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8.四月三十日 午前八時三十分

【四月三十日 午前八時三十分】

 ゴールデンウイーク前の登校最終日に、一人の生徒が欠席した。

 川村だった。宮原苑華の死に関わったと目される、女子生徒の一人。

「川村さん、ヤバい手紙を受け取ったらしいよ」

「……『自白しろ。さもなければ、罪をバラす』……だって」

「呪いだよ。宮原さんを屋上まで引っ立てたのが山根さんで、最初に手を上げたのが川村さんって噂、本当かも……」

 担任の教師は病欠だと説明したが、誰も信じていない。猛威もういを振るう『宮原苑華の呪い』の行方ゆくえを皆が息を殺して見守っていて、次の犠牲者候補に同情と好奇の目を向けていた。浅野春斗あさのはると土気色つちけいろの顔で着席していて、女子グループの生き残りであり次の生贄いけにえ候補の筆頭となった石塚も、登校できたことが不思議なほどに顔面蒼白で震えている。

「あれ、ケイちゃんがいないよ」

 溝畑桂衣の友人が心配そうに言ったのは、三時間目が始まる直前だった。

 クラスの誰もが桂衣の行き先を知らなくても、寧だけは心当たりがある。以前の寧ならこんな行動は取らないのに、今の寧は席を立つことを躊躇ためらわない。チャイムを無視して教室を出ると、曇り空の下に飛び出した。

 そして、腕時計の針が十二時を指す直前に、ダム建設予定地に辿り着き――〝特異点〟に立つセーラー服の後ろ姿を見つけていた。

「桂衣!」

 駆けつけた寧は、驚いて振り向く桂衣を突き飛ばした。舗道でもつれ合うように転ぶ二人の背後に、桂衣の通学鞄が落下する。間一髪、煉瓦タイルに陽炎かげろうが生まれ、ここで二人が出会った時の再現のように、通学鞄が消え始めた。

「放して! 〝過去〟に行かせてよ!」

 悲痛に叫んで抵抗する桂衣を、寧は懸命に押さえつける。その時、チリッと静電気が弾けるような音がして、通学鞄が一拍遅れで掻き消えた。

 座り込んだ寧の腕の中で、桂衣が泣きじゃくっていた。言葉を掛けあぐねた寧は、やがて顔を上げて、慄然りつぜんとする。

 ――さっき〝過去〟へ送られたはずの通学鞄が、寧たちの隣に戻っていた。

「この行き先は……〝過去〟じゃない。数分後の〝未来〟に転送されたんだ」

 行き先が〝過去〟の場合は、寧たちには『〝特異点〟に落ちた通学鞄を見た記憶』が発生するはずだ。それがないということは、行き先の予想を誤ったとしか思えない。

「どうして? データでは、今回は〝過去〟のはずなのに……」

 桂衣も、目に涙を溜めて茫然としている。考え込んだ寧は、推論を口にした。

「〝特異点〟の『風向き』は、小さなきっかけで変わるのかもしれない……パソコンのデータ送信中のエラーみたいに、転送中に静寂を乱したことが、行き先に影響を及ぼした可能性がある。正しいかどうかは、分からないけど……」

 ともあれ、ほっとした。寧は一度〝過去〟に行っているとはいえ、研究が不完全な〝特異点〟を、桂衣が使わなくてよかったと思う。

「どうして、世界で一番好きな人を、私から取り上げるんだろう」

 小さな声が、聞こえた。寧は桂衣を支えたまま、静かに耳を傾ける。

「苑華ちゃんは、真っ直ぐな髪が綺麗で、大人しい性格だから目立たないけど美人で、私の他には友達が少なかった。押しに弱くて、要領もいいほうじゃないから、陰口を叩かれることもあったけど、苑華ちゃんはいつでも控えめに笑ってて、みんなに平等に優しかった。私は、苑華ちゃんのことが好き」

 寧は、想像する。宮原苑華が生きていたら、寧と桂衣の関係は、他人同士のまま動かなかった。それでも、もし奇跡が起きたなら、三人で話す未来もあり得ただろうか。

「俺も……宮原さんと、もっと話してみたかった」

 桂衣が、寧を見た。顔を激しく歪めて、大粒の涙を零す。学ランの肩に回された両腕を、寧は受け入れた。

 雨が降り始めた桜の下の〝特異点〟に、唇を重ねた二人の影が落ちた。

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