20話 クールな彼女は、笑うとーー
翌日はホントにもうまるで仕事に身が入らなかった。
「伽耶乃、今日ヤバいけどもしかしてフラれた?」
昼休み、言いにくそうな顔の割りにはズバッと切り込んでくる早季に、
「……いっそひと思いにフッてくれた方が楽だったのにっ!!」
私は昨日から溜まりに溜まっているフラストレーションをぶちまけた。何この死刑執行待ちの状態は⁉︎
「――元カノと偶然出会ってギスッて色々あって告ったけど返事はまだもらえてない?」
経緯をかいつまんで伝えると、早季は信じられない、という顔をした。
「で? 今日は仕事帰りにコンビニ寄るの? 返事してもらわないとだもんね」
「うぅぅぅぅ……やっぱりこっちから聞きにいくしかないよね……?」
「告白までしたのに日和るな」
だってまさかこんな時間差になるとは思ってなかったから~~~~!!
*
今日も今日とて――というかいつもより上の空だったせいで余計に長引いた残業帰り、疲れと緊張で重くなる足取りで私はコンビニへ向かう。ぅあ~~~これでフラれたらマジで凹むんですけど~~~⁉︎
心臓が早鐘を打ちすぎてなんか胸痛い……死ぬのかな……? と思いながら明るい店内に足を踏み入れる。と、
「……あれ?」
レジカウンターの内側のどこにも小梅ちゃんの姿がなかった。あれ、今日はお休みなのかな?
「あ、伽耶乃さん」
「ぅっひ⁉︎」
トボトボとお店を出ようとしたところで後ろから名前を呼ばれて飛び上がってしまった。
振り返ると、片方の肩が露出しているデザインのトップス(鎖骨! 見えてる! いやジロジロ見るな私!)に足の細さが際立つ黒のスキニーという私服姿の小梅ちゃんが立っていた。
「小梅ちゃん⁉︎ なんで私服……?」
「今日はちょっとお休みもらってて」
「そ、そうなんですね……ん? じゃあなぜここに……?」
「それは、その」
戸惑う私からそっと視線を逸らしながら、小梅ちゃんは一度言葉を切り、
「……伽耶乃さんのこと、待ってたんです」
そう言って、く、と私の袖を引いた。
「外で話しませんか?」
「ぁっ、は、はいっ」
待ってた、って――つまりあの告白の返事をするため、ってこと⁉︎ あ、あわわわわ……!
彼女の後を追ってコンビニの外へ。
「夜は少し冷えますね」
「そ、そうですねっ、急に秋がきたって感じしますよね~」
何でもない話題だけれど、私は相槌を打つのも気もそぞろで。
浮足立っているのが初秋のひんやりとした夜気を伝ったように、小梅ちゃんも黙り込む。
コンビニの前、店内から零れる白い明かりがギリギリ届く範囲で立ち止まり、小梅ちゃんはこちらに向き直る。
「伽耶乃さん」
「はっ、ぅあ、はいっ……!」
「あの、昨日、わたしのことが好き、って言ってくれたと思うんですけど」
「はぃ……相違ございません……」
あまりの緊張になんか契約事項を確認するみたいな口調になった。落ち着け私……!!
「それってつまり、お付き合いしたい、って意味の好きってことで、いいんですよね?」
「はぃぃ……その認識で問題ないかとぉ……」
だから契約口調やめろ……!! でも面と向かって確認されるのめちゃくちゃ恥ずかしいよぉ……!!
「それって、なんで、っていうのは聞いてもいいですか?」
「…………な、なんで?」
片手で耳たぶのピアスを弄びながら言う彼女に、私は思わずオウム返しをする。なんで、って、なんで好きなのか、ってこと?
「なんでって…………す、好き、だから……?」
質問の意図が読めずにIQ低めの回答をするも、彼女はどこか釈然としない様子で爪の先でピアスを弾く。
「……でも、わたしのことそんなに知らないじゃないですか、伽耶乃さんは。いつもお会計の時にちょっと話して、それくらいの関係なのに……それなのにどうして好きとか、ずっと一緒にいたいとか、言えるんですか?」
頼りなく夜の空気に溶けていく声。そこに隠れている彼女の気持ちを、私は考える。
感情が見えないと、何を考えているかわからないと言われてきた彼女が、そのせいで誰かと深く関わることができないのだと。そんな自分を誰かが好きになるわけがないと、そう思ってしまっているのなら。
――だったら私は、そんなことないんだって、教えてあげたい。
私が、こんなにも彼女のことを好きな気持ちを。
「小梅ちゃん。確かに私は、小梅ちゃんのことをほとんど知らないです。でも、それってこれから知ることができる、ってことなんじゃないのかな、って」
「……これから」
「はい。今はちょっとしか小梅ちゃんのことを知らないけど、それでもこの『ちょっと』を一つずつ知る度に、私は小梅ちゃんのことが好きになっていったんです」
シルバーアッシュの髪色に派手なピアス、最初は怖い人だと思ったけど、実際はそんなこと全然なくて。
「表情はあまり変わらなくて見えにくいけど、初対面の私を気遣ってくれたみたいに、本当はすごく優しいところも。自分の好きなものとか、名前とかを気にしてる繊細なところも。時々真顔で急にドキドキさせるようなことを言ってくるところも。知らなかった一面を知る度に『こんな人なんだ!』ってちょっとわかった気になって、でもまた知らない一面が見えてきたりしてまた印象が変わったりして、そうやってどんどんどんどん好きになってきたんです。――それに、今ですらこんな好きなのに、まだ知らない部分がいっぱいあるってことは、この先ももっともっと好きになっていくってことじゃないですか⁉︎」
もっともっとってすごいな⁉︎ と自分で言いながらドキドキしてしまった。これ以上があるの⁉︎ 今でもとっくに限界な気がするのに⁉︎
勝手にわぁわぁしゃべって勝手にドキドキしている不審者(私だ!)に向かって、小梅ちゃんは一歩、近づいてくる。
「……伽耶乃さんは、やっぱりすごいです。そんな考え、わたしはしたことなかったから」
コンビニから漏れる白い光の中、こちらを見つめる彼女の顔が、また一歩分近づく。
透き通った氷のような綺麗な目に、狼狽えた表情の私が映っている。
きゅ、とふいに腕に小さな力を感じた。見下ろすと、私の袖を彼女の細い指が掴んでいて。
その、縋るように伸ばされた指先は、微かに震えていた。
「……いいんですか、わたしでも。わたし、全然笑わないし、何考えてるかわからないから、扱いにくいと思いますけど」
いいんですか、という言葉に、私の心臓は大きく跳ねる。体の内側でばこんばこん暴れ回ってぶつかって痛いくらいだ。
「それなら、こうやって話してください。言葉にして伝えてください。それならきっと、小梅ちゃんが伝えたいこと、知ってほしいこと、私でもわかるから。――それに、昨日も言いましたけど、私、めちゃめちゃ小梅ちゃんのこと見てるので……! だからこれからもっともっと観察して何考えてるかわかるようになればよくないですか……⁉︎」
「さすがに、そんな見られるのは照れますけど」
「ぁぁぁあ、調子乗りましたすみません……っ!」
テンパるあまり普通にキモイ発言をしてしまった……! いやでもこれってそういうことでいいの……?
「……でも、わたしも伽耶乃さんのそういう面白いところ、見てて楽しいなって――それと多分、好きだな、とも、思ってたので」
――す、好きだな、って。
どこかぎこちない口振りで、私の袖を掴んでいない方の手ではピアスを弄りながらそんなことを言う彼女に、私はもう限界だった。
「そ、そぉ、それって、つ、つまり、告白の返事的には……?」
みっともなく裏返る声で問い返す私に、彼女はきゅ、と袖を掴んだ指先に力を込める。
「わたしも、伽耶乃さんのことが、好き……です。なので、もし良かったら、付き合ってくれますか?」
そう言うと、彼女は、く、とほんの少し首を傾げた仕草でこちらを覗き込んでくる。
――――そんなの、いいに決まってるのに……!
答えようとして、でも急に胸が詰まって声が出なくて、焦って大きく息を吸おうとし、
「――ぅぇほっ! げほぇっ!」
めちゃめちゃ盛大にむせた。
…………こ、このタイミングでむせるのブスすぎるだろぉぉぉ~~~~~~~~!!??
この時ほどあまりにもムードぶち壊しな自分を憎んだことはない。
「大丈夫ですか?」
「っぇは、はい、すみませんこんなタイミングで……!」
もう平謝りしかない私だったけれど、いつのまにか袖にかかる力がなくなっていて、見ると、小梅ちゃんはどこか迷いが晴れたような、そんな空気を纏っていて。
「そういうところも、伽耶乃さんらしくて、好きです」
ふ、と彼女の目許が優しく緩む。その言葉と彼女の柔らかな表情に、私はまた胸が詰まって、でも、私もちゃんと答えなきゃ、って、応えたいって思って、自然と言葉が零れ落ちていた。
「わ、私も小梅ちゃんのことが好きです……! 大好きです……っ! ……ぅっ、っぅぐ」
ぼろぼろと、言葉と一緒になんでか涙まで出てきて、全然可愛くない泣き声が抑えようとしても抑えられなくて。
「か、伽耶乃さんっ、なんで泣いて――わたし、何か変なこと」
「ちがっ……ぅてぇ……ぅ、嬉しいんです~~~~……!」
ぅぁぁぁ、と弱そうな動物みたいな変な泣き声が出てしまったけど、それでも私は必死にこの気持ちを伝えようとした。
「えっと、……な、泣かないで、伽耶乃さん」
おろおろと、両手を忙しなく動かす小梅ちゃんの姿は新鮮で普段なら瞳のシャッターをバシャバシャ切りまくるところだったけれど、情緒が崩壊している今はそんな余裕もなくて。
「ど、どうすれば……」
私は私でぼろぼろと涙を零し、ひっきりなしにしゃくりあげていて、小梅ちゃんはそれを前におろおろしていて、さっきお互いに想いを伝えあった二人にしてはムードも何もなくて、でもこんなのもなんか私たちらしいかもな、なんてぼんやり思っていた時だった。
「か、伽耶乃さん」
涙で霞んだ視界の中で、ふいに近づいてくる銀色の軌跡が見えた。
「え」
それが、彼女のピアスの軌跡だとわかったのは、目の下――頬骨の辺りに柔らかな感触を受けた後で。
「……え」
呆然と、その感触の去った頬に手を当てる。涙も引っ込んだ目で見ると、
「やっと泣き止んでくれましたね」
そう言って、小梅ちゃんは自分の唇にそっと指先で触れた。え、あ、え、ぅええ⁉︎
「ぁ、い、今のって、き、ききっ、キス……?」
じわじわと熱を発し始める私の頬――いや体中が熱くて溶けてしまいそう。
泡を食ったように問いかける私に、小梅ちゃんは、
「涙を拭いただけですよ」
なんて、どこかからかうように――
「やっぱり、伽耶乃さんは笑ってる方が可愛いので」
――ふわり、と目を細めて笑った。
見間違いじゃない、彼女の笑顔が目の前にあって、私はまた少し泣きそうになる。そんな顔を見せてくれたことが嬉しくて。
「……ん?」
けれど、よく見るとその耳はほんのりと朱に染まっていて。
んん、んんんん……っ!!
一見クールな私の彼女は、笑うともっともっと可愛いです……!!




