10話 いい意味悪い意味
「こんばんはっ! 薄氷さんっ」
「……こんばんは。なんかお元気ですね?」
ぴ、と本日の私のデザートであるプリンをレジに通しながら、彼女はシルバーアッシュの髪をさらり、と揺らして小首を傾げる。怪訝そうにちょこっと寄った眉毛すら可愛い。
なぜ今日の私が元気――もとい謎のハイテンションなのか、というと、話はお昼休みに遡る。
*
「へぇー、名前わかったんだ」
「そう~! 薄氷さんって言うんだって~! めっちゃ綺麗な名前だよね~~!」
「うざ……ていうかさ、今までは伽耶乃の独り相撲だと思ってたけど、その子――薄氷さん? もなんか案外満更でもなさそうだよね」
社食でうどんを啜りながら薄氷さんの名前が判明した経緯を報告すると早季は言った。
「えっ、うっ――どういうこと⁉︎」
「ちょ、汁飛ばすな……いやだって、最初はあんたがただ騒いでるだけだと思ったのに、向こうから名前聞いてくるなんて――」
「なんて……?」
「――ただの迷惑厄介客だと思われてたわけじゃないんだな、って」
「迷惑厄介客は言い過ぎでは⁉︎」
あまりにもあんまりな言い草に抗議するも無視された。
「でもそれならなおさら今度こそ伽耶乃からアプローチしてみれば?」
「あ、アプローチって、私は別にそんなナンパな下心があって通っているわけでは……」
「ないの?」
「…………なくはない、けど」
「……ヘタレ」
「は、はぁ⁉︎」
「だってそうでしょ。いい大人のくせに、普段は騒ぐだけ騒いで肝心な時には年下の子から歩み寄ってくれるのを待ってるだけなんて。連絡先聞くとかもどうせできないんでしょ?」
「んなっ――で、できらあっ!」
蔑むようにこちらを見下ろす早季に、私はほとんど反射的に言い返していた。
*
――回想終わり。コンビニに戻ります。
というわけで、今日の私は『自分から』彼女の連絡先を聞き出すことを目的に来たのである。自分を鼓舞するためにハイテンションで挨拶をしたまではいいものの、ここから先はノープランだ。
……ていうかさぁ~~~! 連絡先って名前よりもめちゃめちゃ個人情報じゃん~~~! 難易度高いって~~~! 名前すらも聞けなかった私が自分からいけるわけなくない~~⁉︎
「…………?」
クソデカ挨拶をしたまま固まる迷惑厄介客を前に彼女もどこか困惑気味だ。そりゃそう。
「あの、お姉さん――じゃなくて、伽耶乃さん?」
「ぁっ」
少し低めの落ち着いた声音で呼ばれる自分の名前、めちゃいい……思わず気持ち悪い呻き声みたいなの出た……。
…………あれ? そういえば、私は下の名前まで教えたけど、薄氷さんの下の名前を聞いてなくない? 連絡先よりそっちが優先では? だって向こうが伽耶乃さんって呼んでくれてるのに私が薄氷さん呼びだとなんか距離感が変だもん! よし、作戦変更!
「えぇっと、そういえば薄氷さんの下の名前って、聞きましたっけぇ……?」
……どうしよう……にこやかにフランクに尋ねてさらっと聞き出そうとしたのにめちゃめちゃネットリした感じになった……自分キモ……。
舌でも噛んで死のうかな……と自己嫌悪に陥りながらもなんとか彼女の反応を窺うと、
「…………」
なんだか目を細めて――え、怒ってる? え、え、嘘うそなんで⁉︎ やっぱりキモかったから⁉︎ でもそれなら今までも十分キモかったけど怒らなかったのに……? とうとう我慢の限界がきた、ってこと……?
「ぁ、あの、急に変なこと聞いてすみません……! 馴れ馴れしかったですよね……」
今からでもなんとか挽回しようと大人の笑みを浮かべ――無理だ、普通に泣くの我慢してるキツめの顔になった。だって嫌われたくない~~~~……!
「いえっ、そういうんじゃなくて……」
彼女は少し慌てたように語尾を揺らす。え、嫌われてない……?
「……ただ、自分の下の名前があんまり好きじゃなくて」
どこか拗ねたように、彼女は指先で耳たぶのピアスを弄る。え、……何かコンプレックスがあるのかな……それなのに私は無遠慮に……! このっ、ノンデリ人間が!
脳内で自分を罵倒していると、レジの奥――バックヤードから「おーい」と声がした。
「おーい、薄氷さーん」
「……店長、今接客中なのに」
きゅ、と鼻の頭にしわを寄せ彼女は呟く。どうやら店長が呼んでいるらしい。
「おーいってばー――小梅ちゃーん?」
「っ、店長っ」
バッ、と体を翻すと、彼女は早足でバックヤードに向かった。え、今のって……?
奥の方で何やら短く言い争う気配。やがて、少し肩を怒らせた彼女が戻ってくる。
表情はいつも通りだが、ほんの少し頬に赤みが差しているような……。
「……さっきの、聞こえてました?」
探るような上目遣い。その眼差しを受け止め切れず微妙に目を逸らしながら、
「えっと……、お名前、小梅さんって言うんですね……?」
嘘は吐けなかった。
「……年寄りくさいって思いました?」
「へ? いやいやいやっ! すごい可愛い名前だと思いますけどっ⁉︎」
私が反射的に否定すると、彼女はきゅいと唇を引き結び、それから私の真意を探るように目を覗き込んでくる。う、疑われている……⁉︎
「やっ、あのっ、私おばあちゃん子なので! むしろ少し古風なくらいが逆に落ち着くというか!」
慌てて言葉を重ねる感じがなんか普通にキモいし勝手に落ち着くな。
けれど必死な雰囲気だけは伝わったのか、彼女はふ、と目許を緩めた。
「……なんですか、それ」
*
お会計を済ませながら彼女は言った。
「わたし、こんな名前だし、好きなものもおばあちゃんぽいしで、小さい頃よく年寄り扱いされて嫌だったんですよね」
あー、塩飴とか小豆とか、確かに子どもの頃には浮きそうな気もする……でもでもっ!
「わ、私は好きですけどね!」
気持ちが逸るあまりに言葉が足りなかったかもしれない。
ほとんど叫ぶように言ったその言葉に、彼女は一瞬大きく目を見開くと、
「やっぱり、伽耶乃さんって変わってますね」
しみじみと噛み締めるように言いながら、商品の入った袋を手渡してきた。
……え、それはどういう意味で? というかやっぱりって? とは思ったけど、掘り下げて藪蛇になるのも怖かったのでその日はなんかふわっと家路についた。
変わってるっていい意味悪い意味どっち~~~~⁉︎




