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その、次の日だ。
俺は大量の女子でごった返す雑貨屋で、突き刺さるような視線を大量に浴びていた。
そりゃそうだろう。彼女連れやグループならまだしも、男一人でこんなきらびやかな店に入るなんて、滅多にない。
(別に俺、ジェンダーレス男子ってガラでもないしな……)
むしろその逆と良く言われる。まあ、他人の目なんて気にしても仕方ない。俺は堂々と店内を見て回り、この前三島が見ていたキッチンツールを探した。
確か入り口からほど近いところにあったような、と思うのだが見つからない。
どうやらあのコーナーは新商品やピックアップ商品が並んでいたらしく、今は別のラインナップに入れ替わってしまっていた。
しょうがなく、奥のレジまで行ってスタッフを捕まえる。ざっくりした商品の特徴を伝えると、すぐに案内してくれた。
流線型のトングと、おたまのセット。
手にとって、なんとなく複雑な気分になった。
(これを使って、三島は自分の食事を作るのか)
じゃあ、家族のぶんはどうなんだろう。三島は家で、どんな暮らしをしているんだろうか。
俺は三島の事情を知らない、家庭のこともわからない。
流線型のキッチンツールを見下ろして、考えた。なんで俺は、こんなことをしてるんだろう。
もうじき、三島の誕生日だ。六月三十日、夏越の祓。無病息災を祈願して、罪や過ちを祓い清める日。
三島の痩せた腕が思い浮かんだ。それから病院で見た、ファイルを隠すような仕草も。
(……あいつ、大丈夫なんだろうか)
どう見ても、三島は大事にされていない。身の回りのことを全部一人でやって、予備校にも行かせてもらえずに、それでもU大を目指している。きっとろくなものを食べていないのだろう。
そんな三島に、調理のための道具を贈るのはためらわれた。
でもあのとき、三島はこれを便利そうだと言った。これを使うことで、調理の負担が少しでも減るのなら、それはなにかの意味になるのだろうか。
俺は考えて、ずいぶん悩んで、自分がずっと店中の視線を集めていることも気にせずに、バカみたいに突っ立っていた。
あたりから、ふわりと花みたいな匂いが漂ってくる。さっきアロマのコーナーを通り過ぎたから、それだろう。女子はそういうのが好きらしいから。
まったくもって場違いな場所、こんなところにわざわざ一人でやってきて、俺はなにをしてるんだろう。わからなかった。
昨日見た、三島の瞳が蘇る。
『俺も、そう思う』
たったひとこと、特別な単語でもなんでもない、ただの相槌だったのに。
どうしてあの言葉に、俺はあんなに、心が動いたのだろう。
三島はだめだ。他の誰でもいい。あいつにだけは関わるな。本能が、痛いくらいに警告する。
三島はもう俺を敵視しない、それどころか味方にさえなってくれる。
俺があいつを籠絡する意味なんて、ひとつも残っていない。
それなのに俺はひとり、こんなところにやってきて、らしくもないプレゼント選びなんかやっている。バカみたいだ。
(いいや……考えるの、疲れた)
俺の人生には、色々なことがありすぎる。
もうなにも考えたくなかった。後先なんてなにもかも放り出して、あの頃の思い出だけ抱えて、格子で囲まれた病室で、母と二人で暮らしたい。
でも、その母はもう、かつての思い出を持ってはいないのだ。
「……」
これ以上考えると余計苦しくなる。
俺はかすかに首を振ると、トングとおたまを手に踵を返した。
三島はきっと驚くだろう。あいつのことだ、絶対に礼を申し出るに違いない。そんなもの別に欲しくはなかった。
混み合ったレジに並んで、ごまかしの言葉をあれこれ考えて、俺のときに返せばいい、というのを思いつく。
俺の誕生日なら年末の、冬休みだ。忘れられても、返ってこなくても当たり前のシーズン。これならまあ、いいだろう。
表面上は愛想よく金を払ってラッピングを頼んで、俺は十二月のことを思う。
冬の真ん中、年の終わり。三島の誕生日は、一年の折返しだった。俺と半年違っていた。
半年後、俺と三島はどうなっているのだろう。
先のことなどわからない、それでも。絶対に今のままではいられない、それだけははっきりしていた。
もしかしたらその頃、俺は破滅しているかもしれない。三島の、せいで。
「お待たせいたしました。ラッピングができましたのでお受取りください」
スタッフのにこやかな声。俺は顔を上げて、ありがとうございます、と丁寧に礼を言った。ピンク色の包装を笑顔で受け取る。
かわいらしい緩衝材が詰まったラッピングはくるくるしたピンクのリボンで結ばれていて、甘ったるい、花みたいな匂いがした。
誕生日、三島は俺の思ったとおりの反応をした。
驚き、滅多に聞けない大声を上げ、目を丸くして吃りながら礼を申し出た。
俺は用意された台詞として、俺のときに、と口にして、三島はどこか緊張したような顔で頷いた。
こいつはもう、俺の弱みを握る気はない。だからこそ、今後の身の振り方を考えているのかもしれなかった。
そんな三島を簡単に励まして、俺たちは放課後、ふたりで神社に寄って茅の輪をくぐった。
無病息災、と笑いながら大きな輪をくぐったとき、急に泣きたい気分になった。
なにが無病息災だ、と思う。
三島も、俺も、そして母さんも。みんな健やかで幸せだったら、どんなにか、よかったのに。
そしたらみんな平和だったのに。悪いことなどなにも起こらなかったのに。
のろのろと輪をくぐる俺を三島が怪訝な顔で見て、せめて顔を見られないよう振る舞った。こんなのは誰にも見られたくなかった。
幸いにして、三島が俺を悟ることはなかった。
彼は予想通り茅の輪に足を引っ掛けて転びそうに鳴っていたし、プレゼントの入った鞄を後生大事に抱えていた。
まるであのタブレットを扱うみたいな手付きに、この男は愛されることに慣れていないのだとわかった。
そのとき湧き上がったなんとも言えない情の形を、俺はほとんど同時に動き出した〝現象〟を抑えるのに必死で、まるでうまく表現できなかった。
俺たちはいつものように電車に乗って、曖昧なGに揺られて、俺だけが三島を置いたまま、夕刻の駅で降りた。




