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5.四月二十四日 午前零時

【四月二十四日 午前零時】

〝特異点〟には、時の流れに『風向き』があるらしい。舗道に消しゴムを置いた数日前に、寧が同じ物を見かけたので、この場所は〝過去〟にも通じていることが判明した。

「苑華ちゃんに、少しでも近づけたかな」

 時をつかさどる風は、いつ吹いて、時をどの程度()けるのか。放課後や休日に実験を進める桂衣の声は、宮原苑華を想うときは甘く、彼女を死なせた者には容赦がなかった。

「山根の入院、長引くみたい。川村と石塚も『呪い』に怯えてるよ」

 過去、未来、過去、未来。好き、嫌い、好き、嫌い。花占いのように交互に吹く風に規則性が見えた頃、満天の星空の下、桂衣は密やかに言った。

「過去に戻れるか、実験しよう」

 日中のデータを集め尽くした寧たちは、深夜の実験に踏み切った。友達の家に泊まるという二人の嘘が田舎じゅうにバレる前に、宮原苑華を救わなくてはならない。

「どうやって?」

「これを使うの」

 悪戯っぽく笑った桂衣が、バッグから水色の便箋びんせんを取り出した。寧の中で、桂衣宛に書かれた手紙の謎が氷解ひょうかいする。

「寧くん、書いて」

 便箋を受け取った寧は、苦笑した。二月の事件から張り詰めていた精神が、ほんの少しだけ緩んだ気がした。

「成功するかな」

「するよ。もう決まってる」

 ツツジの煉瓦塀で手紙を書く寧の手元を、桂衣が懐中電灯で照らした。

「私たちは、ここで会えたんだから」

 小さな声が、夜闇を甘く震わせた。寧たちは他人同士で、復讐を望む者と止める者だったはずなのに、宮原苑華の生前には存在しなかった絆が生まれている。

「書けた? 封筒に入れるから貸して」

 手紙を回収した桂衣は、寧に背中を向けた。そのまま歩き、桜の枝葉の真下に立つ。

「もうすぐ零時だね。予想では、次の転送先は〝過去〟のはず」

「桂衣、まさか……手紙だけじゃなくて、自分も一緒に〝過去〟に?」

「私たちが出会って、苑華ちゃんを救うためだよ」

「危険だ。まだ人間では試してないし、仮に〝過去〟に跳んだ桂衣が、元々の時間軸の〝現在〟に戻ろうとしても、狙い通りの〝未来〟に帰れるとは限らないだろ?」

「でも、大体の周期は割り出せたよね? 過去の例と照らし合わせたら、今夜の午前零時に〝過去〟に跳んで、午前六時に〝未来〟に跳べば、寧くんのいる〝現在〟に戻れる。こんな好条件が揃う日は滅多にないし、私は今夜を逃したくないの」

「確かにそうだけど、そのデータは正確じゃない。それに、仮に〝過去〟に跳んだとして、〝現在〟から持ち込んだ手紙を、どうやって〝過去〟の桂衣に届けるんだ?」

「苑華ちゃんの家に投函する」

 桂衣は、当然のように断言した。寧は、作戦を理解する。

 ――〝特異点〟から最も近い家が、宮原苑華の家だ。過去に戻り、手紙を宮原家に投函し、〝特異点〟に戻る。そうすれば苑華の母が、誤配された寧の手紙を、桂衣に届けてくれるという寸法だ。

 三月に寧を呼び出した手紙も、同じ仕組みで寧が〝未来〟から〝過去〟に届けたのかもしれない。桂衣と共に宮原苑華を救うという、この〝現在〟を作るために。

「苑華ちゃんのお母さんは、手紙を勝手に読んだりしない。間違った郵便物を、私に届けてくれると思う。ううん、もう届けてくれた。苑華ちゃんが死んで、身内だけのお葬式に呼んでもらった時に。……心配しないで。必ず〝過去〟から戻るから」

「駄目だ」

 寧は、気づけば言っていた。桂衣を危険に晒したら、寧は死んだ宮原苑華に顔向けできない。そんな罪悪感にまみれた人生を想像すると、いつもの口癖を呟きかけて――強迫観念と責任感が、寧の背中を押していた。

「俺が行く」

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