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案の定というか、三島の思惑通りというか。
この件はとんでもない大騒ぎになった。
当たり前だ。なにせこの学校で一、二を争う、成績優秀で品行方正な優等生同士の刃傷沙汰だ。話題にならない方がどうかしている。
あっという間に双方の親へ連絡が飛び、教師との面談が何度も用意され、クラスメイトたちは四六時中ざわついた。視線がいくつも突き刺さり、ささやきが教室を満たして、平穏とは程遠い日ばかりが続いていった。
(……疲れた……)
どさ、と教室の椅子に腰を落とす。
昼休み、俺は何度目になるかわからない面談を追えて、戻ってきたばかりだった。
ちらと三島の席を見やる。彼も呼び出されているらしく、空席にはぽつんと食べる前の弁当が置かれているだけだった。
ため息混じりに目元を揉む。繰り返される面談は終わる気配がなかった。
無理からぬことだ。俺も、そしておそらく三島も、面談では本当のことなど一言も話していない。なにがあったと聞かれても、答えられませんと言うしかできない。
三島のことを思えば本当のことなど話せなかった。都合のいい作り話をする気にもなれない。結局こうして、面談の数ばかりが増えていく。
(あー……食欲ねえな……)
ごそ、と弁当箱を取り出した。三島の作ったものだ。
信じがたいことに、あんなことがあったのに、三島はまだ俺のうちにいる。
両家のあいだで、どういう交渉があったのかはわからない。ただ、一週間後の週末、双方の親を交えた『話し合い』があるまでは、状況を大きく動かす予定はないらしい。
ただ、俺と三島が家の中で顔を合わせることはなくなった。
食事の時間から風呂の時間まで厳密にずらして管理され、そこが両家におけるぎりぎりの落とし所らしい。俺は飼育室として使っていた空き部屋に客用布団を持ち込んで、毎晩そこで眠っている。
最初は三島がそっちで寝ると言ったのだが、殺すために育てた蝶のいた部屋に彼を寝かせることに、どうしても抵抗があったのだ。結果、俺が部屋を追い出される形になっている。
もそもそと弁当を広げて、味のムラがひどいおかずを口に運んだ。
弁当はいつも、ダイニングのテーブルにぽつんと放置されたものを持ってきている。味があまりわからない。俺も三島の仲間入りかもしれない。ため息を押し殺した。
うちに三島が泊まっていることは、クラス中が知っている。その上であの事件だ。
気が付けば、三島が最近怪我ばかりしているのは、すべて俺のせいということになっていた。
ひそひそと囁かれる噂話は、半ば以上間違ってはいない。だから特に否定も肯定もしないでいる。なにもかも、自分の行いが招いたことだ。
遠巻きな視線を感じながら、背を丸めて一人で食事を口に詰め込む。ただ栄養を摂取するだけのそれ。
三島も、かつてはこういう気分だったのだろうか。単調な食事はあまりにも虚しくて、無意味で、無駄な行為に思えた。
苦い気持ちで、むやみやたらと砂糖の多い煮物を食べる。ふと、目の前がかげるのを感じた。教室がかすかにざわめく。ぎくりとした。一瞬だけ覚悟をして、顔を上げた。
「よお」
「あ……」
三島かと思った人影は、友人のひとりだった。いつも調子に乗ってばかりの友人は、けれど今日は苦々しい顔で俺の前に立っている。
うまい言葉の思いつかない俺に、彼は無言のまま椅子についた。机を挟んで向かい合う形になり、友人はひょいと弁当箱を覗き込む。かすかに顔をしかめられた。
「それ、三島が作ってんの」
「あ……ああ」
「……なんで?」
言外に、〝あんなことがあったのに〟という前置きを匂わされる。俺はゆるゆると首を振った。
「俺にも……わからない」
「ふーん……」
ぎし、と音を立てて、彼が脚を組む。腕組みもして、怪訝そうな目が俺を見た。思わず視線を逸らす。はーっ、と困ったようなため息が聞こえてきた。
久々の俺の〝動向〟に、教室中の注目が、うっすらと、でも確実に集まっているのを感じる。居心地の悪さに耐えた。最後のトマトを口に突っ込む。ぱたんと弁当箱を閉じた。
ごそごそと包みを片付けていると、友人があのさあ、と小さく言った。
「おまえ、大丈夫」
「大丈夫って、なにが」
「何もなにも。この状況がに決まってんだろ」
重苦しい口調で言われて、思わず息が詰まる。俺はかすかに視線を逃して、苦い気持ちでつぶやいた。
「……俺より、三島の方が」
たちまち、はあーっ、と再びため息が落とされる。そろそろと顔を上げた。友人はこめかみに指を当てて、難しい顔で唸っている。
「そこで三島の名前が出るんだもんなあ。なんなの、おまえら」
そんなの、うまく答えられない。俺だって知りたいくらいだ。友人がぐりぐりとこめかみを押して、顔をしかめた。
「気付いたら一緒に暮らしてて、手作り弁当一緒に食ってて、いきなり刃物で怪我させて、こんだけ大騒ぎになって、でもまだ弁当は三島が作ってて……どういうことよ」
「それは……」
ためらいが、どうしても口を重くする。なにを話すこともできない。逃げるように指を絡め合わせた。友人が、さっと左右に視線を走らせる。たちまち逃げていく教室の視線たち。
「話してくんねえの。友達だろ」
「……」
友達。そうだ、こいつは俺の友達だ。でも、三島は違う。そうじゃない。
最初から今までずっと、三島は俺の友達なんかじゃなかった。だったらいったい彼は、俺にとってのなんなのか。
もうなにもわからなくて、掠れる息を長く吐いた。友人が「大丈夫かよ」と目の前で手を振る。ああ、と低く答えた。
「いや、全然大丈夫そうに見えねーんですけど」
「そうかもな」
だってもうずっと、俺は大丈夫なんかじゃない。まだ平気だと、大丈夫だと、長いあいだ言い聞かせてきた。虫なんて誰でも殺すと、まだ猫は殺していないからと、ずっと欺瞞で自分を騙してきた。
でも、俺の前には三島が現れた。引きちぎった青いピアスを、俺はいまだに捨てることができないでいる。その理由がわからない。友達でもないのに。
ちっ、と舌打ちの音が聞こえた。机の上で所在なく絡めた指同士、その手首をいきなり掴まれる。驚いて見上げれば、思い切り眉をしかめた友人の姿があった。
「ちょっと場所、移そうや」
「いや、俺は」
「悪いけど、反論は聞かねえから」
強引に引っ張り立たされて、教室の注目が一気に集まるのを感じる。いたたまれない居心地の悪さ。「おい」と呼びかけるも、友人は気にした風もない。
「場所って、おまえ──」
「俺、おまえのこと、任されてるから」
「え?」
任されてるって、なんだ。疑問が顔に出たらしい。友人は思い切り舌打ちすると、
「斎藤とか飯田とか、あと相沢とか、あそこらへんのみんな」
覚えのある友人たちの名をずらずら挙げられて、驚く。目を丸くした俺を軽く睨むと、友人がくちびるを尖らせた。
「俺がいちばん適任だって。みんなが言うから」
「っ……」
思わず教室に目をやった。さっと逸らされるいくつもの視線の中で、よく話す友人たちと目が合った。どことなく、気遣うような視線だった。
そういうこと、と友人が言う。掴まれた手首をぐいぐい引かれて、俺は思わずたたらを踏んだ。振り返った友人が俺を見て、来い、と呼ぶ。
「三人寄れば文殊の知恵っていうだろ。おまえさ、もっと人数いるんだからな。覚えてろよ」
「いや、意味……わかんねえよ」
もうちょっと賢そうな喋り方はできなかったのか。言いたくなるのをこらえて、手を引かれるまま歩き出す。「それでいいんだよ」と声がした。
俺の手首を掴む友人の手が、おそらくは緊張で薄く汗ばんでいる。それに気付いた瞬間、よくわからない感情で胸の底がじわりとした。不安とか不快とか、そういうのとはまるで違う、温度のある感情だった。
されるがままに先導に従う。俺と友人はありったけの注目を浴びながら、ざわつく教室を連れ立って出ていった。




