表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【完結・BL】転校生に学年トップを奪われたから弱みを握ろうと友達のフリして近付いたらとんでもない修羅場が待っていた  作者: Ru
【後編 / 01】 メフィストフェレス

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

75/105

74

 父にメールを入れて、三島を泊めることを短く告げた。

 数分もしないうちに、今夜は帰れないから父のぶんの夕食を振る舞うように、と返ってきた。


 突っ立ったままの三島の横を通り過ぎ、ため息交じりにカーテンを閉めた。一気に部屋が夜になった。

 手探りで電気をつけて、ようやく明るくなった部屋の、ダイニングに三島を座らせる。


「もうすぐ、夕飯届くから」

「うん」


 静かな頷き。三島はまだ、髪を耳にかけたままだった。透明な色がちらちらと目の端で存在を主張して、俺はぞわつく自身を持て余す。


 とりあえずと対面に座って、三島を見ないためだけにテレビを付けた。

 夕方のニュースは淡々と今日の出来事を告げている。なんでも、今年の空梅雨っぷりは観測史上初らしい。農作物の生育が心配です、とキャスターが深刻そうに話していた。


 おおむね悲劇ばかりを伝えるニュースを、肘をついて眺める。三島の方は見ない。

 だが、三島のほうは俺をじっと見ているのがわかった。静かな視線が、頬のあたりを撫でていく。

 観察されているような、もっと別の何かが向けられているような、よくわからないちりちりした皮膚感覚。ぞわぞわと落ち着かない。


 ああ駄目になっている、と実感した。

 俺の中で眠っている〝現象〟が、餌をしきりにちらつかされて、ともすれば動き出しそうになる気配。

 目の前の男から放たれる、得体の知れない静かな視線。目を背けてそれに耐える。


 母さんの笑顔をすり切れるほど思い浮かべて、頬杖をついた手を震わせて、俺はひたすら三島を無視した。デリが届くまでの三十分が、異様に長く感じられた。


 ようやくチャイムが鳴ったとき、俺は心底ほっとした。

 顔なじみの配達員から食事を受け取って、簡単な挨拶のあとダイニングに戻る。足取りが重くなるのを避けられなかった。


「……飯、来たけど」

「へえ。宅配なんだ。言ってくれたら作ったのに」

「うちの冷蔵庫、なんもねえよ」

「じゃあ無理か」


 まるでいつも通りみたいなやりとり、だけどその視線ばかりが、いつもとまるで違っている。

 俺は沈痛な面持ちで三島の視線から逃げてばかりいたし、三島は逆になにか問いかけるような眼差しで、ずっと俺を目で追っていた。


 届いたばかりのデリを広げて、対面に座って一緒に食べた。あんなにひどい顔で、帰りたくない、と泣き言をこぼしていたはずの三島は、驚くほど淡々とした様子で箸を口に運んでいた。


 ちら、と見上げた視線に気付いたのか、三島がそっと俺を見る。さっと逸らした俺に、三島はごく小さく笑った。

 こんな状況でなんで笑えるんだ、と思うのに、それを問うことはできなかった。俺の中で動き出したなにかが、正体のわからない良くない予感が、俺の口をひたすら重くさせた。


 交代で風呂に入って、夜が深くなったころ。

 三島にベッドを使わせて、俺は隣に敷いた客用布団の上に横になった。断りもなく電気を消す。三島はなにも言わなかった。


 見慣れない角度の天井を見上げて、目を閉じずに長い間ぼうっとしていた。呼吸や身じろぎの気配から、たぶん三島も、そうしていた。


 いつもと違う様子の三島を、正直警戒していた。でも意外にも、彼はなにもしてこなかった。ベッドの上の気配は、動くことなくじっとしている。


(……よかった)

 こみあげる安堵に嫌気が差す。

 なにひとつ良くなどないのに、そう思う自分が嫌だった。


 でも、もし今、三島がなにか仕掛けてきたら。

 こんな状態で、現象に耐えられる自信がまるでなかった。どんな酷いことをしてしまうか、自分で自分がわからなかったのだ。


 知識なんてもう何の意味もない。母はいなくなってしまった。

 俺の傍にはもう誰もいない。なにも俺を守ってはくれない。

 ぎりぎりの縁で、母のためだけに耐え続けてきたのに、なにもかもは壊されてしまった。


(母さん……)


 失ったものを実感して、じわりと涙じみたものがこみ上げる。腕で目を覆って、苦しい息をそっと吐き出す。

 その夜はいつまでも眠れなかった。たぶん三島も、そうだった。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ