのにわざわざ話しかけてくれた、ってこと……⁉︎ てか待って私服可愛すぎる!! オーバーサイズのTシャツの首元にはシルバーのネックレスが涼しげに揺れ、ショートパンツの裾からは白く細い足がすらっと伸びている。この足の出し方マジで若さ……! てか足も綺麗なのヤバ……!
「お姉さん?」
「はっ! あ、こ、こんばんは! ぐ、偶然ですねぇ!」
ヤバい、足ガン見してたのバレてないか⁉︎ キモすぎ死ね私!
「お姉さん、今日もコンビニご飯ですか?」
氷の彫像のような表情のまま、微妙に心配するような声音で彼女は言う。えっ、心配してくれて優しい……じゃなくて! いい大人が歳下に心配されてどうする! ちゃんとしろ!
「いえいえ! 昨日今日はお休みだったし自炊しましたので! これはそのご褒美でちょっとアイス食べよっかなーって!」
無駄に自炊できますアピールをしつつアイスの入った袋を持ち上げてみせる。
「いいですね、自分へのご褒美。でも」
頷いてから、彼女はくい、と上目遣いで試すようにこちらを見た。
「一人で二個も食べたら、太っちゃいませんか?」
涼しげで、どこかからかうようなその声に、私は心臓が止まるかと思った。ぅぐぅ……!
「あっ、じゃあこれ、あげますっ!」
「えっ、いや、そういうつもりじゃ……」
「いえいえこの前塩飴くれましたし、そのお返しということで! では!」
謎に頭がパニクってしまい、ほとんど押し付けるようにアイスを渡して私は逃げた。
家まで走りながらも、頭の片隅では「これじゃあただの『アイス押し付けおばさん』だよ? ほぼ妖怪だよ?」と詰め寄ってくるイマジナリー私がいたけれど努めて無視した。
家に帰り、夏の暑さと何かよくわからない感情で熱を持った頭のままアイスを食べ、ぼんやりと思う。
休日に会えたのみならず、私服姿まで見てしまうだなんて……。
こんなの全然プチじゃない贅沢だよ……。