16話 知れば知るほど
「伽耶乃、あれから結局進展あったの?」
「あ、連絡先教えてもらって名前呼びし合う仲にはなった、かな?」
「急に何があった」
何を言ってるかわからねーと思うが……私にもなんでこうなったのかちょっとよくわからない……。
「――なるほど、連絡先も名前呼びも向こうから、と」
「はいぃ……」
「やっぱヘタレじゃん」
「いやっ、でも私だって色々考えて――」
「考えすぎて自分からは行動を起こさないタイプね」
「んぐっ……!」
早季はなんでこんな私に厳しいの……?
「そこまで自分からアプローチしないとなると、本当に恋愛的な感情じゃないのかもね」
「いや、だからそういうんじゃなくて推し的なやつだって……」
苦笑いしながら早季の言葉に首を振るも、
「…………」
何か、少しの引っかかりを胸の内側に感じて語尾を濁してしまった。
*
「こんばんは、伽耶乃さん」
「こ、こんばんはっ、小梅ちゃん」
いつものようにコンビニに来ると、彼女は品出しをしていた。
「買うもの決まったら言ってください。レジ入るので」
「は、はい」
商品を手にとっては棚に並べていく彼女の横顔を、私はぼぅっと見つめる。
横からだとピアスがバチバチの耳がはっきり見えて、切れ長の目許とか、笑みを形作らない唇とか、そういった要素と相まって氷でできた美しい彫像のような印象が強まる。
けれど、その実さりげない気遣いをしてくれる優しさだったり、ちょっとした首を傾げる癖が可愛かったり、その内側が最近は随分と見えてきた気がするのだ。
「……伽耶乃さん? どうしました?」
「あ、い、いえっ、なんでもないですっ」
まだ傍に立っていた私に怪訝そうな視線を向ける彼女からそそくさと離れた。
商品を選ぶ顔をしながら、私は考える。
私の小梅ちゃんに対するこの気持ちは本当に推し的な『好き』なのだろうか?
この間まではそうだと思っていた。
間違いなく顔はタイプだし、何時間でも眺めてられるけど(その行為のキモさの是非は置いておくとして)、それはやっぱり好きなアイドルを推すような感情に近いって。だって前に好きだった人とは全然性格が違うし。
……でも、本当にそれだけだった? と胸の内側がざわめく。
推しであるならば私の方が勝手に彼女のことを好きで、彼女の方から私を好きになってもらう必要はない。双方向ではなく一方通行。そこが恋愛とは違う。
でも、私はずっと彼女に嫌われたくないと思っていた。だから連絡先を聞くのも躊躇って、名前で呼ぶのも躊躇って、なるべく彼女を傷つけたりしないようにって――
――いや、きっとそれも全部言い訳だ。
彼女ではなく、私が傷つきたくなかったから。
恋愛で傷ついた過去を引きずって、同じ轍を踏むのが怖くて、傷つかないようにこれは恋愛の好きとは違う、って、そう思い込もうとしていた。
けれど、顔が好き、という最初の印象から、彼女の内面を少しずつ知っていって。
――知れば知るほど、どんどんこの好きの気持ちは大きくなって。
私の名前を呼んでくれる彼女の落ち着いた声が好き。いらっしゃいませ、って絶対にこっちを向いて言ってくれるのも。
何を考えているのかわかりにくいけど、眉毛とか目の動きとか、細かいところから感情が漏れ出しているような、少し不器用っぽいところも。
素っ気ないようななんでもない涼しい顔で急に距離を詰めてきて、私を翻弄してくるようなところも。
推し、なんて言葉では足りないくらいに好きなんだ。後方から見守って満足するような気持ちじゃない。毎日のように通って、顔を見て、少しお話しをして、それでももっともっと近づきたいと思う。
――好きに、なってほしいと思う。
そこまで考えて、私は危うく手に持った商品を取り落としそうになってしまった。
自分でも驚くくらい、欲張りになっていると思った。前よりも距離が縮んだせいで、余計にその先を望んでしまっているみたいに。
でも、恋愛ってきっとそういうものだ。ようやく認めた自分の感情は、一度自覚すると意外なほどにするりと胸の内側に収まる。
私は、小梅ちゃんのことが好き。だから、小梅ちゃんにも私のことを好きになってもらいたい。
そのためにも、これからはもっと自分から。
決意を新たに、私は彼女を呼ぶ。
「小梅ちゃん、レジお願いしまーす」
「あ、はい」
パタパタとレジに戻った彼女と、カウンター越しに向き合う。
「……あ、あのっ」
ぎゅ、と両手を握り締めて、ダメで元々、と玉砕覚悟で私は言ってみる。
「よ、良かったら今度、お、お茶でも行きませんかっ?」
言った傍からかっかと熱くなる頬。思わず俯いた視線の先で、バーコードリーダーを持った彼女の手がぴたりと止まる。
永遠にも感じられるような一瞬。そして、
「はい」
バッ、と顔を上げると、こちらを見つめる彼女と目が合う。
「ぜひ」
短くそう言うと、彼女はふい、と視線を逸らす。
けれど指先で所在なげにピアスを弄る彼女の耳たぶ。普段は陶器のように白いそこは、ほんの少し赤くなっていた。




