14話 私なら
その日、私は迷っていた。
休日で、いつものように家でダラダラゴロゴロ、SNSとサブスクのドラマを交互にキメる自堕落のサウナをしていても、心のどこかがそわそわと浮き足立っている。
そう、今の私には休日の選択肢に『薄氷さんに連絡する』があるのだ……! これで例えコンビニに行かない日でも薄氷さん分を補給することが可能……!
いやでも待って? この連絡先を教えてもらった名目は『薄氷さんが助けてほしい時に呼ぶため』だったはず……! であるならば特に何も困っていない時に雑談みたいな目的で連絡を送るのはダメ……? というかそもそも私から連絡すること自体ダメなのでは……?
その証拠に、交換したその日に薄氷さんから『よろしくお願いします』と送られてきて以来トーク画面は動いていない。……いやただ単にその返しで私が『こちらこそよろしくお願いします!!』の後に土下座の絵文字三十個くらいズダダダ、と打ち込んだのがキモかったのかも……? ぁぁぁぁぁ、今からでも最初のやり取りをやり直したいぃぃぃ! もっと大人な余裕のある文章でやり取りをスタートさせたいぃぃぃぃ!
苦悶のあまりベッドから転げ落ち、そのまま床をゴロゴロとのたうち回る。けれどいくらのたうち回っても時間は戻らない。マジで時間の無駄。
虚しさを覚えて、よろり、と立ち上がったところで、少し離れたところに転がっていたスマホがブブ、と震えた。
拾い上げて画面を確認すると、
「――えっ⁉︎」
そこに映っていたのは薄氷さんからの『どうしましたか?』のメッセージ。どどどど、どーいうこと⁉︎ 私の奇行がなぜバレて……⁉︎
泡を食ってタップするとトーク画面が表示される。
「ぁえ?」
薄氷さんからのメッセージの前、なぜか私が送った覚えのないスタンプを連打していた。なんでぇ?
――はっ、もしやさっきスマホ持った状態でベッドから転げ落ちて床をのたうち回った弾みで謎のスタンプ連打をしてしまった……⁉︎ う、うわぁ……迷惑すぎる……!
しゃ、謝罪をしなければ……誠心誠意……! と謝罪会見用の文言を検索している間に、またスマホが震えた。ひえっ、ごめんなさい間違いなんです〜〜!
『ちょうどわたしもメッセージ送ろうかと思ってたところだったのでびっくりしました』
え! え? えぇ⁉︎ 薄氷さんがメッセージって――はっ!
『何かお困りですかっ?』
早速助けが必要な事態か⁉︎ とすぐにでも家を飛び出せるよう身構えるも、
『いえ。あ、用もないのに連絡するの迷惑ですか?』
「迷惑じゃない!!!!」
向こうには聞こえもしないのに咄嗟に叫んでいた。え、自分こわ……。
『全然迷惑じゃないです!! というか私こそ意味わかんないスタンプ連打しちゃってすみません!』
『いえ。伽耶乃さんってこういうことするんだな、って面白かったです』
『笑って頂けたのであれば幸いです……!』
『なんですか、それ』
ダメだ、薄氷さんとメッセージをしている、という緊張感からビジネスメールみたいになった……。
その後も数分おきに返事が返ってくるような、何気ないやり取りがしばらく続いた。
『伽耶乃さん、今何してました?』
『ドラマ見たりしてました。薄氷さんは?』
『大学の課題やってました。週明け提出なので』
『大学の勉強もあるのにいつも遅くまで働いてて偉い……! ちゃんと休んでくださいね!』
『でも大体三〜五限に授業まとめてるので、睡眠時間は確保できてます』
いつもコンビニでは目にできない、働いていない時の薄氷さんの生活の一部を教えてもらっていることになんだか妙にドキドキした。
『というか』
話の流れが途切れたところで、薄氷さんからそんな言葉が届く。
『わたしは伽耶乃さんって呼んでますけど、伽耶乃さんはわたしのこと名前で呼ばないですね?』
数秒間、私は固まった。え、これは呼んでもいいってこと……? なんか名前を知ったのも偶発的だったというか、あと自分の名前があまり好きじゃないとも言ってたし遠慮してたけど……え、いいの?
『名前で呼ばれるの、薄氷さんは嫌なのかなぁ、って思って……嫌じゃないなら名前で呼んでもいいですか?』
そう返すと、しばらく返信が止まる。あれ⁉︎ やっぱり嫌だった⁉︎
また床をのたうち回りかけた私だったが、すんでのところで返信がきた。
『伽耶乃さんなら、いいかな』
短い文。けれど、これを打つまでの間に彼女は何を思ったのだろう。
きっと名前で嫌な思いをしたことがあるはずだ。それなのに、私なら、と名前呼びを許してくれた。
その事実が、私にはどうしようもなく嬉しかった。
胸の内側がむず痒くて、意味もなくベッドにダイブして足をバタバタさせる。
「はぁ〜……」
しばらくバタ足を続けて疲れた体でゴロンと寝転がり、天井を見上げる。
「……小梅、さん」
一人でいる部屋に妙に硬い自分の声が響いて、それが無性に恥ずかしくて、私はまたバタ足で気恥ずかしさを蹴り飛ばし続けた。




