究極の二択ですけれど、わたし、ヒーローになります!
一時間しか寿命がない?
スター様の言葉が何度も頭の中で繰り返されます。
信じたくはなかったものですから、つい言ってしまいました。
「スター様はご冗談がお上手ですね」
「いや、本当のことだよ。きみは元気そうに見えるけど、それは一時的のことで相当に衰弱が進んでいるからね。だからこそ不動君に頼んで連れてきてもらったんだ。
きみのような人材を失うのは惜しいからね」
ニコニコしながらスター様が語りますと扉が開いて、ひとりの老紳士が銀のトレーにティーカップをのせてやってきました。
白髪のオールバックに白く立派な口髭、骸骨のようにガリガリに痩せた体に昔風の白い軍服を着ています。
全身が白一色みたいな方ですが瞳は黒く、冷たい光を放っています。
「スター様、紅茶をお持ちしましたぞ」
「ジャドウ君、ありがとう!」
「この方が……」
ジャドウ=グレイさん。先ほどわたしを招待してくださった不動さん(いつの間にか部屋から出て行っていました)と並ぶスター流の最高戦力のひとりで、冥府王の異名があります。
その名に相応しく、あまりにも残忍冷酷に悪を潰し、仲間さえも平気で裏切ることから噂の絶えない人物だとヒーロー専門の雑誌には書かれていますが、スター様に対する忠誠心だけは絶対とも言われています。
彼は熱々の紅茶が注がれたティーカップを机に置きますと、わたしを一瞥して煙のように部屋から去っていきました。
一言もわたしに対して口を利かなかったところを察するに、疑われているのかもしれません。
わたしは紅茶に軽く息を吹きかけて冷ましてから口に含みます。
「おいしい……とても香り高くてリラックスします。とても、ジャドウさんが淹れたとは思えないです……」
「だろうね。彼の紅茶を飲んだ人は必ずそう言うよ。さて、本題に入ろう。とにかくきみには時間がない。だから、わたしはきみの寿命を延ばすプレゼントをあげることにしたのだよ!」
ウキウキとした様子で彼が机へ歩いていき、引き出しから持ってきたのは小さな宝箱でした。
わたしが見えるように向けて中を開けますと、そこにはたくさんの色付きキャンディーが入っていました。
「きみも知っていると思うけれど、このキャンディーはわたしの流派を卒業する資格を与えたものでしか食べることのできない『超人キャンディー』だよ」
超人キャンディー。
スター流の中には生まれつきの超人とそうでない者がいて、後者はそれを食べることで超人的な肉体と特殊能力、永遠の寿命を経て本格的にヒーローとして活動できると聞いたことがあります。
不老長寿になれるのですからこのキャンディーを手に入れるために、世界各国の大統領や首相、王様まで様々な地位にある人々がスター様に頼みましたけれど、彼はあくまでも世界平和のためと常人にはリスクが高すぎるという理由でずっと断り続けていたのです。
超人になった者は人類の歴史の中でも極めて稀で――それだけスター様の与える修行が厳しいという事情もありますが――確かめる術がなく伝説とされてきたキャンディーの正真正銘の本物が目の前に置かれて勧められている事実に、わたしはめまいを覚えそうになりました。
どうやら、不動さんが言った言葉は本当だったのかもしれません。
スターさんは宝箱の中から特に白いキャンディーを取り出して、わたしの掌に落として言いました。
「一時間後に君が死ぬと言ったのはジャドウ君でね。彼の予言は基本的に外れない。
わたしが介入しない限り。このままだときみはあと三十分で死んでしまうけれど、このキャンディーを食べたら救われるよ。どちらを選ぶかはきみの自由だから後悔しない選択をするといいだろうね」
穏やかに朗らかに輝く瞳でわたしを見つめて語るスターさんにわたしは決心しました。
「わたし、ヒーローになります!」
「おめでとう! きみは今日から我がスター流の仲間! 大切な弟子だよ!」
「ありがとうございます、スター様!」
こうして、超人キャンディーを食べた(用意されていた水で流し込みました)わたしは、ヒーローとしての第二の人生を歩むことになりました。まったく新しい自分になるようなものですから、実質生まれ変わったと言っても決して過言ではないでしょう。