Ep.5『自己否定も大概にしろ』
先程のティールのドジはまるで存在しなかったことように扱われ、二人は食事をしていた。
ティールは机で、コクシはベットに直接取り付けられた台の上で。
「それで、コクシ。君はどこから来たんだい?」
「どふぉかふぁっへいはれても、ふぃふぉんからひはんがど」
「口の中のものをちゃんと食べてから喋れ......っふ。憐れだな。まともな教育を受けてないのかい? まぁ確かに君の今の行動やさっきの発言に一片の知性が感じられなかったけど、そう考えたら納得がいったよ」
「......んぐ。教育って言われてもよォ」
「なんだ? ひょっとして図星なのかい? それ以外ありえなさそうだけど」
「いんにゃ。そもそも俺、六歳ぐらいんときにて親父が借金残して消えてお袋も首吊ったから教育をそもそも受けてない」
「フッ。思った通りだ。ろくな教育を受けてな――ちょっと待て! そもそも受けてない? 教育を?」
「うん。そっからは借金返すためにいろんな仕事してたし。あー、でも中学校はちょっとの間行けてたと思う」
「......冗談にしてはあんまり笑えないぞ。それ」
「そりゃ本当のことだし」
「............そ、そうなのか......まぁ、いい。今は、うん。そんなことどうでもいいんだ。......どうでも、いいんだ。うん」
「?」
食事中、ティールがコクシのことを馬鹿し何か反論でもされるかと思いきや、予想の遥か斜め上の回答が返ってきた。良い教育を受けたのか悪い教育を受けたのかを聞き、そもそも教育を受けてないというのは予想できなかった。そして、そのことを一切気にすることなくそれがさも普通のことのように語るコクシへの驚きもあった。 ひとまず、一旦そのことは置いといて、話の本題に入ろうと話題を変える。
「もう一度聴くけど、コクシ。君はどこからやって来たんだい? 君には今のところ怪しさしかないからな......一応、素性を知っておきたい」
「日本!」
「へぇ、二ホン。それじゃ、その国がどこにあるのかこの地図で教えてもらえるかい?」
「......なにこれ?」
ティールは先程持ってきたであろう地図をを広げ、件の国がどこにあるのかを教えてほしいと頼む。しかし、それを教えるにあたって二つの問題があることに気づいた。一つは、元々コクシは日本の詳しい場所はさっぱりなのでそれっぽいところを指で指し示そうとしたのだが、よくよく考えてみればこれは異世界の地図なのであって、日本の場所などそもそも載ってすらないのだ。 そしてもう一つの問題。これはかなり致命的だった。それは――
「なんて書いてあんだ? これェ~」
「......まさか、字が読めないのか」
当然と言えば当然のことなのだが、コクシは異世界の文字など知らないのだ。
「ににに、日本語は書けるし......! 」
「ここに書かれているのは公用語だ。少なくも、『二ホン語』ってのは書かれてない。それと、二ホンなんて国は初めて聞いたんだけど......ほんとにそんな国あるのか? 」
「ほんとにある! なんなら今ここで日本語を書いてもいい」
「ふぅん。イマイチ信用できないな......そんなに言うならこれで書いてみてくれ。」
そう言って、ティールは懐からペンらしき物体を取り出しコクシに手渡す。一見すると普通のペンに見えてしまいがちだが、その材質は金属が使用されており、ペンの柄の部分には、幾何学的な模様が刻まれており、またペン全体が淡く発光していた。
「三級魔導品『インク要らず』だよ。どこでもいいから書いてくれ」
「み、見たけりゃ見せてやるよ」
震え声で応じ、まだ怪我の少ない左手で早速地図の余白に文字を書き込む。すると、利き腕でないのにもかかわらず。驚くほど滑らかに文字を書くことができた。正直元の世界のペンよりも書きやすい。 魔導品がなんなのかよくわからないが、便利アイテムみたいなものなのだろう。
魔導品ってすげー!!
「ほい。書けた」
ティールは、余白に書かれたこの世界に存在しえない言語を見て眉をひそめる。
「......私は『言葉』を書いてって言ったわけで、間違っても『死にかけワームの落書き』を書けとは言ってないんだけど」
「んなッ失礼なァ~! 俺ちゃんとした日本語書いてるから!」
「じゃあここに何て書いてあるのか教えてくれるかい? まさか、適当に落書きを書いてわけじゃあるまい」
「『ティールって性格いい上に信じられないくらいかわいいよね』」
「は?」
ティールに対する正直な思い、というかティールを称賛したのだが、『お前正気か?』とでも言いたげな視線が贈られた。
「なんで!? ティールみたい馬鹿にしたならともかく、俺今褒めたんだよ?」
「いや......コクシ。流石に言っていい冗談と悪い冗談の区別ぐらいは、ね?」
「ほんとに何言ってんの?」
「いや自分でいうのもなんだけどさ、私、コクシに結構な嫌味を言ったつもりなんだよ? それなのに『性格いい』って......もしかして罵られて興奮するような変態なのか?」
「だれが変態マゾ筋肉だ! ってかあの悪口自覚してたのかよ! やめろよ!」
「じゃなんでそんな――」
彼女、ティールが感じた疑念は至極当然とも言える。確かに、会話の端々に放たれる毒(アホ面・醜悪・知性が感じられない)は少し、いやかなりイラっと来たが、顔が可愛いのである程度問題なかった。しかし、イラっと来たのは事実である。そして、面識のない初対面の人のことをいきなり罵倒するのは、一般的に『性格が悪い』というのだ。にもかかわらず、コクシはそんな彼女のことを『性格がいい』と表現したのだ。なぜコクシはそんなことを――
「え~だって、ティールの性格が本当に悪かったら、そもそも俺のことなんて助けねーじゃん」
「――――――」
驚くことなかれ、コクシはただ
「それによォ、性格悪いヤツは二日間付きっ切りで怪我人のことを介抱しないと思うし」
「けど、それが本当のことだなんて――」
「確かに、ティールが万が一、億が一、兆が一、嘘ついてるかもしんないけどさ」
「......そうだよ。この私が君みたいなヤツにわざわざ本当のことを言うけないじゃないか。ば、馬鹿じゃ、ないのかい。それに」
「でもさ、ティールはどっからどう見ても怪しさしかない俺のことを助けてくれたろ。だって俺ティールのことちょっとだけ見たし、ティールが俺に『もう、大丈夫だから』って言ってくれたの聞いたんだぜ~!」
「ひゃぇっ!? ききっき聞いてたのかって違う違う違う違う!! そそんなこと言ってない! 死にそうになってたからから安心させようとして言ったわけじゃない!!!」
「正直天使が俺を迎えに来たのかと思った」
「えっ? それは......ってだから、違う!!」
「な~にが違うんだよ。」
「私はただ気まぐれで君を助けただけであって...そこに心配とかがあるわけじゃあ......」
なぜかティールはずっと自分が善人であることを否定しようとしている。その姿勢は謙虚というより不気味な自己暗示に見えた。まるで、わざと嫌な奴を演じコクシに嫌われようとしているようだった。しかし、何のためのそんなことしているのかが皆目見当もつかない。そんなことをして、ティールに何か得があるのだろうか。もしかするとティールは天邪鬼なのかもしれない。
そう思考を巡らしていると、疲れた様子のティールが口を開いた。
「仮にだが、もしもだが! 私にはとても理解できない基準によって、君が勝手に私の性格が良いと思うのは百歩、いや百億歩譲って認めよう。けど『綺麗』って部分はどう考えてもおかしいだろ」
額の汗を拭ったティールが若干イラついた様子で、自身の容姿に対する評価の訂正を求めるように文句をつけた。だがコクシはそれはありないと否定する。
「鏡見てみろよ。絶対びっくりする。天使が映ってるから」
「生憎、私は鏡に映る自分に見惚れる趣味はない。あと君の眼は確実に腐っていると思うよ」
「そんなことないって! 俺生きてて今までティールみたいな人に会ったことないし」
「確かに、普通に生きてれば地獄で罰でも受けない限り私みたいなどうしようもないヤツとは遭わないだろうな」
「めんどくせぇな! なんでそんな自己評価低いんだよ! もっと自分に自信持ってもいいじゃん。つーかさっきから俺褒めてんのになんで意地になって全否定すんだよ! 腹立つし傷つく!」
出会った当初から続けるティールの自己否定に対し、ついに痺れを切らしコクシはティールに怒りをぶつける。その発言にティールは、聞き分けのない幼児を優しく諭すように言う。
「コクシ。君の言うことはお世辞にしては下手糞だし、冗談にしては性質が悪い。こんな当たり前のことがわからないのかい?」
「『わからないのかい?』じゃねぇよ! お世辞でもねェし冗談でもなくて本音だよ! ほ・ん・ね!」
「君はなんでそんな嘘を――」
コクシはそのティールのわけのわからない態度に業を煮やし、自身の言葉が本音であることを伝えようと言葉を重ねるが、ティールはそれを一片も信じることなく、逆になぜコクシが嘘をつくのかとまったくの見当違いなこと言い始めた。それに対する弁明をしようとコクシは声を上げんとするが――
「ギャアギャアギャアギャアウルッセエんだよ!! ッたくこのオレがせっかくキブンよく寝てたってのよォ......‼ テメェ等らと来たらクソほどしょうもねぇことこと騒ぐ......!!!」
と声が部屋に響き渡った。コクシは、その粗暴で荒々しい声の持ち主を探さんと視線を漂わせるが
――
「俺とティール以外いなくね......?」
それは、ティールが発した声ではない。
それは、コクシが発した声ではない。
それは、ティールとコクシ以外の第三者が発した声ではない。
それは――――――
「なにかと思って『出てきた』ってやったら、嫌われたがりの糞女と身元不明のバカ餓鬼ときたもんだ......ふざけやがって」
そう、それは人ではなく、ティールの肩辺りから這い出てきた、おおよそ生物とは言い難い口だけの『黒い靄』が喋っていたのだった。