もうひとつの能力!無敵のバリア発動です!
スター流の訓練はどれもわたしの常識を超えたものでした。
異空間の中に山を作り、そこを猛ダッシュで登ったり。
海で巨大サメと格闘したり。
火を使う能力者の火力を上げるべく、消防車の凄まじい水流と対決させたり。
四方八方から機関銃で銃撃させて銃弾を素手で捉えたり躱したりといった反射神経を養う訓練などなど、あげればキリがありませんが見物だけで疲れてしまいました。
最後に案内されたのはごく普通の広い空間にいくつかのプロレスのリングが設置された部屋でした。
「ここがわたしたちにとって最も重要な場所なのだよ」
スター様が誇らしげに語る様子とは裏腹にこれまでのと比較しますと、あまりにも普通です。正直、どこにでもありそうな設備にしか見えません。
「ここでスパーリングを行うんだよ」
スパーリング。実戦に近い練習試合のことです。スター流は正式名称をスター流格闘術といい、現在のプロレスの原型になったと伝えられています。
彼らの使うスター流奥義はどれも今となってはクラシカルな技ばかり。
けれど見た目は地味ながらも威力は桁違いで、数々の強敵を葬り去った歴史と実績が物語っています。
「さて。エリザベスちゃん、ちょっとリングに上がってもらえるかな。
きみの能力のテストをしたいと思う」
彼の突然の提案に導かれるままにリングへと上がります。
堅いマットに四方に張り巡らされた三本ロープ。
何の変哲もないプロレスリングですけれど、生臭い血や汗の匂いを感じ取り、この場所でどれほど激しい攻防が行われたかが伝わってきます。
それにしても、テストとはいったい何をするつもりなのでしょう?
疑問を抱いていますと、ひとりの男性が入ってきました。
その姿を見て、わたしは息を飲みました。
二メートル以上もの長身に山のように鍛えられた体躯。
金髪は後ろに束ねられ、緑色の瞳からは深い慈悲の光があります。
その男性こそスター流で最強と名高いヒーロー、カイザー=ブレッドさんでした。
滅多に姿を見せることはありませんが、敵さえも改心させる慈悲と圧倒的な戦闘力、そして自身の温度を太陽と同等に上昇させる特殊能力から、『太陽神』と異名されています。
彼は無言でわたしを見下ろしています。
スター様はわたしと彼を引き合わせ、こんなことを言いました。
「これからカイザー君に太陽の拳を打ってもらうから、きみがどうなるのか実験してみたい」
カイザーさんの最強技、太陽の拳。
太陽超人と化したカイザーさんが全力で放つストレートパンチで、命中する前に大抵の敵は一瞬で蒸発してしまいます。
それを少し前まで人間で、何の訓練も受けていないわたしに受けてもらうなど、正気の沙汰ではありません。
せっかくヒーローになれたのに憧れの人に消滅させられたら、自分の不運を呪います。
けれどわたしの思いは言葉で伝えることはできず、カイザーさんの本気の一撃が叩き込まれることになりました。
「天に祈り、己の過ちを悔いて、来世に生まれ変わるがよい」
独特の口上が始まり腕を思い切り引いたカイザーさんは能力を発動。
目が開けられないほど眩しい光と巨拳が迫ってくるのがわかります。
光が強すぎて目を閉じることができないのです。
自らの最期を確信したせつな、カイザーさんの拳が止まりました。
彼が手加減したのではなく、何かに阻まれているかのようです。
ふと、手を前にしてみますとわたしと彼の間に半透明な壁のようなものがあります。
何が起きたのかと見渡しますとわたしが立っている範囲だけ、半透明のドーム状のバリアが展開しているようなのです。
カイザーさんが拳を下しますと、バリアも消滅しました。
いったい、今のはなんだったのでしょう。
するとスター様が拍手をして疑問の答えを教えてくれました。
「テストは大成功だよ! これがきみのもうひとつの能力、この世の全ての攻撃を防ぐことのできるバリア! 治癒をしている間は危険が多いからね。自動できみを危険から守ってくれる!」
ありがたいテストのおかげでわたしのもうひとつの能力が明らかになりました。
自動で危険から守ってくれるとは、なんと便利でありがたい能力なのでしょう。
今の世の中は危険がいっぱいですから、それを警戒しなくても生活できるというのはとても楽にすごすことができるのです。
人を治癒できるだけでなく身を守るためのバリアまで補助としてついているなんて。
しかもそれを食べるだけで手に入れたわたしはなんという幸運なのでしょう。
これをいかさないのは非常にもったいないことです。
スター様の恩に報いるためにも、この不肖エリザベス=フォン=タルトレット、これから能力を学んで大好きなスター流のために尽くす所存です!
「本日は誠にありがとうございました!」
わたしの能力テストに付き合ってくれたカイザーさんとスターさんにお礼を言いますとスターさんはからからと笑って。
「いい返事だね。明日、皆にきみのことを紹介しようと思うから楽しみにしているんだよ」
「はいっ!」
とうとう、明日からわたしも正式にスター流の仲間入りを果たすのです。
憧れていたヒーローの皆さんとの対面はドキドキします。
けれど、少なくともテレビや雑誌で見た情報だとみなさんとてもいい方々だと思うので、きっとわたしを歓迎してくれることでしょう。
そうでなければ、非常に悲しいですが。
ともかく、今日は明日に備えて早く眠ることにしようと心の中で誓うのでした。