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【完結・BL】転校生に学年トップを奪われたから弱みを握ろうと友達のフリして近付いたらとんでもない修羅場が待っていた  作者: ルー
【後編 / 01】 メフィストフェレス

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 それから、三日間の期末考査がはじまった。

 初日と二日目、俺は話しかけてくるクラスメイトにいつもの笑顔でヤマを教え、軽口を叩きあい、この上なくひどい気分で答案を埋めた。


 こんな状況なのに、もうなにも守るべきものなど残っていないのに。いまだに〝完璧〟を維持している自分がバカらしかった。


 三島とは目も合わさなかった。テスト中に視界に入る雑に伸ばした黒髪を、見ないようにずっと目を伏せて過ごした。

 幸いにして、三島も俺を見なかった。形ばかりの、薄っぺらい平穏がそこにはあった。


 そうして、テスト最終日を迎えた。

 朝の教室、俺はいつものように友人たちの最終追い込みに付き合っていた。

 暗記項目を覚えているか、互いに出題しあう。俺は自分のくちびるが、勝手に〝適度なミス〟を口にするのを、バカみたいだと思いながら聞いていた。


 俺は友人からの問いかけに答え終わると、スマホの単語アプリを起動した。出題者交代の予感に、友人が頭を抱える。


「あーもうやだ……やっと今日で終わりだよ。ほんっとつらかった」

「ははっ、もうちょっと頑張らねえと、追試で〝終わり〟が遠のくぞ」

「やめろ宗像、俺に現実を見せるな……!」

「嫌なら頑張る。ほら、もういっぺんやるぞ」

「ううう……早く部活やりてえ……」

「ぶつくさ言うな。はい第一問」


 彼の言う通り、今日から部活動が再開する。テスト後の午後がまるまる部活に使えるから、生研部では今日はマウスの解剖をする予定だった。だが。


(……気が重い……)


 正直なところ、あの日以来、俺は自分の感情の持っていきどころがわからないままだった。

 生研部の活動なんて、まったく気が進まない。平常心で部活を行える自信がなかった。


 三島への嫌悪や憤りは、この三日でじわじわと変化を見せていた。

 憎しみがあることは変わらない。あのとき三島を選ばなければ、母とひと目会えていた。それは事実だ。


 でも、あの日仮に、三島を選ばなかったとしても。俺の行為が撮られていた以上、破綻なんてすぐ目の前に見えていたのだ。

 母を奪われたことと三島は関係ない。三島が関係しているのはただ一点、終わり方がどうだったか、それだけだ。


(本当に恨むべきは、……俺自身なのに)


 それでも、憎しみも憤りも、まるで消えてくれない。

 当たり前だった。狂人と罵られ、今後の監視を宣言され、誰より大切な母を奪われて。それで合理的かつ冷静でいられるほど、俺は大人なんかじゃない。


 俺はただの未成年だ。世の中を泳いで渡る力のない人間だ。

 十七歳の半年前、選挙権もない年齢。たった一人の大切な人を、守ることもできない未熟な子供だ。


 それなのに、母はあちら側ばかり見て、まだ子供の俺を守ってはくれなかった。残してくれた言葉さえ、今となっては意味を失っている。

それでも傍にいられれば良かったのに、母は父の手によって、どことも知れぬ場所へ連れ去られてしまった。もう、俺を守るものはなにもない。


 それもこれも全部三島のせいだ、という感情が、むらむらと勝手に湧いて出る。

 三島のせいじゃない、三島が加担しているのはごく一部の要素でしかない、言い聞かせても感情は身勝手に俺の内側を荒らしていく。ため息を押し殺した。


 酷い心の中を完璧に隠したまま、単語アプリを操作する。同じ場所ばかりで躓く友人に助言をして笑い合っていると、がらっ、と教室のドアが開く音がした。


 しいん、と急に教室が静かになった。


(なんだ――?)


 俺はスマホから顔を上げ、扉の方を見る。

 開かれた場所から、痩せた男子がひとり、教室の中に一歩入ってきた。


 三島だった。

 その頬には、大きなガーゼが貼り付けてある。ガーゼの隙間から覗く頬は赤黒く腫れ上がっていて、口の端が切れて血が滲んでいた。

 淡々とした無表情な顔が、怪我のせいで左右非対称に歪んでいる。目の周りもどことなく腫れぼったい。


 明らかに――誰かに殴られたとしか思えない姿だった。


(み、三島……?)


 どよめく周囲を気にもせず、三島は淡々と席についた。

 鞄を机のサイドにかけて、ごそごそと中身を取り出している。最低限の筆記具だけ取り出して、彼は教科書も参考書も出すことなく鞄を閉じた。


 俺はただ、呆然と三島を見るしかできなかった。

 友人も、言葉を失ってぽかんと彼を見つめている。


 三島を中心に、ひそひそと、さざめくような声が広がっていった。

 気遣いと心配と好奇心が複雑に入り混じったそれを、三島はまったく気にした様子がない。


 奇妙なざわめきで満ちた教室の中、三島は俺をちらりと振り返って――くす、と笑った。


 三日ぶりに、三島の姿をちゃんと見た。

 昨日まではそんなことなかったのに、サイドの髪がヘアピンで留めてある。そしてあらわになった耳元には、学校には絶対につけてこなかった、青いピアスが光っていた。

 透明な海の底みたいな、深くてきれいな青色の。


「っ――!」


 ぞくっ、とした。

 安全だと思っていた教室内で、入ってはいけない心の奥に、一瞬で踏み込まれる気配。

 腹の底、臓物の中身を直接、やわらかく撫でられるような感覚。


 呆然と三島を見つめた。

 うまい言葉なんて一つも思い浮かばない。バカみたいに見つめることしかできなかった。

 絡むように視線が交わり、三島が淡い笑みを浮かべる。

 切れてしまった口元が、ゆっくりと動いて、言葉の形を取る。


『またあとでな』


 音にならない声、口の動きだけでそうささやくと、三島はとてもかすかに、笑った。

 海の底の色が、耳元でちかりと光っていた。



 

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