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4.四月十日 正午

【四月十日 正午】

 数年後には水に沈む廃村へ、ねいが三度目に訪れた正午前。美容院跡地には、すでに桂衣けいの姿があった。

「実験を始めてるよ。まだ変化はなし」

 ツツジの煉瓦塀に座った桂衣の視線は、少し離れた桜の木陰に落ちていた。三月には死体があり、先日には通学鞄が落ちた地点に、現在はクマのぬいぐるみが鎮座している。

「午前八時から今まで、変化なし。有力候補は、こないだの正午。あと三分」

 桂衣は、腕時計を確認した。隣には筆記用具の他に小説も用意している。長丁場ながちょうばになる実験の時間潰しだろう。

「あ、消えた!」

 桂衣が叫び、寧も確かに見た。

 ――クマのぬいぐるみが、何の前触れもなく、舗道から忽然と消えたのだ。

「寧くん、ここで死体を見た時に、ぬいぐるみは見なかった?」

「見てない。つまり、ぬいぐるみの行き先は……」

「〝未来〟だよね」

 打てば響くように答えた桂衣が、笑った。

 ――この場所は、時の流れが通常とは異なっている。

 それが、この現象を何度も見届けた寧と桂衣の共通見解だ。消えた通学鞄は、数分後の未来に転送された。あの死体も、別の時間軸にさらわれたのだと考えれば筋が通る。死体と手紙の一件を桂衣に打ち明けた寧は、休日の朝に桂衣と現地集合で落ち合った。この特殊な場所の露見を危惧したからだが、狭い社会で妙な噂が立つのも面倒だからだ。

「あのさ、なんで名前呼び?」

浅野あさのみたいに、寧って呼んでみたかったの。私のことも桂衣でいいよ」

 桂衣が笑うと、一輪の花が咲いたように廃村の空気が明るくなる。青葉が萌える桜の下で、手を伸ばした桂衣は、煉瓦塀に置いていた小説の表紙を撫でた。

「この場所の名前、〝特異点とくいてん〟にしない?」

「別にいいけど、意味は?」

「数学とか物理用語なんだって。レギュレーション……ある特定の基準を、適用できない点のこと。創作では、作中の世界や常識の枠から逸脱した場所や存在を指すみたい。苑華そのかちゃんが読んでた本に書いてた」

 桂衣は、微笑みを歪めた。

「私は時間をさかのぼりたい。もっと実験して、未来じゃなくて過去に戻って、苑華ちゃんを助けて……復讐するんだ。苑華ちゃんを死なせた奴ら、三人に。そのうちの一人には、苑華ちゃんと同じ目に遭ってもらわないと気が済まない」

 復讐――三人に。山根、川村、石塚という女子グループと、もう一人。元学級委員の少年であり、軽薄な笑みの級友の顔が、脳裏にちらつく。

 寧が〝特異点〟で見た死体が、〝未来〟から運ばれてきたのだとしたら――その死体になりうる『殺人者』を、桂衣は教室で牽制けんせいしている。

「復讐は……駄目だ」

 寧も桂衣の隣に座り、見つめ合った。ひょんなことから廃村で待ち合わせたクラスメイトを、寧は人殺しにしたくない。

「〝特異点〟を復讐に使うなら、俺は、溝畑みぞはたさんに……桂衣に、協力しない」

 一陣の風が吹き、桜の青葉の連なりが、爽やかな葉音を立てていく。やがて桂衣は、ふっと笑った。挑戦的な光が、瞳に宿る。

「寧くん、約束しよっか。苑華ちゃんの死を止められたら、私は復讐をやめる。でも、死が覆らない時は……分かるよね?」

 寧は、唇を噛んだ。たった今、寧の日常を人質に取られたのだ。脅迫を無視して、桂衣に〝特異点〟の悪用を許したら、知らぬ間に過去を改竄された毎日に、自覚なく順応する未来が待っている。誰にも知られていない口癖が、喉元にまで込み上げた。

 何としても、宮原苑華みやはらそのかの死を止めなくてはならない。寧も、そう決意した。

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