目覚め
「あー!もう!クソッタレ!なんでリビルソルジャーが来ねえんだよ!」
もうびっくりしちゃうくらいの量の吐瀉物が堆積し、剥がれかけたアスファルトに化粧のように張り付いた裏通り。
俺は上司であるサイモト・ハザキの昼休憩中のルーチンを眺めていた。彼の持つスマホの画面には、強盗を颯爽と捕縛するバッタの能力を持つヒーロー、グラスジャンパーがポーズを決めていた。
ヒーロー賭博。この街、メイフルヤを含めたありとあらゆる都市で中継される事件を、どのヒーローがどのように解決するかというとてつもなくくだらない賭博だ。
「ま、まあ賭博ってのは胴元が儲かるようにできてますからね……飯、買いに行きましょうよ」
「チッ……クソッタレ、明日の昼休みこそ見てろよ……ジーニアスヘブンが俺を金持ちにしてくれる。今日は非番だが明日はきっと出てくるからな」
まるで事件が起こるのを期待するような口ぶり。だがそれほど珍しいことではない。ヒーローがいるこの時代では事件や事故、そして個人間の紛争でさえエンタメとして消化される。
「今日は一番安いノリ弁当だな……」
「いつもそうじゃないですか。たまにはギャンブルなしに豪華な飯食いません?」
「馬鹿、お前そんなしけた飯食えるかってんだ。男は勝負してナンボよ。お前もそんな受け身な考えじゃ出世できないぞ?俺の若い頃は……」
これも昼休みのルーチン。若い頃の手柄自慢だ。競合他社から大口の契約を取り付けた話。聞き飽きたが、これを聞くと午後のサイモトの機嫌が良くなるので仕方なく拝聴してやる。
会社に戻り、弁当を食い、仕事を片付けた頃には日付が変わりそうになっている。これもいつも通り。
地下鉄に乗り、人もまばらな車内で適当な座席に座る。
聞き慣れた走行音、レールと車輪の擦れる音、そしてアナウンス──しかし、そのアナウンスだけは、いつもとは違うものであった。
「……ザザッ…… お客様、お客サマサマサマサマサマ……!?ザザッ……次の駅、ハァ…!?地獄!?地獄!!終着駅となりマァす!!?ザザッ……ネエ!?絶望デス?ネエ!?」
ノイズの混じった、不快なキンキン声のアナウンス。まばらな乗客がざわつき出す。やがて車内が大きく揺れだし、レールから悲鳴のような摩擦音が響く。つり革がきしみ、乗客も悲鳴を上げる。
──逃げなくては。だが、どうやって?──
ヒーローが助けてくれるなら良い。だが常にそうなるかと言われるとそんなこともない。何ヶ月に一回かはこんな突発的で無計画なテロリズムによって人が死に、翌日のニュースを賑わせる。
「ザザッ……アッハハハハハハハハハハハハ!!!最高デス!?ネェ!?皆さん!?どうです!?スリリングな死出の旅路ィ!!?申し遅れました!!?ワタクシィ!?結社マージナル、三幹部の一角ゥ!?ヘルコンダクタァ!?と申しますゥ!?良い死ヲぉ!皆さんに!?お導きします!?」
ギイイイイ、と摩擦音が大きくなる。悲鳴も、混乱も。




