22話 初めての共同作業
「あれ、薄氷さん今日昼勤ですか? 珍しいですねー」
ある日曜、わたしがいつもより早い時間に出勤すると、高校生のバイトの女の子がレジの中から声をかけてきた。長い黒髪は高い位置のツインテールで、跳ね上げたアイラインが目力を強くしている派手めな印象の子だ。歳上かつ、とっつきにくいと思われがちなわたし相手にも、こうしてシフトが被った時は物怖じせず話しかけてくる。
「うん。今日は夜に用事があって」
「えー夜に用事ってなんですか? デートとか?」
高校生らしい飾らなさと無遠慮さで問いかけてくる彼女に、わたしはこくり、と頷く。
「うん」
「嘘⁉︎ 適当に言ったら当たった⁉︎ ってか薄氷さん恋人いたんですか⁉︎」
「最近できた」
「えぇぇぇ……聞いてないぃぃ……」
「そもそもそんなシフト被らないからね」
「薄氷さん、マジ淡白ですよね……」
えーショックー、となぜかショックを受ける彼女を横目に、わたしは品出しなどの仕事を一通りこなす。
「えー、恋人ってー、出会いとかどんなんだったんですかー?」
一区切りがつき、レジに入ると彼女はまだ微妙にショックを受けた様子で恋バナを再開してきた。
「出会いか……ここのレジ」
ここ、とレジカウンターを指差すと、彼女は大きな目をさらにまん丸に見開いた。
「えっ、お客さんってことですか⁉︎」
「うん。よく通ってくれて、段々仲良くなって、それで」
「えぇぇぇぇ……」
今度は頭まで抱える彼女に、わたしはちょっと面白い気持ちになる。
「さっきからやけに気にするけど、どうしたの?」
何がそんなにショックなのか、と尋ねると、彼女は言いにくそうに視線を逸らした。
「いや……あんま人に興味なさそうな薄氷さんにも恋人いるんだぁ、って思って……」
「そんなふうに思われてたんだ。ショック」
「顔が一ミリもショック受けてなくてウケるんですけど」
「ウケたなら良かった」
相変わらずわたしの感情の読めなさは継続中だけれど、最近ではそういうことを言われてもあまり気にならなくなった。
それは、きっと――
「……やっぱ、薄氷さんなんか変わりました? なんか明るくなったような」
「そうかな? でも、そうだとしたらあの人のおかげかな」
「あの人って……」
「うん。わたしの恋人」
あなたのことを思うだけで、こんなわたしでも笑顔になれるから。
「……薄氷さんって、そんなふうに笑えるんですねぇ」
やっぱ恋って人を変えるんだな、といやにしみじみと呟く彼女を残して、わたしは一足先にタイムカードを切って退勤した。
今日の夜は、初めてカフェでお茶をした以来のちゃんとしたデートの約束だ。
*
「ごごごごめんなさい小梅ちゃん……!! まさか予約の日にち間違えてたなんて……!」
付き合ってから初めてのちゃんとしたディナーデート! これは失敗できないしあわよくば「伽耶乃さんって素敵なお店を知ってる大人な女性なんですね」って小梅ちゃんに思われたい! ……と思って慣れないフレンチのお店を予約してルンルンで向かったら「予約は明日になっております」と丁重に間違いを指摘された愚かな女・日野伽耶乃です。死にたい……!
席も完全に埋まってしまっていて、とぼとぼとお店を出てからわたしは小梅ちゃんに平謝りをした。というか顔が見れない……だってお店の予約もまともにできないなんてあまりにもかっこ悪すぎる……しかも事前に大人ぶって「いい店予約しといたんで!」とかイキってしまったのが余計にダサい……ぁぁぁぁぁあ誰か私を殺して〜〜〜〜!!!!
「す、すぐに別の、いい感じのフレンチのお店を探しますので……!」
「別にフレンチじゃなくてもいいですけど」
スマホをズダダダ、と操作して検索するけれどそもそもいい感じのフレンチって予約制で当日フラッと入れるようなもんじゃないわ! はい終わり! うえ〜〜〜〜せっかくの初デートがぁぁぁぁ〜〜……!
「大変申し訳ないのですが……! ディナーはまた次回、ということでどうでしょう……?」
小梅ちゃんと美味しいディナー食べたかった……! そしてあわよくば良い雰囲気になり……なんて不純なことを考えているから失敗するんだぞ、私! 反省しろ!
ぐぎぎ、と断腸の思いでリスケを提案すると、
「……今日、伽耶乃さんとご飯食べるの、楽しみだったのに」
そんなことを、少し小さな声で、どこか拗ねたように目を伏せて小梅ちゃんは呟く。え……あ、あまりにも可愛すぎる……! じゃなくて! そんなこと言われたら私だって!
「え、え〜っと、……じゃ、じゃあ! 私の家来ますか⁉︎ 私、何か作りますし!」
小梅ちゃんの激可愛い彼女仕草に私のブレーキは壊れてしまって、何やら勢いでとんでもないことを口走ってしまっていた。……お前、今家に誘ったのか……? 初デートで? いきなり手料理を? なんか重くない……? ていうか家に誘うって、そんなの――ってまた不純なこと考えてるんですけど⁉︎ 不純禁止!
「あぁぁ今のは違――」
「いいんですか?」
「え?」
私が訂正するよりも早く、小梅ちゃんは一歩、私との距離を詰めてくる。長い睫毛に縁取られた綺麗な瞳が、どこか期待するように私を見つめている。え? いいんですか、って……逆にいいんですか……⁉︎
「えっと……いや、あの、作るっていっても本当にたいしたものは作れないですけど――」
あまりにも自分に都合の良い展開すぎて逆に日和る私の腕を、小梅ちゃんは有無を言わさずに、けれど優しい力で引っ張る。
「じゃあ、一緒に作りましょう」
「えっ」
一緒に、って……。
――それって、初めての共同作業ってこと……⁉︎
*
「何作りますか、伽耶乃さん?」
やってきたスーパーの野菜売り場で、カートを押しながら振り返る小梅ちゃんに、私はしばし見惚れた。野菜売り場でもめちゃめちゃ可愛いのなに……?
「伽耶乃さん?」
ボーッとしていたら普通に怪訝そうにされた。ちゃんとしろ私!
「えっと、……や、野菜の、て、テリーヌ、とか……?」
野菜たっけー! と思いつつも、直前までフレンチを調べていたせいか謎の見栄を張ってオシャレそうなものを挙げてしまう。テリーヌなんて作ったことないだろ、私!
「テリーヌ」
小梅ちゃんはちょっと意外そうに、こて、と首を傾げ、
「すごい、伽耶乃さん。普段からそんなにオシャレなもの作ってるんですか?」
「――ごめんなさい全然作ってません!」
「えぇ?」
純粋な尊敬の眼差しを向けられ耐えきれずに自白した。自白するくらいなら見栄を張るな。
「いやその、たまぁにちゃんとした名前のある料理も作るんですけど、結局長続きしないというか……気づいたら余った野菜とかお肉とかを炒めた名もない炒め物ばっかり作ってるなぁ、とか……」
「あぁ……」
勢い余って普段の雑な自炊事情まで白状してしまう。どうしよう、今日は私の『素敵な歳上のお姉さん的イメージ』を作り上げる予定だったのに、ぼろぼろと普段の生活のボロが出ていく……! このままじゃ幻滅される……! それだけはヤだ……!
けれど、
「わかります。一人暮らしの自炊ってそんなもんですよね」
小梅ちゃんは薄い唇を僅かに持ち上げて、こくん、と頷いた。え、なんか幻滅されてる感じではない?
「じゃあ今日は、名前はあるけどそんなに難しくない料理にしましょうか?」
「え……じゃ、じゃあ、肉じゃが、とか……?」
野菜とか切って煮るだけだし、まぁ作り慣れてるし、と恐る恐る提案すると、小梅ちゃんの頬が緩む。
「いいですね。……あの、わたし、きんぴらをよく作るんですけど、伽耶乃さんはお好きですか?」
「えっ! 大好きです!」
なぜならおばあちゃんがよく作ってくれてたので! ていうか小梅ちゃんこのビジュできんぴら得意料理なの良すぎる……! 毎日作ってほしい……!
「レンコンとゴボウ、どっちが好きですか?」
「レンコンで!」
「じゃあレンコンのきんぴらにしますね。あ、でも肉じゃがと一緒だと全体的に茶色っぽいですね……」
「いえ! どっちも好きですし、それに……」
「それに?」
「自分一人で作る時も、あんまり彩りとか良くないっていうか……」
フォローのつもりがズボラさを露呈するハメになった。もう今日の私はダメだ……いや別にいつもか……?
「……ふふ、でもわたしもそんな感じです」
珍しく笑い声を上げる(控えめで可愛い! 一生笑ってて!)小梅ちゃんに、私も「えへへ……!」と締まりのない笑顔になってしまう。
必要な材料を一通りカゴに入れ、レジでお会計をし、みっちりと重い袋を持ったところで小梅ちゃんの手が伸びてくる。え?
「……半分、持ちます」
そう言って、彼女は袋の持ち手を片方、私の手から奪っていった。こ、これは……『絶対に持ちにくい+歩きにくいけど二人で一緒に一つの袋を持ってるという行為があまりにもラブ過ぎるやつ』!! ていうかこれ間接手繋ぎじゃない⁉︎ 間接手繋ぎってなに⁉︎
そうして私の家へと向かう帰り道はやっぱり歩きにくかったけれど、私はこの時間がもっともっと続いてくれればいいのに、と思う。
小梅ちゃんはどう思ってるんだろう、とちら、と隣を見ると、シルバーアッシュのさらさらな髪に縁取られたその横顔はちょっぴり強張っていて。
どうしたのかな、と数秒見つめ続けていると、小梅ちゃんは伏し目がちにこちらに視線を流して、
「……これ、やっぱりちょっと、恥ずかしいですね」
なんて呟いた。
んんんんんん! 可愛すぎか!!!!




