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僕らの空は――虹色のレシピ――  作者: 音和さいる
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3-4

 週末は買い物客でごった返す福岡市の中心部天神。新しいショッピングモールが毎年のように誘致されているので、ここ数年は地方からの遊民で休日になると必要以上に人口が膨らむ。売る側からすれば勿論願ったりかなったりの喜ばしいことであり、それを踏まえた人混みが苦手な地元民は平日に買い物を済ませるというのもセオリーだ。

 SEEDSから潮公園に向かうには、そのショッピング街の端をかするルートを通る。人混みを抜けてほんの五分も歩けば、今までの喧騒が嘘のように静まった広い公園があるのだ。

 その潮公園には、公園にありがちな呼び物の遊具があるわけでもない。芝生と遊歩道、大きな樹やベンチ、そして今は水の吹き出なくなった丸い噴水池(単なる溜め池状態)などシンプルなものだけで構成された場は広く、どちらかというと子供よりもカップルやお年寄り、ペットの散歩に訪れた人などでほどよく人が集う。秀也達と同類のストリートミュージシャンらが演奏する姿もちらほらと見られた。

「『二宮さん』は先客ありか」

 目星を付けていた二宮さんの銅像前ではアコギ一本で弾き語りをしている男がいた。特に立ち止まって聞いている人がいるわけでもない。そこで男は自分の歌を、音を弾き続けていた。

「あ、ども」

「うっす」

「こんにちは」

「…(目礼)」

 演奏が終わるのを待って挨拶を交わす。

「今日、どうっすか」

「ん~、俺も来てそう経たんし、ぼちぼちやな。お前らはどう」

「ちょっと練習してきたんすけど、これからお披露目ってやつです」

「そっか、頑張れよ」

 ワイルドなのか寝癖なのかわからない髪の毛をくしゃくしゃとかき回しながら男は笑った。にっと笑ってお互いの健闘を祈りつつ会釈して離れると、ほどなくギターの音が流れ始めた。会話を交わしていたのは主に秀也である。典生はにこにこと、磯貝は特に興味もなさそうな体で、二人の話が終わるのを待っていた。

 その後も三人はそれぞれの相棒を背負ったりゴロゴロ引き摺ったりしながら、今日のステージになりそうな場所を探していた。

「どうだ、あそこ」

 磯貝が指差したのは公園奥の野外音楽堂だった。

「音楽堂」と大層な名前がついているが、それが区の管理下で使われていたのは四十年くらい前の話だそうだ。今はただのコンクリートのステージと色褪せた水色の背なしベンチがその頃のままに残されているだけ。古いものなので美的には評価できるものではないが、時折何かの発表会の練習か何かで、合唱をしている人達やダンスグループ、はたまた太極拳を演舞する団体など、空いていれば誰もが自由に使っているのを見かける。

 因みに今は何もやっていない。客席には休憩代わりに座っている人がぽつぽつといるようだが、舞台上はフリーのようだ。

「ちょっと…恥ずかしくない?」

 典生は腰が引けている。

「学祭でもあんなステージでやってただろ。大丈夫だって」

 秀也はその気なのか、立ち止まる典生の肩を叩きながら歩みを進めた。この二人は大学の軽音部で何度か大きなステージにも参加している。そこに学生ではない秀也もこっそり入って一緒に演奏…なんてこともあった。サークルのメンバーに渋い顔をされながらも、この二人が他の誰かと組むのを頑として断ったからだ。

 他の人を入れない、組めないのは彼らの音楽が特殊だったせいもある。ボーカルがいないのだ。

「歌詞のない音のハーモニーから、受け取る人次第で全てのメッセージを作り上げてほしい」なんて優等生的な受け答えをしたこともあったが、単に三人とも人に聞かせるほど歌が上手くないと自覚していたからである(人により謙遜も含む)。

 音だけの方が音域に幅をもたせることもできるし、何度かやってはみたのだが、歌詞を作るのが案外難しかったこともその要因であるだろう。

 三人の中で一番準備が必要なのは典生である。キーボードのセッティングは折りたたみの足の組み立てが曲者だった。ハメが甘かったせいで演奏中に崩れたのは、確か二代目の愛器だったか。さっきSEEDSで充電させてもらったお陰でバッテリーは万全だ。アンプは必要最小限の音量に設定した。とはいえ、どんな音量であろうとも、苦手な人には騒音と受け取られてしまうのだろうが。

 三人がステージの上で何やら準備を始めたことで、客席に座っている人達もそこここでネタにしあう。

「何かやるのかなぁ」

「バンド?知ってる?」

「素人かね」

「さあ」

「うるさくなる前に移動するか」

「あ、あのナイキのジャージの人、タレントじゃない?」

「誰」

「見てっ!王子王子、むっちゃ王子!!」

 言いたい放題である。

 とりあえず演奏を始めるまでは好きにしてくれと、口さがない客席は丸無視で三人はそれぞれにチューニングやセッティングをしている。

 ここはステージとはいえ、暗くなってもライトアップはされない。今の時期は、気まぐれに空に留まる夕陽のお陰で、七時を回ってもまだまだ明るいのが何よりの利点だ。

(最初は弾きなれたスローな曲で指鳴らし。それから次は…)と、秀也は先程打ち合わせた曲順を頭の中で反芻していた。弾く前が一番ドキドキする。お腹に心臓があるみたいにがしがしと揺さぶりをかまされる。この緊張感を二人も感じているのだろうかと、顔には出さないように気をつけながら黙々と作業をする面々を見やった。

「行くか」

「うん」

「大丈夫だ」

 秀也は頷いて一歩前に出ると、客席に向かって声を張り上げた。

「はじめまして、0ゼロジーです。時間に余裕のある方はどうぞ聞いていってください。よろしくお願いします」

 一礼すると、パラパラと薄い拍手が上がった。

 振り返り合図を送ると、典生のキーボードが歌い始める。それに合わせてリズムを読んだ二人の音が重なり始めた。前奏が長くて歌が始まらないことに最初は違和感を持っていた客席の面々も、弾きこまれた音のパズルに徐々に取り込まれていった。

 聞き入るものもいれば、BGM的に流して小声で会話を続けるものもいる。公の場所なので、それは自由だ。音を聞きつけて、何事かと新たに集まってくる人もいる。客席はかなり空いているので、後から来ても座り放題だ。

 彼らはその動きを気にすることもなく、自分達の奏でる音に集中していた。音楽は真剣勝負だ。どんなステージも一度きりで気が抜けない。何より、自分達が好きなものを大切にしたい。そんな気持ちが涼風の走り抜ける公園をいつもより少しだけ熱くしていた。



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