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【完結・BL】転校生に学年トップを奪われたから弱みを握ろうと友達のフリして近付いたらとんでもない修羅場が待っていた  作者: Ru
【中編 / 03】 あやまった選択

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 土曜日、俺はバスに揺られ、こっそり母に会いに行った。


 母はもう俺を守らない、あの思い出だって覚えてはいない。

 わかっていて、それでも母に会いたいのは、俺があまりに堪えていたからかもしれない。虫を殺して、マウスを殺して、猫を飛び越え、三島に手を出してしまいそうな自分に。


 病院の廊下を歩きながら、今日は陰性症状が強いといいのに、と思った。ぼうっとしてなにもわからない母になら、思いの丈を吐露することができる。母の反応に怯えることなく、少しでも荷を下ろすことができる。


(……最低だ)


 誰より大切な人の、症状の悪化を願うなんて、今まで一度も考えたことはなかったのに。

 自己嫌悪でいっぱいになる。下を向いた。スニーカーの爪先が、大股で前へ前へと送られる。


 早く病棟に行きたかった。もう、完璧な自分を維持するのもしんどかった。少しでいい、息継ぎのあいだだけでいい。一言でいいから、なにも考えずに、思ったことを話したい。


 だが、下ばかり見て歩いていたせいだろう。どん、と誰かにぶつかってしまった。慌てて顔を上げる。倒れ込みそうになった相手の二の腕をとっさに掴んで、引っ張った。


 助け起こして驚く。三島だった。


(また──病院で?)


 あれからまだ、半月も経っていない。もしかして、どこか悪いのだろうか。

 三島は俺を見留めると、ぽかんと口を半開きにした。何度も見た無防備な顔。


「おまえ、ほんっとすぐその顔するよな」

「む、む、宗像……どうして」


 それはこっちの台詞だよ。思っても言うことはできなくて、俺は三島の落としたファイルを拾い上げる。胸元に押し付けると、彼は慌てたように抱き止めた。


 おずおずとした瞳が俺を見上げて、なんで、と小さな声。だから、それを聞きたいのは俺の方だ。

 ファイルを抱えているということは、三島は診察を受けたということだ。前回もおそらくそうだったのだろう。


(……こんな短期間で、二回も?)


 思わず眉根が寄った。俺の視線に気付いたらしい、三島はぎこちない仕草でファイルを背後に隠した。ますます眉根が寄る。


「……体調、悪いの」

「す、少し。不摂生で、栄養不足だって」


 それはそうだろう。初めて会ったときから思っていたが、三島はずいぶん痩せている。食事の用意は自分でしているらしいが、どうせろくなものを食べていないのだろう。


 だからといって彼のためにできることなど思いつかなくて、俺はそう、とつぶやくしかできない。

 三島は淡く笑うと、


「宗像は、お母さんのお見舞い?」


 とても当たり前のように尋ねてきた。思わず苦い笑みが浮かんだ。


「お見舞い……お見舞い、ね」


 そう呼んでしまうには、俺と母との邂逅はあまりにも一方的で、虚しくて、いびつだった。


 三島がきょとんと首をかしげる。俺がなにを思っているのか、なぜ母に会いたいと切望しているのか、会ったところで絶望しか待っていないということ、そのすべてを、ひとかけらたりとも想像したことがない、という顔だった。


 目元が歪む。俺は自分の口から、一緒に来るか、という言葉が勝手にこぼれ落ちるのを、嘘みたいだと思いながら聞いていた。


 三島がためらいがちに俺を見上げる。いとけない、子供みたいな、不思議な色の瞳。俺の加害を誘う、天敵みたいな。いいのか、と尋ねるような目つき。


 俺はなにかを諦めて「いいんだよ」と笑った。


 絶対にやめるべきだと思うのに、口先ばかりが俺を裏切る。

 いい加減やめにしたい、もう終わりたい、あっちに行きたい、戻ってきたくない。絶対に思ってはならない思考の数々が、俺の中をぐるぐる回る。警告表示の黄色と黒が、脳裏を何度も翻る。


 その思考を振り切るように一度まばたきをすると、

「おまえ、会計するだろ。付き合うよ」

 俺は完璧ににこやかな顔で言った。


 その顔の下にあるどろどろは、作った笑みに押さえつけられて、ひとつも顕現することはなかった。



 

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