憧れの人からわたしの余命は残り一時間と宣告されました。
彼の言葉に、わたしは生まれてはじめてというくらいに大きな声を出しました。
なぜって、本当に驚いてしまったんですもの。
ずっと家に閉じこもってばかりいたわたしがスター流に?
何かの冗談かと思いましたけれど、不動さんの目は真剣でカレンダーの日付を確認しても4月1日、エイプリルフールではありませんでした。
けれど、どうしてわたしを?
その疑問の答えは不動さんが教えてくれました。
「お前はスターに手紙を出しただろう」
「手紙……? そういえば……」
思い出しました。
ひと月ほど前にダメ元でスター流の創設者であるスター=アーナツメルツ様に一目だけでもお会いしたいと手紙を書いたのです。
病弱で後がないこと。家族が全員亡くなってしまったこと。
そして生まれ変わったらヒーローになりたいこと。
他人が聞いたら同情を誘う汚い手だと思われるかもしれません。
けれど、わたしは生きている間に誰かに身の上を伝えたかったのです。
もしかすると願いが叶うかもしれないという万が一の可能性にかけて……
けれど、スター様は多忙だとも聞いています。手紙は届かないかもしれない、届いてもゴミ箱行きかもしれないと思っていましたけれど、不動さんが来てくれたのです。
わたしの行動は決して無駄ではなかったのだと、心から安堵しました。
もっとも、天に召されるという絶望があまりにも強かったので、先ほどまで手紙の存在を忘れてしまっていたのですけれど。
心の中で言い訳をしていますと、不動さんが太く鍛えられた右腕をわたしに差し出しました。
「行くぞ」
「あの、どこにでしょうか?」
「スター流本部に決まっているだろうが。説明はあとだ」
苛立たし気に言う彼とは対照的にわたしの心は舞い上がっていました。
スター流本部はスター様の経営するスターコンツェルンビルの中にあります。
世界の大企業として君臨するスターコンツェルンに入れるだけでも光栄ですのに、憧れのスター流本部にまで足を運ぶことができるなんて。
ああ、神様。わたしはもう天へ召されてもかまいません。
「馬鹿なことを言うな。お前が天国行くことなど俺が許さん。いいな」
「は、はい……」
不動さんの手を握りますと、空間が高速で動き出しました。
ちょうどエレベーターが上昇するような感覚と表現したらわかりやすいでしょうか。
それが終わりますと、気づいたときには見知らぬ場所に立っていました。
「ここは……?」
周囲を見渡してみます。
赤の高級な絨毯が敷かれた広々とした部屋で、観音開きの扉があります。
部屋の奥を見てみますと机がひとつあり、その手前にひとりの男性が立っていました。
キラキラと輝く青い瞳に波打つ金髪、表情は陽気さに満ち溢れた方です。
こげ茶色のスーツがピカピカと輝き、とてもお洒落です。
まさか、あの方は。
涙で視界がかすみそうになる中、男性が明るい声を出して手を広げました。
「ようこそ! エリザベス=フォン=タルトレットちゃん!
わたしがスター=アーナツメルツだよ! 会えて嬉しいね! 不動君はどうやら間に合ったようだね!」
わたしは夢を見ているのでしょうか。
それとも、これは現実?
感動で震えが止まりません。
ずっと憧れ続けたヒーローたちの頂点に君臨する方が同じ空間にいるのです。
「スター様っ!」
気づいたらわたしは彼にダイビングハグを決行していました。
温かい身体に包まれて言葉にできない幸福感に浸っていますと、スター様は言いました。
「希望というのは素晴らしいね。さっきまで今にも死にそうだったのに、こんなに元気になるとは」
「スター様。わたし、嬉しくて死にそうです!」
「ハハハハハハハ。それは光栄だね。それじゃあさっそくきみをここへ呼んだ理由を話すことにしよう。不動君、お茶を――紅茶を用意してくれたまえ」
「断る」
不動さんの拒否にスター様ががっくりと肩を落とし。
「仕方ない。ジャドウ君に淹れてもらうとしよう」
スター様が指を鳴らしますと、アンティークの丸テーブルと向かい合った椅子が出ました。
魔法でもつかったのかもしれません。何しろ彼は全知全能といわれるような方ですから、これぐらいのことはブレックファースト前にできてしまうのでしょう。
椅子は白く豪華な作りで、わたしの家にあるものより高価かもしれません。
スター様に促され席についたわたしは、改めて彼と向き合います。
「お茶がくるまでもう少し待ってもらえるかな。とびきりおいしいはずだから」
「はい。いつまでもお待ちします!」
ついさっきまでの絶望が嘘のようです。
これから何が起きるのかとワクワクしていますと、スター様が口を開きました。
「いつまでもは無理だろうね。きみの命はあと一時間しかないから」
この方、明るい口調でとんでもないことを言われました。