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僕らの空は――虹色のレシピ――  作者: 音和さいる
21/38

6-3

「あ~、セコッ!こいつ髪撫で付けてきちょる」

 坂田の指差し突っ込みを軽く鼻であしらいつつ、登場したのは日向だった。確かに先程よりは少し髪にツヤがあるようだが、店に出る時にはいつもこれくらいしているので、秀也にとっては見慣れた姿だ。ただし、今の時間からその格好が必要かというと、少々早い気もする。片手でハーモニカをジャグリングしながら現れた日向は、先ほどのステージで坂田が演っていた隣に椅子を持ち込んで座った。

「やるだろ」

「俺様を担ぎ出そうって?高いけんな」

 そう言いながらもアコギを担ぎなおしているあたり、演る気は十分だ。

「ジプシーウルフってバンドは知ってるかい」

 日向は湶琉に話しかけた。

「いえ、その…、すみません」

「だよなぁ」

 坂田がすかさず茶々を入れる。

「まだ産まれてないぜ、おっさん。俺もやけど」

「ンなわけねぇべ」

「ショーワとヘイセー」

 日向と湶琉をそれぞれ指差しながら茶化すのは藤本。どっと笑いが起こる。強面のおじさん連中は、脱線すると止まらないのだ。日向は強引に軌道修正をかけた。

「あ~、もう進まんから黙れ!あのな、ジプシーウルフって言うのは俺が昔やってたバンドなんだ。当時は結構人気があったんだが、…知らないんだよな」

 再びの確認に湶琉は申し訳なさそうに小さく頷き返す。

「まぁ、今知ってもらえばいいってことで、これから演るのがその時の『黄昏』って曲なんだが。坂田、いけるよな」

「あれだけしつこく聞かされとるけんな」

「今日は特別にアコースティックバージョンで」

 と、日向は足でカウントを取るとハーモニカを吹き始め、それに合わせて坂田もギターを弾き始めた。初めて聴く曲であったが、静かでどことなく懐かしいその曲は、自分だけのために演奏されているというのもあって湶琉には特別の一曲になった。

 しかし、驚いているのは秀也である。連れてきてよかったのだろうとは思うものの、どうしてここまで馴染んで特別扱いされているのかがわからない。自分がバイトに入ってから今まで、決してこういう特別演奏なんて見せてもらったことはない。何でこういう流れになったのか、オーナーの機嫌とサテライトのメンバーのノリのよさによるところが大きいのであろうが全く解せなかった。

(わかんね~、でもまぁいいか)

 皆が上機嫌なら何も気に病むことはないのだと、秀也はあっさりうち捨てた。

 二人の演奏が終わり、パラパラと拍手が上がる。日向と坂田も満足げに右手を振り上げてパシンと組み交わした。

「秀也」

 演奏に聞き入って気を抜いていたところに、日向が声をかけた。

「はい」

「この子、湶琉くんだったか。うちの宝物庫に案内して」

「え?」

 要領を得ない秀也を手招きで呼びつけると、耳打ちで日向は言い直した。

「今から本格的なリハに戻るから、その辺で遊んでおいで」

「あぁ」

 得心が行った秀也は、部屋の外に湶琉を連れ出すことにした。今の今まで好意に甘えて貴重な練習時間をロスさせてしまったのだ。これ以上邪魔になってはいけない。

「行くぞ」

「あ、うん」

 湶琉が椅子を元の位置に片付けるのを待って、二人はすみやかに部屋を出た。秀也は出しなに前傾九十度のお辞儀と「ありがとうございました」を忘れなかった。


 できるだけ音を立てないように退出して秀也がほっと息をついた横で、湶琉は壁に背をもたらせながらずるずると座り込んだ。

「おい、どうした」

「死んだ。限界」

 そう言うと、湶琉はその場でくたりと泥人形のように力を抜いた。冷たいコンクリの床に足を投げ出して腕を脱力して頭を下げ、そしてほぅっと息を流した。身体はそのままに、顔だけを何か思い出したかのようにゆっくりと持ち上げて視線の先に秀也を捉え、

「でも、楽しかった」

 と、にっこり笑った。

「そ、そうか」

 向けられた上目遣いの笑顔に心臓を鷲掴みにされて、一瞬息が詰まる。

(ありえね~)

(ちょっと待てっ!!)

(何ときめいてんだよ、オレ)

 秀也の頬の赤みは、座っている湶琉からはほとんどわからない山の上にあった。元より、言うだけ言って膝を抱えて丸くなっている身には見えようはずもない。

「えっと、動けるか」

 秀也は免疫なさすぎな自分をこっそり叱咤しつつ、ここに座り込んではいられない理由を思い出した。

「あ…うん」

 湶琉は目の前に出された手を何の気なしに掴むと、そのまま一気に引っ張り上げられた。あまった勢いを繋いでいないほうの手を壁に付いて止めた。そう、秀也の予想よりも軽すぎたのだ。

「馬鹿力」

「……」

 秀也の口は色々と言葉をひねり出そうと努力していたが、何も言い返せなかった。

(さっきのは気の迷いだっ)

(やっぱりこいつ、ありえねぇ!)

 放された手にぬくもりは残っていなかった。というより、湶琉の手は夏でもひんやりと冷たくて、人に触れた感じがしなかったのだ。秀也はあごで示すと、振り返らずに先に立って歩き出した。オーナーの言う宝物庫に案内するためだ。湶琉はケンケンしながら靴を片方履きなおして、その後に続いた。

「どうぞ」

 秀也はあえて畏まって入り口のドアを開けると、湶琉の到着を待った。宝物庫と言ってもどこか別の場所に大きな蔵があったり、金銀財宝がたんまりとあったりするわけではない。さっきのフロアの隣の隣にある楽器置き場を絶対君主のオーナーがそう呼んでいるだけの話だ。音楽好きには間違いなく宝物庫と呼べるそこはしかし、ごく普通の人には物置、酷い人にはガラクタ置き場と見なされてしまう惧れがある。ドラムやキーボード、ギターにチェロにトロンボーン。オーナーがかじったことのある楽器は全部ここに納められ、自分が弾く時や客演の楽器の予備としても使われている。時々整理を命じられるそこは適度に片付いていて、それぞれが遭難することのない程度に取り出しやすくなっていた。

「これって…」

「楽器」

「お店みたい」

「そこまできらびやかには展示してないけどな」

「すっげぇ…」

 湶琉は珍しそうに目をきょろきょろさせながら、自然に部屋の中へと吸い込まれていった。これらは決して自分のものではないのだが、案内した秀也も得意気な表情を隠さなかった。

「ここを閉めとけば、少しくらい遊んでも平気だぞ」

 と、言う前に湶琉は鉄琴を低い方から高い方へコロロロロッとスティックで撫でて遊んでいた。

「こんなの小学校で見て以来だ。これも、それも…」

 湶琉は一つ一つ触りながら音を楽しんでいく。叩いたり撫でたり吹いてみたり、吹くものに関してはほとんど音なんて出はしないのだが。

(どこのガキだ?)

 思って、秀也は苦笑した。回りを一切気にせず思うままに振舞っている湶琉の、本当の顔のありかが未だに掴めない。

(いや、基本はガキなんだろう)

 秀也はそう結論付けた。

(だが、プライドだけは高くてガキ扱いは鬼門、か)

 そう考えると、少し扱いやすくも思えた。

(孫悟空とお釈迦様の関係を見習えば、問題は無いってか。確かに、婆ちゃんもそんな感じだ。ただ、そこまでオレの懐が深くいられるかは疑問だが)

 雑考に耽っていると携帯のバイブが揺れた。典生からだ。秀也は楽器で遊んでいる湶琉を部屋に残して、コンクリで反響のいい廊下に出た。

『もしもし秀也、今どこ?』

「あ…と、SEEDSにいる」

『じゃあ結構近くにいるから寄るね』

「でも今夜ライブみたいだから追い出されるぞ」

『いるの裏でしょ。多分十分もかからないよ』

「えっと…、わかった」

 短い会話を交わして電話を切った。部屋を出たついでにキッチンに水を飲みに行く。今日はどうにも咽喉が渇いてしょうがない。これも暑さのせいなのかと、秀也は薄い唇をなめた。

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