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21話 なんか違う

 恋をすると世界が輝いて見える、なんて言うけどそれはもう本当にそうというかやっぱ昔の人はいいこと言うわ! って思いました! 誰が言ったかは知らないけど!


 そんな感じで、晴れて好きな人と付き合うことになった私・日野伽耶乃は最近毎日ハッピーです! 例えそれが三日連続の残業中だとしても……!


「えへ、えへへへへ……!」

「伽耶乃、虚ろな目でキーボード叩きながら笑うのやめて?」


 今日は珍しく私と一緒に残業コースの同期入社の仕事デキ女・早季は、肘で私の脇腹を小突きながら苦言を呈してくる。


「はっ、気持ちだけは退勤してコンビニに向かってた……!」


 世界が輝いて見えたのは恋をしてるからじゃなく、パソコンの画面を見続けているせいだったかもしれない……ブルーライトの輝きは目に効く……。


「てか、あれからどうなの? 例の子とは付き合ったんでしょ?」


 完全に腰を据えての残業モードに入ったのか、作業がてら雑談を振ってくる早季に、私の頬はそれはもうだらしなく緩む。


「え~~~? 早季、聞いちゃう~~~?」

「あ、やっぱいいや」

「聞いてよっっっ⁉︎」


 こっちは一刻も早く私の彼女に会いに行きたいのに行けないんだから惚気くらい言わせてください!


「しょうがないな……んで、もう一週間くらい経つっけ? デートとか行ったの?」

「行ってるよ! 毎日!」

「え、毎日?」


 元気よく答えると、早季は懐疑的に目を細め、


「……それって、コンビニに行ってるってこと?」

「うん! ……え?」


 また元気よく頷いたらめちゃめちゃ「こいつバカ?」みたいな顔をされた。え?


「それはデートじゃないだろ」

「えぇ⁉︎ でもデートって『直接会う』ことが目的というか……」


 はっ、私は小梅ちゃんに会えるだけで嬉しいし、癒しだし、生きる糧だから毎日顔を合わせるだけでも最高に幸せなんだけど、冷静に考えたらデートってもっとこう休みの日に一緒に出掛けたりするイベントを指す用語ではあるか⁉︎ もしかしてだけど!


「や、ヤバい……このままじゃ年上なのにデートにも連れて行ってくれない甲斐性なしのダメ社会人だと思われて捨てられる……⁉︎」

「いや情緒の落差すごいな」

「どどどどうしよう早季⁉︎ 残業終わってからデート誘っていいかな⁉︎ ていうか夜遅くにどこ行けばいいの⁉︎ ナイトプールとか⁉︎ 怖い!」

「落ち着け。デートは日を改めな。そして行先は二人で決めな」

「早季……! じゃあ早速これから会いに行って話し合ってくる! 残ってる仕事頼んでもいい?」

「いいわけないでしょ、バカ」


 くっ、さすがに無理か……でも恋とは障害が多ければ多いほど燃え上がるもの……!


「激しく燃え上がるほど燃え尽きるのも早いから気を付けなね」

「付き合ったばっかの人になんてこと言うの⁉︎」

「最初の頃の熱い時期が終わったら『なんか違う』ってなるかも」

「いいいい! そういうの今はいいから!」



   *



「こ、こんばんは~小梅ちゃん……」


 日付が変わる前に残業を終え、私の彼女(ここ大事!)が働くコンビニに着く頃にはすっかり深夜。だがしかし私の彼女(しつこい? でもまだこの響きだけで全然酔えるので酔わせて?)は、深夜にも関わらず透明感がヤバい陶器肌にクールな微笑を浮かべて「今日もお疲れ様です、伽耶乃さん」と迎えてくれる。わ、私の彼女が綺麗で可愛くて好きすぎる~~~~!


「……? 伽耶乃さん、なんか元気ないですか?」

「え⁉︎ いえいえそんなことは! あ、あれですかね、三日連続残業なのでその疲れはあるかも……?」

「最近忙しいんですか? あまり無理しないでほしいですけど」


 心配です、と私の遅めの夕食であるグラタンをレジに通しながら、小梅ちゃんは、つ、と目を伏せた。シルバーアッシュのウルフカットの毛先がさらりと揺れ、長い睫毛が物憂げな影を目許に落とす。あぁぁぁ今日もビジュが天才……この子が私の彼女ってヤバくない?


 ほぅ、と最高にタイプの顔面に見惚れていると、小梅ちゃんはム、とほんの僅か、不満の色を眉の辺りに漂わせた。多分、彼女である私にしか見分けられないくらいの変化で、……え、待って、それってなんかめっちゃ恋人っぽくない⁉︎


「伽耶乃さん? 聞いてます?」


 耳に心地よい低めの声が、少し拗ねたように尖る。


「――彼女が、心配してるんですけど」

「ぅぇっ⁉︎ へ、へへへへ……!」


 その言葉のあまりのいじらしさに、私の喉からは断末魔みたいな声とキモい笑い声が漏れた。何それ可愛すぎる~~~~~~~!!!!


「……伽耶乃さん、こっちは真面目に言ってるんですけど」

「あっ! やっ、そのっ、き、気をつけます! ……小梅ちゃんに心配されるのも、ちょっと嬉しいですけど……」


 だってそれってめっちゃ私のこと好きっぽいっていうか大事にされてる感あってヤバい幸せなんですけど!! はぁ〜〜〜〜!


「――あっ、も、もちろん気をつけます!」


 だらしなく頬を緩めていたらじぃぃ、と責めるような視線を向けられたので私は慌ててシャキッとした顔を作る。社会人なんだから年下に心配されるようなことするな私! バカ!


 でもなぜか小梅ちゃんのじとっとした眼差しは継続中で、あれ? これ私全然信用ない感じ? なんで……? 


「あ、あのー、小梅ちゃん……? ど、どうかしました……?」


 恐る恐る問いかけると、小梅ちゃんは「はぁ……」と小さくため息。……ため息⁉︎ え、私なんかやっちゃいました⁉︎


「……なんか、違う」

「えぇっ⁉︎」


 ぼそり、と放たれたその言葉に、私は顎が外れそうなくらいに驚愕した。『なんか違う』って……早季の言ってた最初の熱い時期が終わったらなるやつでは……⁉︎ 終わるの早くない⁉︎ まだ一週間とかそこらですけど⁉︎ あっ、あいつ燃え尽きるのも早いとか言ってた! 嫌なこと限定の預言者やめろ!


「あ、あわわわわ……こここ、小梅ちゃん……ご、ごごごごめんなさい……! 私、悪いところがあれば言ってくれれば直すので……! だ、だから捨てないでくださいぃぃ……!」


 歳上なのにみっともなく泣いて縋る私に、小梅ちゃんはきょとん、といつもより数ミクロン目を大きく見開く(小梅ちゃんを見続けた私にはミクロン単位での微細な表情の変化すらも感じ取れるのだ。あれこれキモい? いやでも愛情故だから!)


「……? あ、いえ、捨てるとかはないですけど。付き合ったばかりですし、好きですし、伽耶乃さんのこと」

「す、好きっ、ですか! え、えへへへ!」

「……なんですか」

「いえいえいえ! ただ嬉しいなーって! 私も好き――いえ! 大好きですっ!」


 淡々と『好き』と言う小梅ちゃんだったけれど、よくよく見ると耳たぶが赤くなっていて愛おしすぎる〜〜〜〜〜〜!! はー好き!!!!


「えっと、でも、じゃあ何が『違う』んですか?」

「それは……」


 む、と眉を綺麗に寄せて、完璧に可愛く不満の気持ちを表しながら、小梅ちゃんは言う。


「……付き合ったのに、伽耶乃さんずっと敬語のままなので、なんか他人行儀だなって」

「えっ」


 じ、と氷のように透き通った瞳に見つめられ、私は言葉に詰まった。


 ……それって、敬語じゃなくていい、ってこと? いやっ、でも……!


 なんか妙に汗をかきながら、私は日和る。


「でっ……も、その、付き合ったからって急に砕けた感じになるのもなんか馴れ馴れしいかなぁ〜〜って思って……もうちょっと時間をかけての方がいいかも〜〜、みたいな……?」

「じゃあいつ敬語じゃなくなるんですか? 一ヶ月後? 二ヶ月後? 半年、それとも一年?」

「えぁ⁉︎ それはなんかこう……様子を見て……?」


 敬語をやめる様子ってなんだ? と思いながら答えると、小梅ちゃんは今度こそはっきりと不満げな顔をした。これは多分私じゃなくてもわかる。めっちゃ唇が尖ってるから。拗ねた顔も可愛いのなに……⁉︎


「……わたしは、馴れ馴れしいとか、嫌だとか思わないんですけど。今だって」

「そっ……!」


 それは!! 可愛すぎるだろっ!!!!


 微妙に目を逸らしながら、指先では落ち着かない感じで耳たぶのピアスを弄りながらそんなことを言う小梅ちゃん、あまりにもラブ……! こんなことまで言われたらもう応えないわけにはいかないだろ、私……!


「じゃ、じゃあ! これからは敬語やめます――じゃなくて! や、やめるね!」


 ぎこちなく宣言すると、小梅ちゃんは試すように無言で私を見つめる。


「なんか、すごい無理してません?」

「そそそそんなことないです――じゃなくて、な、ない、よ⁉︎」


 言いながら全然無理しててダメだった。だってずっと敬語だったし……!


「……そんなにわたし、親しみにくいですか?」

「えぇっ⁉︎」


 つい、と目を伏せる小梅ちゃんに、私はびっくりして大声が出た。大声自体は別に珍しくないけど。でも、そう言う小梅ちゃんはなんだかひどく寂しそうで。


「だって、ずっと敬語なのって、わたしがとっつきにくいからなのかな、って――」

「ぜんっっっっっぜん! 違いますけど! ――じゃなくて! 違うよ!!!!」


 反射的に大声で否定すると、彼女の綺麗な瞳の表面がゆらり、と揺れる。


「え、じゃあ――」

「私がずっと敬語なのは……、その、……大変、言いにくいのです――だけどぉ……!」


 これを言うと本当に恥ずかしいというか、歳上なのにあまりにも余裕がなくて言いたくないんだけど……でも! 小梅ちゃんに誤解で悲しい気持ちをさせる方がもっと嫌だから言うんだ、私……!


「わ、私がずっと敬語なのはっ! こ、小梅ちゃんを前にすると緊張しちゃうからでっ! というのも!」


 なんか勢いよく言えば恥ずかしくないか、と思ったけど、言ってるうちにどんどん顔が熱くなって、こんな顔見られるのも恥ずかしすぎて結局最後には両手で顔を覆って消え入るように呟いた。


「…………小梅ちゃんの顔も、声も、喋り方も、仕草も、全部ぜんぶ好きすぎて、近くにいるだけでヤバいから、なので……特に、見つめられるともうヤバくて……」

「…………」


 こんな思春期の子どもみたいな理由で緊張してて恥ずかしすぎる〜〜! 誰か殺せよぉぉぉぉ!

 顔を覆って悶絶していると、く、と手首に触れる感触が。と思ったら、ぐい、と引っ張られて真っ赤な顔が露わになる。


「っ!」

 遮るもののなくなった私の顔の目の前には、小梅ちゃんの顔が。鼻と鼻が触れてしまいそうなくらいの距離に、もう熱いというか発火してる? ってくらいに私はのぼせ上がる。ななな、なに……⁉︎


 じっと私を観察するようだった目が、きゅ、と細められる。そして――


「恥ずかしがってる伽耶乃さん、可愛い」

「っ〜〜〜〜⁉︎」


 口角をほんの少し上げてからかうように笑う彼女に、私は言葉にならない悲鳴を上げた。それはっ!! ズルでしょ!!!!


「じゃあ、今は別に敬語のままでもいいです」


 つい、と顔を離して(あぁぁ、離れちゃった……離れるとそれはそれで惜しいの人間の業の深さよ……)、小梅ちゃんはつん、と澄ました顔に戻る。けれど。


「伽耶乃さんが慣れるまで、いっぱい見つめてあげますからね」


 なんて言ってくるの本当に小悪魔すぎるだろ!!!! いや天使なんだけど!!!! 

 

 あぁもう付き合っても全然底が見えないというか一生好きにさせられ続けるんですけど!!!!

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