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番外編3 そういう好きです

「――狭いところですがどうぞ、伽耶乃かやのさん」

「お、お邪魔します……!」


 小梅こうめちゃんの背中を追って、私は初めての小梅ちゃんハウスに足を踏み入れた。さっきピザ屋さんで二人でピザを選んでる時は全然緊張を忘れてたのに(「小梅ちゃん、この四種類になってるピザにしませんか⁉︎」「ふふ、伽耶乃さん、欲張りですね」「はぅっ…!」※揶揄うようなセリフと微笑みに悶絶している)、いよいよこの場にやってくるとまた震えが……!


 だって毎日小梅ちゃんが生活をしている空間だよ……? それってもうほぼ聖域じゃない……? 私のような人間が入っていい場所なのか……?


 自問自答しつつそろそろとした足取りで1Kの小梅ちゃんの居室へと入る。


「わぁ……ここが小梅ちゃんのお部屋……!」


 全体的にモノトーンやアースカラーの家具でまとめられた部屋はすっきりと整頓されている。私の部屋みたいに朝使ったメイク道具や服が出しっぱなしになってたりしない。ちゃんと一人暮らしできる人だ……偉すぎる……!


「……あれ? テレビはないんですね?」

「はい。自分一人だと見ないので。タブレットはあるので、映画はそれで見ましょう」

「あ、なるほど!」


 二人で仲良くタブレットで映画見るのも恋人っぽい距離感でいいかも! 距離感が――待って? それはちょっと近すぎるのでは?


 小梅ちゃんがローテーブルにセットしたタブレットは、どう考えても肩をくっつけるくらいしないと二人で見るのは難しそうなサイズで。こ、これで映画を見るって……小梅ちゃんと至近距離で一、二時間過ごすってこと……⁉︎ そんなの絶対映画に集中できないよ〜〜〜〜!!


「伽耶乃さん、ここ座ってください」

「えっ、ひゃいっ」


 気もそぞろのまま、私は肩を押されてローテーブルの前に一つ置かれたビーズクッションにぽすん、と座らされる。


 私が呆然としている間にピザが開けられ、飲み物のグラスが用意され、タブレットにはサブスクの画面が表示されていた。もう準備万端ですか⁉︎ こっちは心の準備がまだなんですけど……⁉︎


「映画、見たいのあります?」

「そ、そうですね〜……って、小梅ちゃん⁉︎」


 私の隣、ラグの上に直接座る小梅ちゃんに、私は時間差で慌てた。もしかして私をクッションに座らせたからもう座る場所がない⁉︎


「あの、私が下に座るから小梅ちゃんがクッション使ってください!」

「え、ダメですよ。伽耶乃さんはお客さんなんですから」


 腰を浮かしかけた私の肩を、小梅ちゃんは意外にも頑固な掌で押し留めた。で、でもでも!


「小梅ちゃんを床に座らせて、私一人だけぬくぬくとクッションに座ってるなんて無理です! というか私なんてお客さんなんて大層なものじゃないですし!」


 ぶんぶんと意味もなく両手を振って抗議する私に、小梅ちゃんはほんのりと眉根を寄せる。あれ? お、怒った……?


「……言い方が悪かったです」


 肩に置かれた掌に、くっ、と力が込められる。


「お客さんだから、じゃなくて、伽耶乃さんは恋人だから。だから大切にしたいんです」

「こっ――、そ、それは……そうですけど……」


 いつもは涼しげな彼女の瞳、その真っ直ぐな熱を湛えた表面に私の呆けた顔が映る。そんなふうに見つめられて大切にしたい、なんて言われたらもう何も言い返せなくなってしまう。私の方が歳上なのに、小梅ちゃんはズルい……!


「ぅぅぅ〜、で、でも! それを言うなら私だって小梅ちゃんを大事にしたいです!」


 嬉しいやら恥ずかしいやら、でもそれはそれとして抵抗を試みる。何も言い返せないとは言ったけど何も言い返さないとは言ってないもんね!


「……なんか、今日の伽耶乃さん、頑固ですね」

「頑固っ⁉︎」


 はぁ、と小梅ちゃんは小さなため息を零す。げ、幻滅された⁉︎ 頑固で扱いにくい歳上女なんて面倒くさいって思われた……⁉︎ い、嫌だ、捨てられたくない……!


「――じゃあ、折衷案にしましょうか」

「え?」

「伽耶乃さん、足、ちょっと開いてください」

「はい? 足?」


 戸惑いつつも、言われるがままに両足を左右に広げる。


「あの、小梅ちゃん? なんで足を――」


 尋ねる私の目の前、小梅ちゃんは立ち上がって背中を向ける。え、なに⁉︎


「お邪魔しますね」

「へ」


 私が足を開いて少しできたビーズクッションの隙間に、小梅ちゃんはぎゅっと身を押し込めるようにして座ってきた。そのまま背中を私に預けるように、軽くもたれかかってくる。


「えっ、はっ、あのっ⁉︎」


 突然ゼロ距離で感じる小梅ちゃんの体温に、私は一瞬で茹でダコみたいになる。


「これなら二人ともクッションに座れますよね?」


 肩越しに振り向いて、からかうように小梅ちゃんはそう言った。振り向いた拍子に揺れたウルフカットの毛先が私の頬をくすぐり、鼻先を撫でるほんのりと甘い匂いにドキリとする。


「い、いやでもこれはちょっと距離感が適切ではないと言いますかぁ……!」


 小梅ちゃんの全身が過去一近い! ちょっと手を伸ばせば小梅ちゃんを私の両腕の中にすっぽり包み込めてしまう……! ――はっ⁉︎ 何勝手に包み込もうとしてるんだ私! この腕! 私の意思に反して広がるな! ぎゅってしようとするな! 私の大事な小梅ちゃんに触るな!


 腕を宙でぷるぷるさせ、私は後ろから小海ちゃんを抱きしめたい衝動を必死に堪えた。節度……! 大人としてのそれが、私にはあるはずなんだ……! だから耐えるんだ……!


「……伽耶乃さん。腕」

「あっ⁉︎ べべべ別にこれは決して小梅ちゃんを抱きしめたいとかそういう意味の腕ではなくてぇ――」


 謎に宙に突き出された私の腕に、小梅ちゃんはちょん、と指先で触れる。


「……しても、いいですよ?」

「え」


 いつもより幼い響きのする小梅ちゃんの声に、私の脳は一瞬フリーズした。……えっと、してもいいってことは…………抱きしめてもいい、ってこと…………⁉︎


「だって、わたしたち恋人ですよね?」


 そっか……恋人なら抱きしめてもいいんだ……え? でもホントにいいの……?


「……しないんですか?」

「し、します!!!!」


 ぐい、と背中を押しつけられ、私は反射的に腕を前に伸ばしていた。


 恐る恐る、小梅ちゃんのお腹の辺りに腕を回して、そっと抱きしめる。服の布地越しにも小梅ちゃんの温かさを感じる。触れ合ったところから発熱してるんじゃないか、ってくらいに自分の体が熱い。でもその熱さは不快じゃなくて、むしろ寒い日のお風呂みたいに全身を包み込んで甘く痺れされる。


 だ、抱きしめるってこれで合ってる……? こんなの私が幸せすぎるだけじゃないの……?


 不安になって目を上げると、肩越しに振り返った小梅ちゃんと目が合う。く、と目尻の下がったその表情を見た瞬間、私の胸はきゅっとなる。


「……抱っこ、されちゃいました」


 ふふ、とどこか照れたように唇を綻ばせる小梅ちゃんに、私はもう限界だった。


 私の彼女、可愛すぎるが〜〜〜〜〜〜〜〜〜!!!!!????


 致死量の可愛さに、私の心臓は暴れ馬のように跳ね回った。一生分の鼓動を今打ち切ろうとしてない?


「じゃあ、映画見ましょうか」

「え⁉︎ ずっとこの状態でですか……⁉︎」


 だ、大丈夫……? なんなら映画の音よりも私の心臓の音の方がうるさいまでありませんか?


「あー、確かにこのままだとちょっと困りますよね……わたしがここにいると、伽耶乃さんがピザ食べにくいですもんね……」

「あっ、そっち……?」


 む、と眉を寄せる小梅ちゃんだけど、気にするのそこですか? いや私を気遣ってくれるのは嬉しいけど……!


「あ、じゃあ、わかりました」


 いいことを思いついたように心持ち声を跳ねさせて、小梅ちゃんはピザを一切れ手に取った。片手を下に添え、それをそのまま私の口許に寄せる。


「――わたしが食べさせてあげたら、いいですよね?」


 く、と首を傾げながら言われて、私はもう無理だった。


「それはあまりにもラブラブイチャイチャカップルすぎませんか!!??」


 そんなのされたら映画になんか集中できないよ!!!! 小梅ちゃんしか見れない!!!!


「……そうですか、伽耶乃さんが嫌なら――」

「嫌ではないです!!!!」


 食い気味に否定する私に、小梅ちゃんはきょとん、としてからふっと頬を緩ませる。


「もうっ、どっちですか」


 呆れたような、けれど愛おしむような眼差しを向けられながら、私は小梅ちゃんにあーんしてもらった。甘かった。いや甘くはない。全然お肉系のピザなので。でも気持ちはものすごく甘いの!! これが幸せの味……⁉︎


「じゃあ今度こそ映画見ましょうか」


 小梅ちゃんはそう言ってタブレットの方を向いて、片手で画面を操作する。


 けれど、彼女のお腹に回した私の手。


 タブレットを操作するのとは反対の手が重なり、確かめるようにゆっくりと、小梅ちゃんの指と私の指が絡んだ。


 ぎゅ、と指に力を込めて握り返すと、小梅ちゃんはちらり、とこちらを振り向いて、それからさっきよりも力を抜いて私にもたれかかってきた。


 その背中が、くすくすと楽しげに揺れる。


「小梅ちゃん? 何笑ってるんですか?」


 はっ⁉︎ もしや私の手、手汗がヤバかったりするのでは⁉︎ 『歳上のくせに手を繋ぐだけで汗ビッショリで余裕なさすぎ』ってこと⁉︎ 小梅ちゃんがそんなこと思うわけないだろ! ふざけるな!(脳内で自分を張り倒す)


 脳内で勝手に騒いでいる私の肩に、こて、と小梅ちゃんは仰向けになるみたいに頭を乗せてきた。艶のあるシルバーアッシュの髪が流れておでこが露わになっている小梅ちゃんは、いつもよりどこか幼くて、無防備な表情で。――というかこの体勢、なんかすごく近い……! 


「なんていうか、嬉しいな、って」

「う、嬉しい、ですか……?」

「はい」


 小梅ちゃんの顔が、そっと私の耳元に近づく。彼女の髪が私の首筋をくすぐって、ぴくり、と体が震えた。


「――こうやって、伽耶乃さんと一緒にいられて、いろんな顔が見られるのが」

「い、いろんな顔、って……?」

「今みたいに、真っ赤になって照れてる顔、とか」


 耳元で囁く声にからかうような笑みが混じって、私はバッ、と身を引いた。な、な……⁉︎


「わ、私の反応見てからかってましたか⁉︎」


 なんかやたら密着してきてえっちだなって思ってたら! 最近の小梅ちゃん、前よりもい、意地悪では……⁉︎


「……ふふ、バレました? でも、慌ててる伽耶乃さん、可愛いから」


 見つめた先で、小梅ちゃんは悪戯がバレたような、稚気の滲む顔で笑った。まだ見たことのなかったその無垢な表情に、私の心臓はぎゅ〜〜っと悲鳴を上げる。


 からかわれるのは心臓に悪いけど、でも小梅ちゃんの気持ちはわかってしまうのだ。


 だって私も、小梅ちゃんのいろんな顔を見たい、って思うから。私の知らない彼女を見せてほしい。そして――欲張りだと思われるかもしれないけど、それが『私だけに見せる顔』であってほしい、って。


 あなたの中に、私のためだけの一部を、持っていてほしい、って。


「……っ」


 ふいに自覚した自分の感情の重さに、自分でもびっくりしてしまう。けれど、私を見て嬉しそうに微笑む小梅ちゃんになら、私はこの重みを――その片端でも、預けてみてもいいのかな、って思った。


 今まではずっと一人で空回ってたけど、でもちゃんと気持ちをぶつけて、言葉にすることを決めて。決して何年も重ねた揺るぎないものではないけれど、それでもこの体の支えにするくらいには、私と彼女の間にあるものは強くなったと思うから。


 だから――


「あ、あの! 小梅ちゃん!」

「はい? 急にどうしたんですか、伽耶乃さん」


 きょとん、とする小梅ちゃんの肩に手を置いて、私は真っ直ぐに自分の気持ちを伝える。


「きき、キスっ、してもいいですか……⁉︎」

「きっ」


 いつも涼しげな彼女の目が、まん丸に見開く。なんで今? って感じだと思うけど、でも私にもよくわかんない!


「ちょっと急すぎじゃないですか……? そんな流れでしたっけ……?」


 ちょっと目線を落として、口許に手を当てて呟くように言う小梅ちゃんに、私は必死に言い募る。


「な、流れはわかんないですけど、でも今この瞬間、小梅ちゃんへの想いがこう……爆発! したので!」

「爆発……」


 もしょもしょと何かを確かめるみたいにそう呟いてから、小梅ちゃんは「ふふっ」と呆れたように笑った。


「……よくわかんないですけど、でも伽耶乃さんっぽいですね」

「そ、それって……!」

「褒めてます。そういうところが好きなので」


 先回りするように言って、小梅ちゃんの顔が近づいた。こつん、とおでこがぶつかり、小梅ちゃんは目を閉じる。


「……私も、小梅ちゃんのそういう――私のことを安心させようとしてくれるところ、好きです」

「……好きなのってそこだけですか?」

「そんなことないです! 全部……まだ私の知らないところだって、きっと好きです」


 返す言葉が、小さく震えた。私、自分から小梅ちゃんにキスするのは初めてなんだ、と今さら気づく。


「それって盲目的すぎませんか?」

「ち、違います! 考えなしなんじゃなくて、信じられるようになったんだと思います」

「わたしのことを?」

「それもそうですけど、……でも、一番は自分のことを」


 導くような小梅ちゃんの言葉に、私の呼吸は気づけば落ち着いていた。そうだ、私たちは私たちの気持ちを、二人で言葉にして確かめ合うことができるから。


「この先、どんなことがあっても、私は小梅ちゃんとずっと一緒にいるんだろうな、って」


 言葉にすることで、私の気持ちは形を持って、小梅ちゃんに届く。


「――そういう『好き』です」


 舌に乗せて、言葉に閉じ込めた気持ちが逃げないように、私は小梅ちゃんの唇でそっと蓋をした。


 長い一瞬の後、まだ熱の残る唇を離すと、小梅ちゃんはどこか恥ずかしそうに髪の毛を指先でくるくると弄りながら。


「……伽耶乃さん、たまにかっこいいの、ズルイです」

「えぇ⁉︎」


 褒められてるけど怒られてる……⁉︎ なんで⁉︎


「でも私も伽耶乃さんのこと、好きですよ」

「あっ……ぇへへ……」


 でも好きって言われた……! 嬉しい……!


「でもやっぱりやられっぱなしは釈然としないので」

「へっ――んむっ」


 油断してたら小梅ちゃんの顔が近づき、耳たぶのピアスの銀色の輝きに見惚れている隙に唇を塞がれていた。熱い吐息と柔らかな感触が唇を割って、それは私を内側からぐずぐずに溶かすようで。



 さっきよりも長いそのキスは、今までで一番えっちだった。

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