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Ep.1『異世界の洗礼』

「あー、つまりこれはアレか。完全に理解した」


そんな理解の意をしめす言葉とは裏腹に、その言葉を放った少年は、現在の状況を何一つ理解することができなかった。


これといって特筆するべき特徴がある少年ではない。高くもなく低くもない身長、体格は普段から運動をしてるのかは若干筋肉質、どこにでも売ってる安物の服を着ている。

強いて特徴をあげるとするなら、頬に傷があることぐらいであろう

その少年の顔はというと、目の隈が若干濃く、くたびれた顔をしてるのも相まってあまり健康的ではない印象を持たせる。


凡庸。その言葉は、端的にその少年を表すのに最もふさわしい。

そんな彼は、この世の全てに諦めたかのような悲壮感漂う表情を顔面に張り付け、ぼそりとつぶやく。


「――俺は異世界に来たってことかよ……クソったれが」


と、おおよそ日本に存在するとは思えない鬱蒼とした森林のなかで、後ろの甲高く奇怪な悲鳴をあげる花を尻目に、目の前の、牙が異常に発達したウサギ畜生どもが、火球を放つ紫色の大熊を喰い荒らす光景を真正面から見据え、少年はそう納得したのだった。


コクシは平成初期、

陰鬱な1990年代に生を受けた。


彼の凄惨な人生を一から語ろうものなら、それこそ彼の生きた16年と同じだけの時間がかかる。

それらの一切を省き、コクシという人物を簡単に説明するならば、

『義務教育はあんまり受けてないが高校には通っている親のいない貧乏学生』

といったところである。

そんな彼の現在陥っている状況は、

『バイトから帰ったら異世界に転移していた。目の前でウサギが熊を喰い散らかしていた』


「なんでこんなことになったんだよ。俺ェなんかした?」


トラックに撥ねられた覚えもなければ、神様の手違いで死んだわけでもない。異世界に転移したとしても、少なくともアレは俺の知ってる剣と魔法のファンタジー異世界ではない。どっちかというとB級ホラー映画だ。ただ、あの熊は火球を口から放っていたし、魔法はたぶん存在するんだろう。

今のところ、自身の隠されし魔法の才能的が覚醒する様子は一切ない。


コクシはそんな益体のない思考、即ち現実逃避を続けながら草木の生い茂る道なき道を進み、色々と使えそうな物をひろっていた。

体感4時間前、先程の変哲を極めたかのような光景から慌てて逃げ出し、ひとまず、人がいそうなところを探そうと、あてもなく一面クソ緑の謎森林の中を彷徨っていたのだが――


「四時間森の中探索した収穫は、変な植物と光ってる鉱石に、あんま旨くねぇ草っと......はははは」


泣きたくなってきた。

さらに、先刻から町や村っぽい建造物はおろか、人のいた痕跡すら発見できていない。

さらにさらに、さっきから、『あんな怪生物がいるところの近くに人は住まないんじゃないか』なんてことを考えている。

さらにさらにさらに、今、自分の眼球には、赤く染まった美しい夕焼けの空が映っている。つまり、あと数時間もすれば夜となり、危険度が数倍に跳ね上がるということだ。


どうあがいても、絶望。


「最悪、夜になったら野宿すりゃ何とかなるか……いやでもあんな化け物うろついてるところだったら、下手に動き回るより危険だよなぁ」


可及的速やかに人里でも見つけなければ、怪生物たちの晩御飯コースにまっしぐら。異世界で訳も分からぬまま捕食死(全身を喰い荒らされる)ってのは御免こうむりたい。


そのためにも、とっとと見つけなければ――

そう、焦燥感に駆られ、コクシは辺りの探索を急ぐのだった









二時間後。おおよそ、もとの世界でいうところの六時。










「ぬわあああああああ!見渡しても探しても走り回ってもなんッにもねぇじゃねえか! ふざけてんのか! 四時間と二時間。足して六時間。そんでもってめぼしい収穫はゼロってか! ギャハハハハハ! 何笑ってんだてめぇ。その口縫い合わせるぞこの猿ゥ! なんや猿ゥ! 黙れや猿ゥ! 」


そこには、六時間にもおよぶ探索の結果、空腹と脱水と極度のストレスによって頭のネジが外れてしまい、狂乱した様子で森にいる怪生物を挑発しつ爆走するするコクシの姿があった。


要約すると頭がおかしくなった。


もはやそこに人としての尊厳はあるまい。


もーどうでもいいや。俺はここで寂しく死ぬんだ。あぁ、そういえば俺デートとかしたことなかったな。異世界で必死こいて生き抜く? 馬鹿言っちゃいけない。今日生きれるかも怪しいのに......うほーい人生終了宣言だーい。


思考が千々にちぎれ、いよいよ己の内なる狂気に自我が搦めとられそうになる瞬間、コクシの濁った瞳の視界の端に――――『光』を捉える。


一見すると茂美に隠れて見えない位置にあるはずの光は、なぜだが、コクシの目には鮮明に映った。

そこに在ったのは、篝火や焚火の発する光の類ではなく、ましてや人工的な照明ですらなかった。

赤い、光球だ。手を伸ばせば掴めそうな、実体のある。

その光球の発する光は、視る者全てを魅了する、抗い難い誘惑を放っていた。

事実、コクシをそれを見た瞬間、それに視線が釘付けになる。



何処からどう見ても、異常性の極みだ。

ここまでわかり易く『私は危険ですよ』と自己主張されているものも珍しい。

故にコクシは、その危険性、異常性を察し――――


「な~んか面白そうなんがある~~!」


一瞬も躊躇することなく、その赤い光球の正体を確かめるべく、あっさりそれを掴んだ。


コクシが正常な状態ならば、それに対する様々な疑問を感じ、無視して進むだろう。

が、脳みその機能が大幅に低下しまったコクシには、そんな正常な判断を下すことなど出来なかった。

しかし、その赤い光球は、だんだんと視る者の意識を引き込む、摩訶不思議な引力を放っていた。


――故に、この結果は必然だったのだろう。


コクシがその光球に触れた瞬間、突如として光がコクシに絡みつき、いとも容易く全身を切り裂かれていた。







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