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【完結・BL】転校生に学年トップを奪われたから弱みを握ろうと友達のフリして近付いたらとんでもない修羅場が待っていた  作者: ルー
【中編 / 03】 あやまった選択

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 病室に入ると、部屋の薄暗さが目についた。

 カーテンが引かれている。どうやら今日は、陰性症状が強い日ではないようだ。

 予想通り、俺の気配を悟った母はベッドにぼんやり座ったまま、達也、と小さく俺を呼んだ。


「うん」


 答えながら、ああいやだな、と思う。母の意識がまだはっきりしていることに、がっかりしている自分が、だ。最低だった。こんな風になりたくはなかったのに。


 感情を押し殺して、俺は三島に椅子を勧める。焦ったように首を振られて、自分で椅子を使うことにした。ベッドの傍に座り込み、母の顔色を観察する。目元の様子が、前回よりずいぶんしっかりしていた。


「調子はどう」


 呼びかけに、母の瞳はゆっくりと動く。黒に近い焦げ茶の瞳が三島を捉えて、こわばった表情のまま、母は硬い声を上げた。


「その人は? あいつらの仲間じゃないでしょうね」

「違うよ。俺の友達で、母さんのことを助けたいって」


 そう言うしかない。俺や他の人間がなにを言ったところで、母の〝現実〟は決まっている。否定してもなだめても、母は不安と恐怖にさいなまれるだけだ。だったら、物語に乗ってやるしかない。


 ちら、と三島のほうを見た。あからさまに驚き、戸惑っている表情。かといって余計なことを喋られても困る。俺は軽く首を振ると、くちびるに指を当てた。三島がうなずく。


 俺は母に向き直ると、もう一度調子を尋ねた。たちまちこわばった表情が暗くなる。


「もうだめ。みんな幹人さんに取り込まれてる」

「父さんなら俺が見張ってるから大丈夫だよ」


 嘘だ。見張られているのはいつだって俺の方で、作り上げた完璧な虚像を、一日中監視されている。でも、そんなこと誰にも伝えられない。母にさえも。


 母は追い詰められた顔で、だめよ、と言った。それから一気に、自分がどんな風に監視されているかを吐き捨てる。


 疲労感が押し寄せて、うんざりした。それから、そんな風に思ってしまう自分への、耐えがたい嫌悪感も。

 我慢できず立ち上がり、逃げるように言った。


「少し光でも入れようか。暗いままだと、気分も落ち込む」


 ほとんど俺自身に向けての発言だった。少しでも明るいものが欲しかった。でも、カーテンに手をかけた瞬間、やめて、と鋭い悲鳴が飛んでくる。


 振り返ると、母は怯えきった表情で固まっていた。苦い感情がこみ上げる。


(……当たり前だ)


 母にとっての現実では、大量の人間が四六時中自分を見張っているのだ。カーテンなんか、怖くて開けられるはずがない。


 ごめん、と微笑む。俺は黙って椅子に戻った。身をこわばらせ、母がひたすら窮状を訴える。俺はそのすべてを、うんとか大丈夫とか、不誠実な言葉で乗り切った。


「俺は大丈夫だよ」

「でも。今だってきっとここ、盗撮されてるわ……!」


 ため息が出た。こんなやりとりを、何度繰り返しただろう。

 それでもいいと思っていた。どんなに母があちら側ばかりを眺めていたって、このひとの傍にいられさえすればと。でも。


 俺は立ち上がって、三島の隣に歩み寄った。痩せた肩に手を置き、大丈夫だよ、と笑う。


「こいつ、連れてきたから。母さんがひどい目に合ってるって聞いて、俺たちのこと手伝ってくれるって」

「え、あ、えっと──」


 たちまちうろたえる三島。だよな、と念押しのように言った。三島がはっとしたように頷く。母は疑うような目で、じっと三島を見つめた。


「達也のお友達?」

「は、は、はい……友達、です。三島です」


 たどたどしい『友達』の声音に、嘘やごまかしは感じられない。本当に、俺の目的は果たされたのだと実感する。俺は母に向かって大丈夫だよと笑いかけると、三島をベッドの方に促した。


「こいつ、盗聴器とか、カメラとか、見つけるのうまいんだ。な?」


 非常識極まりない紹介に、それでも三島はこくこくと頷く。


「俺たちで探してみるよ」


 促して、三島とふたり、ありもしないカメラ探しのふりをした。三島は素直に這いつくばり、床をさすったり、ドアの隙間を覗いたりしていた。俺も同じような仕草を繰り返す。怯えたように母が身をすくめていた。


 もういいかな、という頃合いで、俺はこっそりポケットから〝カメラ〟を取り出す。立ち上がり、あった、と見せつけた。母の目がやっぱり、という風に見開かれた。


 ボロが出る前にそいつを踏み壊す。母の安堵の声を聞きながら、押しつぶしたパーツを拾い上げた。椅子に戻り、ほら、と見せつける。


「ちゃんと部屋中探したら、あったよ。きちんと壊したから」

「……よかった……」


 顔を覆って絞り出された悲痛な声に、思った以上に冷静な自分がいて、うんざりした。


 こんなものただのおもちゃだ。母の語るのは単なる物語だ、そこに現実なんてひとつもない。

 母はもう俺を守らない、俺の現実なんて知りもしない。この人に会う、それだけのために、俺がどんな代償を支払っているのか。そのことを、ひとつも知らない。


 なんだか無性に悲しくなって、でも、俺の口からは母を慰める言葉ばかりが、ずらずら勝手に並べられる。

 母はほっとした顔で三島を見て、礼を言った。


「ありがとう。助かったわ。おかげで今夜は、少しは眠れそう」

「そ、そ、それは……よかった、です」


 母はにこりと微笑む。その顔が昔の笑みととても良く似ていたことが、余計に俺の悲しみを増幅させた。耐えられなくなって、床の鞄を持ち上げる。逃げるように言った。


「俺ら、そろそろ帰るよ。父さんに見つかったらまずいから」


 父の存在を出すだけで、母はたちまちこわばった顔をする。こわごわとした声が聞こえた。


「幹人さんには気を付けて。達也、ほんとうに一人で大丈夫?」


 大丈夫なもんか。俺はもうとっくに契約済みで、悪魔に魂を売っていて、いつあちら側に落ちるかわからなくて、心底疲れ果てている。


 それらすべてを押し隠して笑って、俺は母が三島に礼を言うのを、ただ聞いていた。


 母は三島がなにも言えないのをいいことに、ずらずらと父にまつわる〝物語〟を語り続けている。いたたまれなくなって、そのへんでいいだろ、と止めに入った。


 母はそうねと口をつぐむ。そして三島の目を見て、言った。


「三島くん。達也のこと、よろしくおねがいします」


 はい、と三島がぎこちなく頷く。

 なにがよろしくだ、と思った。この男は俺にとってもっとも危険な、天敵みたいな奴なのに。


 母はなにも知らない、知ろうともしない、そうすることがもうできない。

 胸の底がどんどん冷たくなっていって、それなのに俺は、今も完璧な顔を装っている。


「じゃあ、母さん。今日から数日間は大丈夫だから、その間だけでもゆっくり休んで」

「本当に、いつもありがとう。達也だけよ。わたしのことを信じてくれるのは」

「また来るよ。元気で」

「ええ。気を付けてね」


 ああ、本当に──クソみたいなやりとりだ。


 母の陰性症状が強ければよかった、なんて考えたくなかった。でも、やっぱり、そうだったらよかった。

 この格子で囲まれた空間にすら、俺はいつもの〝完璧〟を持ち込んでいる。息が詰まって、とても苦しい。喉のあたりがぐっと押しつぶされる感じがした。


 三島を連れて、病室を出て、エレベーターに向かった。無言のまま入った庫内で一階へのボタンを押して、つぶやく。


「……で。うちのは、こういう〝お見舞い〟なわけだ」

「う、……うん」


 完全にこわばり、凍りついている三島の顔を見て、俺は薄く笑った。


(なあ、三島)


 やっぱりおかしいか。

 俺のいる場所は、やっていることは、こうして耐えていることは。


 なんだかとても疲れていて、うまい判断も、上手な立ち回りも、なにもわからない。うんざりする。どろどろとしたものが、俺の内側を汚す感触。〝現象〟が動き出す気配。


 電子音が鳴った。エレベーターが到着する。俺は振り返って、行くぞ、と三島に呼びかけた。

 前みたいな西日を浴びて、あの不思議な色の瞳が、呆然としたように輝いていた。



 

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