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【完結・BL】転校生に学年トップを奪われたから弱みを握ろうと友達のフリして近付いたらとんでもない修羅場が待っていた  作者: ルー
【中編 / 01】 一人目のファウスト

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 それきり、俺の生活からぱったりと母がいなくなった。

 入院したとわかったのは半年もあとだった。会わせてくれと頼み込んで、でもそれは許されなかった。

 

 母のことで父と激しく言い争ったのは、俺が九歳になる四日前のことだった。

 母があんなことになったのに、その年の誕生日を、以前となんら変わりなく祝われたことが、とても怖かったのを覚えている。


 母がどういう病気で入院したのか、うっすらとわかりはじめたのが十歳の頃。

 会いたいとどんなに言っても聞き入れられなかった理由や、父たちが母を恐れてその存在を隠した訳がわかったのも、だいたい同じ頃だった。

 

 それから──俺の底で眠っていた〝現象〟が、ゆっくりと目を覚ましはじめたのも。


 最初に殺したのはアリだった。

 戯れに、長く伸びた列を踏み潰した。他愛ない殺し方だった。

 それから水をかけたり洗剤をかけたり虫眼鏡で焼いたり、一匹ずつ手足をもいでパーツをばらばらにしたりした。気持ちがよかった。

 

 次に手を出したのはカブトムシだった。同じようにバラバラにしたり、アリよりは大きいから中身もある程度確認ができた。面白かった。

 

 虫を殺すことでわかったことを文章にまとめたら、大人たちからさんざん褒められた。天才児だとか将来有望だとかおだてられて、だから俺は『これはやっても大丈夫なことなんだ』と思い込んだ。

 

 怖くても不安でもひとりぼっちでも、どんなにどろどろしたものが俺の中身を汚しても。生き物を殺せばすごくさっぱりした。まだ大丈夫だと、明日から頑張れると思えた。

 俺は心置きなく〝現象〟に身を任せ、そいつはどんどん大きくなっていった。


 六年生のときだ。俺の素行に満足した父が、初めて、母への面会を許してくれた。

 

 三年ぶりに見る母は容色こそ衰えていなかったものの、表情はすっかり変わり果てていた。

 

 笑みがほとんどなくなり、こわばった顔で、ずっとなにかに怯えていた。俺がいくら誰も見張ってなんかいないと言っても、なにも言われていないと訴えても、信じてはくれなかった。会話すらほとんど成立しなかった。

 

 そういう病気なのだと、とっくに理解していたつもりだった。それでも、ショックだった。

 失意のまま帰宅して、俺は手近な虫を殺した。


 母との面会以来、解剖の頻度はさらに増えた。

 手当たりしだいに昆虫をばらばらにして、足りないときは小遣いを崩して買い集めさえした。買っても買っても、俺の周りに虫はほとんど増えなかった。殺してしまうからだ。

 

 父はとうとう俺を怪しんで、問い詰めた。どうしてこんなに大量の昆虫を解剖するんだ、データを取るには多すぎる、と。

 

 その言葉に、すっきりするから、と答えたとき。

 父の顔色がざあっと変わったのを、今でもはっきり覚えている。

 

 父は俺を罵り、嘆き、母を呪った。見たこともない形相で俺を睨んだ。独り言のような叫び声が怒鳴った。

 

「やはり血筋か……! どうしたって狂人の息子は狂人になるというのか。いくらあそこまで聡明だったからと、あんな血の女を選んだりしなければ──」

「ッ……母さんをそんな風に言うな!」


 反射的に叫んでいた。父はぎろりと俺を睨んで、でも、俺だって黙ってはいられなかった。

 髪を振り乱し、ぎっと目を剥いて、俺は力いっぱい叫んだ。

 

「母さんはそういう病気なだけだ、ただ苦しんでるだけだ! そんな目で見るな!」


 しかし父は俺の言葉など聞き入れもせず、ものすごい声で怒鳴り散らした。

 

「だったら! おまえの行動はなんだ! この──狂人が!!」

「え──それは、だって、」


(──なんで?)


 言葉が出なかった。それは父の言葉に答えられないからではなく、状況が理解できなかったからだ。

 

 俺の行動はなにも変わっていない。虫をばらばらにして、わかったことを書いただけだ。

 今までみんな褒めていたじゃないか。俺は別に、今、急に行動を変えたりはしていない。それなのにどうして。

 

 誰にも見えない、口にしないとわからない、俺の腹の中のことを伝えただけで、それは〝悪いこと〟になってしまうのか。

 

 学術的目的で虫を殺すのと、すっきりするから殺すのと。俺以外の人間にとって、いったいなにが違うっていうんだ。俺の中身なんて誰も、誰にも見えはしないのに。

 

 意味がわからなくて、怖かった。

 俺以外の人間が急に得体の知れないものになってしまったようで、世界が急に反転したみたいで。唐突に理解不能になってしまった周囲のすべてが、ただただ恐ろしかった。

 

 父は絶句した俺を『反省した』と捉えたらしい。捨て台詞をいくつか吐いて仕事に戻って、それだけだった。呆然とした俺だけが残された。


 それ以来、母さんに会いたい、会わせてくれといくら頼み込んでも、父は絶対に首を縦に振ってはくれなかった。

 何度も何度も頼み込み、ほとんどすがりつく俺にうんざりしたのだろう。中学にあがった冬、俺が十三になったころ。父は〝約束〟を持ち出してきた。

 

「そんなにあれに会いたいのなら、会っても平気だという証拠を見せてみろ。おまえが正常な人間であるということを示せ。それができている間は、身の回りの差し入れだけなら許可してやってもいい」


 その頃には、俺はあの〝現象〟がどういうものなのか、虫を殺して回ることが、世間ではどれだけ悪魔的な行いとされるのか、正しく認識していた。父の言いたいことも、俺にどうあってほしいのかも。

 

「……わかった」


 断る理由はひとつもなかった。父はおまえを見張っているぞ、と脅しをかけてきたが、俺は怖いとも、嫌だとも思わなかった。

 

 ──これは契約だ、と思った。

 

 母と交わしたあの約束とはぜんぜん違う。約束というのはもっとやさしい、あたたかな、祈りに近い結びつきだ。父の提案したそれとは全く違う。だからこれは契約なのだ。

 

 俺はきっと、ずっと昔に悪魔に魂を売っている。

 俺の内側を汚すどろどろしたものを拭い去る、他の方法をなにも知らない。この現象の、うまい取り扱い方もわからない。どうすればいいかなんて見当もつかない。

 それでも、首を横には振れなかった。

 

 俺は深々と頭を下げた。父に許しを請うた。

 お願いします、と心から言った。

 

「俺は完璧な人間になる。父さんを、完全に満足させてみせるから。だから──母さんに、会わせてください」


 なんでもする。どんな自分にだってなる。

 だからどうか、あの人との繋がりを切らないでほしい。

 

 俺を守ってくれた、たったひとりの人なのだから。




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