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【完結・BL】転校生に学年トップを奪われたから弱みを握ろうと友達のフリして近付いたらとんでもない修羅場が待っていた  作者: Ru
【中編 / 01】 一人目のファウスト

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 俺の中には得体の知れない現象が眠っていて、ときどきそいつが動き出す。

 

 それは嵐や落雷、地震や雪崩に似ていて、人の力の及ばない強烈な現象だった。ちっぽけな抵抗や尽力など、圧倒的なものの前では塵に等しい。


 現象に意思はない。理屈も懇願も通じない。

 だから予想も予防もできはしない。もちろん、止めることもだ。


 ただ穏やかであってくれ、目覚めないでくれ、静かであってくれと祈り、せめて早く過ぎ去ってくれと地に伏せるしかない。

 意思のない、ただあるだけの現象の前に、人はあまりに無力だ。

 

 だからこそ、俺は知識を欲した。

 人の積み重ねた叡智の結晶を、冷静で理性的なものを心から願った。


 人を人たらしめるのはひとえに理性だ。

 蓄積された叡智の力だけが、圧倒的な現象をいつか克服させてくれる。俺をあれから守ってくれる。

 だってもう、あのひとは戻ってはこないのだから。


 でも。どんな本を読んでも、いくら理性的に振る舞っても、現象は消えてはくれなかった。

 いつまでも俺の底部を占領し、苛立ちや不快感を餌に動き出し、俺を獰猛な行動へと突き飛ばした。

 

 たぶん俺はこの先ずっと永遠に、あの圧倒的なものと戦い続けるのだろう。それはどうしようもない現実だった。



 友人が、俺の取り留めない話を受けて、楽しそうに肩を揺らしている。からかうような声が笑った。

 

「な、女子がめっちゃ騒いでたよな。宗像君ってお父さんもかっこいいんだ、って」


 スーツの姿が思い浮かび、咄嗟に頬が引きつる。

 俺はそれをおくびにも出さないように努めて、よせよと笑った。

 

「俺からすればただのオヤジだって」


 無意識に腰が引けて、机にもたれかかる。体重を受けた机はがたっ、とやかましい音を立てた。

 なにか余計な反応をしてしまいそうになる自分を無視して、俺は笑う。

 

「母親も、かなり面談を気にしてたんだけどな。都合がつかなくて。それで父が来たんだ」


 ちらつく父の顔を振り切るように、別のことを考えた。

 

 春先の西風。タンポポのにおい。泣きたいくらい美しい、うす青い空。抱きしめられたやわらかな感触と、大切にささやかれた言葉。

 

 すべて今はもう遠い。たぶん戻ってくることもない。

 それでも、守らなければならない。

 

「だからって、仕事休んでまで父親が来てくれるなんて、あんまないよな」

「父さんがわりと、息子のこと気にする人でさ」


 父のことを話すたび、俺はかすかな憂鬱が自分を満たすのを感じていた。

 腹の底に横たわる理不尽な現象が、ごそりと動き出すのを感じる。まだ待ってくれと思う。

 

 けれど衝動は待ってはくれなかった。

 笑みと語りと理想で取り繕った完璧の内側が、どろどろと汚れていく気配。呼応して動き出した強大なもの。

 

 耐えきれず俺はそれから数分で会話を切り上げて、いつもより大股で廊下を抜け、生物室に向かった。

 足早にゆくこの身体を、どこか冷静な自分が、淡々と眺めていた。



 

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