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【完結・BL】転校生に学年トップを奪われたから弱みを握ろうと友達のフリして近付いたらとんでもない修羅場が待っていた  作者: ルー
【中編 / 03】 あやまった選択

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 相変わらず空梅雨の、ぼんやりした天気。

 うすっぺらい光が差し込む生物室で、淡々と電流ケージの準備を進めながら、俺は通常の顔を装った。


 さらりとした顔を作ってはいるものの、そんなのは表向きだけだ。母のこと、三島のこと、俺のうちに眠る現象のこと。考えが頭のあちこちで散らばって、俺の思考を邪魔してくる。うまく考えられない。なんだかとても疲れていた。


「そろそろ、ちゃんとストレスかかってるか確かめないとな……」


 ほとんど無意識に言葉が出ていた。


「確かめるって、どうやって」


 少し離れたところから、恐る恐る、といった三島の声が聞こえる。俺は静かに、解剖して胃潰瘍の有無を調べる、と告げた。それきり、三島が黙り込む気配。


 視線だけで三島を見た。三島は、凍りついたように顔をこわばらせていた。予想通りの反応。すぐさま、苦い感情がこみ上げる。


 こんなことを言うべきじゃなかった。すまない、みたいな顔をして、でもそれが本当かどうかもわからない。自動的に反応する〝完璧〟が、俺の本心をわからなくする。


「大丈夫か」


 問うてから、しまったと思った。案の定、大丈夫、と気丈な返事が返ってくる。胸元で握りしめた三島の両手は、白くなるほど力がこもっていた。それがこの『大丈夫』はただの、かつての発言への操立てでしかないと伝えてくる。


(本当は、大丈夫なんかじゃないくせに)


「……そうか」


 普段なら出てくるはずの上手な気遣いの言葉が、どうしても思いつかなかった。うまく表現できない感情が胸を満たした。


 三島には申し訳ないと思いつつ、実験を開始する。背後で、三島が平常マウスを飼育室に戻しに行く足音がした。


 かち、かち、とボタンを押し込み続ける。マウスの反応は、だんだんと鈍くなってきていた。おそらくはストレスのせいで無気力に陥っているのだろう。


 これは順調な兆候だ、わかっているのに、悲鳴の小ささに不満を覚える自分がいる。

 ひとりでに舌打ち混じりの吐息が漏れて、


「……なんか反応悪いな」


 ──ガンッ、と思った以上に大きな音。一斉に上がるマウスの悲鳴。


 気が付けば、ケージのすぐ脇を思いっきり殴っていた。

 あ、と思って、ほんの少しだけ気持ちがすっとする。それでもこんなものは効力をほとんど失っていて、俺の内側にあるどろどろしたものは、わずかしか拭われることがない。


 そのとき、


「宗像……?」


 ぽつり、と三島の呼び声がした。ゆっくりと振り返る。

 視線が、交わった。


 三島は、怯えたような、それでいてなにかを待っているような、不思議な瞳で俺を見つめていた。


 なにかを見透かされそうな、暴かれそうな感覚が一気にこみ上げる。

 それに惹き込まれてしまいそうな自分がいて、ぞっとした。


(嫌だ──だめだ)


 本能の警告が聞こえる。

 三島はだめだ、深入りするな、この男は俺を破滅させる。

 喉元を震わせる、根拠のわからない確信。俺は心の中で、何度も三島を罵倒した。


 この男は最低だ。ずるくて、卑怯で、みっともない、俺を猫殺し呼ばわりした、最低の小物だ。


 何度思っても心の中はちっとも落ち着かなくて、目の前では三島があの、名前のない宝石みたいな瞳で俺をじっと見つめている。警告表示を踏み越えて、ずっと抑えてきたものが暴かれそうになる気配。


 逃げるように下を向いた。息を吸って、長く吐く。心音を数える。末端の感覚に注意を向ける。散ら

かった思考を追いかけるのを意識してやめて、俺はようやく、それらしい落ち着きを取り繕った。顔を上げ、謝る。


「……悪い。びっくりさせたな」

「あ……、うん……」


 三島は呆然としている。その表情にはなぜか怯えや驚愕、不安などは見られなくて、よくわからない、なにかを惜しむような色が見て取れた。


 眉をひそめる俺をよそに、三島はぼうっとしている。なんとなく、顔色が悪いように見えた。

 そういえば、と思い出す。最近三島は、ずっと調子が悪そうだった。

 血色も悪くて、どこか上の空のことも多かった。思わず顔を覗き込む。三島がはっ、と肩をびくつかせた。


「三島? 大丈夫か」

「え、えっと……うん、平気。本当に」

「ならいいけど。最近おまえ、ちょっと顔色悪いぞ」


 三島はたちまち不思議そうな顔になり、気のせいだろとつぶやく。そのままぺたぺた頬を触りだしたので、思わず笑ってしまった。


「触ってわかるもんなのかよ」

「わ、わかんないよな……」

「そりゃそうだろ」


 うーん、とばかりに首を傾げる三島。これは本当に、体調不良の自覚がないようだ。

 俺は椅子から立ち上がると、三島の額に手を当てた。できるだけ耳元を見ないようにして、様子を観察する。

 やっぱり、顔色が悪い。うっすらとほてった熱が、てのひらにじんわり伝わってきていた。眉をひそめる。


「ちょっと熱いか? いやでも誤差かな……」


 もうちょっとはっきり発熱していたら、帰れとか安静にしろとか言えたのだが。体温計があればよかった。そうだ、保健室に──


 そこまで考えたとき、視界の隅でなにかが動いた。

 三島の手だった。


 痩せた指先が持ち上がって、そっと髪をかきあげる。ゆっくりと、耳元の透明なものがあらわになる。

 空梅雨の、淡い日差しを受けてなめらかに光る表面。それが目に飛び込んだ瞬間、


(──だめだ)


 ぞくっ、とした衝動を、無理やり目を逸らすことで抑え込んだ。


「大丈夫そうだな。……じゃ、俺作業に戻るわ」


 不自然な早口で身を翻す。

 三島の目が、なにかを待つような眼差しが、俺をじっと追いかけている。


 伺われる気配を感じながら、俺はケージに戻った。逃げるように椅子に座り、ボタンを押す。マウスが跳ねて、ケージをしきりに揺らした。


 ちらちらと、さっき見えた透明がまぶたの裏をちらついて、やっぱりだめだ、と思った。


 三島は俺の天敵だ。関わってはならない、俺の傍に置いてはいけない。

 この男は立入禁止の警告表示を踏み越えて、俺の中身を引きずり出してくる。俺をあちら側に突き飛ばす。いくらもう俺に敵意を持っていないとしても、こいつが最低な男であることは変わらない。


 近付くな、気を許すな、本心を見せるな。

 あの男は卑怯でずるくてちっぽけで見苦しい、最低の人間なのだから。


 言い聞かせているだけということはわかっていた。でも、そうする以外になかった。


 俺はひたすらマウスに電流を与え続けて、どのマウスの腹を開こうかと考える。具体的な手順を想像する。そうしないと、人間に──三島に手を出してしまいそうで、怖かった。


 腹を開かれたマウスを夢想して、あの〝現象〟をなだめようとする。それでも、現象はちっとも落ち着かない。それどころかどんどん重く、苦く、暗くなっていく気さえする。


 ため息を押し殺した。ちら、と三島を振り返る。彼はあの不思議な色の瞳を伏せて、母にもらったというタブレットを、静かに見下ろしていた。


 そしてこの日を最後に、期末考査前のため、生研部の活動は禁止となった。



 

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