ACT.1 レッド・シグナル 1-1
神様!
ねぇ、誰か!
誰もいないの!
ねぇ!ねぇったら!!
誰か…答えてよ…。
ねぇ…。
僕は、生きていてもいいの?
僕は…。
僕は…イキテ……イイ…?
ボクハ…。
まっすぐに天を睨み付けた瞳から、少しずつ力が削がれていく。
風は応えない。
そこには蒼く、ひたすらに碧い空だけが…しんと静かに広がっていて。
湶琉はただ、そこにいた。
ひとすじ、ふたすじ。
細い手首から手の平、指先へと伝う色。
色の薄い肌を伝う鈍赤は幾重にも重なり、雫はひたひたと緑の上に落ちる。
うららかな気候に呼ばれて伸びだした青い草の濃い匂いに、錆びた鉄骨のような異質の臭いが混ざり込んでいく。
穏やかな春は、何事もなかったかのように湶琉の脇を通り過ぎる。
いつものようにさらさらと、川は時折キラメキを孕みながらよどみなく流れていた。
どれくらいの時間が経ったのだろうか。てくてくと、足の赴くままに湶琉は歩いていた。
まだ日は高く、少し斜めに影を作っている。
別に行きたいところはない。帰りたい場所もない。
止まってもいいのだけれど、慣性の法則でも働いているのか、足は止まらない…はずだった足を止めたのは、いきなり聞こえてきた子供達の歓声だった。
小学生の下校時間もピークを過ぎていたので、すれ違う人もいないだろうと気を抜いていたらこれだ。
通り沿いの小学校のグラウンドでは、少年サッカーのチームがお揃いの真っ赤なユニフォームを着て練習していた。ちょうど半分くらいのメンバーが蛍光イエローのゼッケンをつけている。さっきの歓声はどうやら、誰かがゴールを決めたところだったらしい。
檄を飛ばす先生に、礼儀正しく元気に返事をする子供達。
彼らと湶琉の間は学校を囲む高いフェンスで区切られていて、フェンスの中には更にボールよけのネットまで張られている。目の前に立ち並ぶ、元はカラフルだったはずの色褪せたのぼり棒が更に視界を邪魔していた。
フェンスに右手をかけてガシャガシャと揺らし、(まるで檻の中と外だ)と、湶琉は思った。(でも、檻の外にいる自分よりも檻の中の彼らの方が幾分幸せそうに見える)とも。
フェンスを離れた右手が左手首を手繰っていく。視線をグラウンドの方に向けたまま、乾きかけの傷口を指先で見つけると、迷わず自分の爪で抉りたてた。
「っく」
爪を食い込まされた側の傷口が押し込まれ、真っ赤に腫れ上がった薄い内皮の間から鈍色の血が滲み出す。
じわりじわりと、それは音もなく。
痛いのは嫌なのに、そうせずにはいられない。
何故なら新たな痛みは、何処が痛いのかを忘れさせてくれるものだから。
本当に痛いのはもっと違う場所で、それを感じたくないだけだっていうのは湶琉自身もわかっているのだけれど、そんなことは絶対に認めたくなかったのだ。
(ほしい答えがわからない)
(答えを…教えてほしい)
(―――ダレカ―――)
湶琉はひたすらに声にならない悲鳴を上げ続けていた。
再び開いた傷口が、ジリジリと命をあふれさせていく。
(悲鳴を上げているのは単なる細胞だ)
(僕じゃ…ない)
自分の身体を自分のものと感じられないもどかしさを誰に訴えればよいものか。空っぽな身体を揺すりながら湶琉は再び歩き出した。
相変わらず空は青い。そして、静かだった。




