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【完結・BL】転校生に学年トップを奪われたから弱みを握ろうと友達のフリして近付いたらとんでもない修羅場が待っていた  作者: Ru
【前編 / 04】 『時よ止まれ』

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 次の日。俺は学校を休んだ。熱が出たからだ。


 連日続く体調不良はここに来てピークを迎えていた。

 今までずっと、生研部で宗像と過ごす時間を作るため、前よりも早寝早起きを続けていた。

 それに加えて、雨に打たれたり、いろいろびっくりすることがあったりして、もう長い間、ほとんど眠ることができないでいた。


 限界は突然訪れた。朝起きて、いつものようにベッドから起き上がろうとしてぶっ倒れたのだ。

 派手に床に倒れ込んで、結構な音がしたと思う。痛いというよりびっくりして、訳がわからなかった。


 ふうふう吐く息がものすごく熱くて、頬の辺りがぼうっとして、フローリングのひんやりした温度が信じられないほど気持ちいい。思わずうっとり目を閉じて、結局、そのまま一時間以上フローリングで横になっていた。ものすごい時間の無駄だった。


 ようやく起き出して、壁に手をついてLDKに向かうと、父の姿はやっぱり見えなかった。泊まりかもしれないし、そうじゃないかもしれない。父の行動を俺はなにも知らない。日によっては、たまに深夜のトイレで見かけるから、おそらくはまだこの家で生活しているんだろうとは思うけど。


 顔を洗おうとして洗面所に入ると、母がドライヤーをかけている最中だった。

 少し待ってみたけれどしばらく使えそうな気配がなかったので、諦めて先にトーストを焼いた。


 母が鏡を立てて、身だしなみの最終チェックをする中で、焼いただけのトーストを口に含む。途端に気持ちが悪くなって、トイレに駆け込んで吐いた。

 えづくように咳き込んだドアの外で足音が聞こえて、母が慌ただしく玄関を出ていくのがわかった。


 ひとしきり胃の中のものを吐き出して、完全に空っぽになって、ようやく吐き気は収まった。

 誰もいなくなった家の洗面所で口を濯いで、ついでに顔を洗った。水の冷たさが妙に気持ちよくて、いつもより三回くらい多く洗った気がする。


 がらんとしたLDKに戻って、空っぽのダイニングテーブルに一人でついた。母が出勤したということは、もう準備しないと遅刻する時間だ。今日は朝の勉強がひとつもできなかった。


(頭がぼーっとする……)


 ぼんやりとあたりを見回す。

 広いLDK。誰も座らなくなったソファ。朝以外、付いているのをほとんど見ないテレビ。先が黄色くなった観葉植物。秒針の音が、広すぎる空間の中でこちこち響いている。


「準備しなきゃ……」


 小さくつぶやくのに、身体がちっとも動かない。立ち上がることができなかった。

 寝間着のままぼんやりと座って、どこを見るでもなく空を見て、熱いのに寒いなあとか変なことを考える。思考がとっちらかって、気が付けば時間がどんどん過ぎていた。


 そろそろ本当に準備しないと遅刻する、と思って立ち上がる。

 途端、床がぐるっと回って、俺はもう一度すっ転んだ。

 やっぱり、痛いというよりびっくりして、俺はごろりと大の字になる。フローリングが冷たくて、背中がひやりと気持ちいい。


(あー、このまま寝れそう……)


 でもここで寝てしまったら多分、色々と面倒なことになる。主に学校への連絡とか、そういう点で。

 俺はゆっくりと身を起こして、机に掴まって立ち上がった。足元がふわふわして、床が波打っているみたいだ。すごい。


 陸にいながら海気分、なんて訳のわからないことを考えながら、俺は机の上に置きっぱなしのスマホを取る。少し躊躇して、学校に欠席の連絡を入れた。

 行けるようなら登校するけれど、念のため欠席にします、と伝えると、先生はわかったとだけ言ってすぐに電話を切った。


 ふたたび、静寂。がらんどうの広々した部屋の中、室内はなんとなく薄ら寒い。それなのに、肌の近くの空気だけが、膜を作ったように熱を帯びている。


 俺は意を決して立ち上がった。ぐら、と揺れる感覚に耐えて、歩く。

 自室までの廊下がいつもより長く感じて、やっとベッドに転がり込んだころには、俺はへとへとになっていた。


 半開きのままのドアを、閉めないとなあと思いつつ、気力が足りなくて目を閉じる。どく、どく、と心臓の音が聞こえる。息が苦しくて、顔がぼーっとする。


(あー……)


 ぼやぼやした、浮いているような意識の中で、もうだめかなあ、と思った。

 別に命の危機を覚えたわけじゃない。そんな冷静で現実的なこと、今の俺はうまく考えられなかった。


 思うのは俺の足元に打ち込んだはずの錨と、曖昧すぎる世界のこと。


 なんだか最近、とても色んなことが起こりすぎた。マウスのこと、もらった薬のこと、あのお見舞いのこと、蝶の死骸のこと、宗像の父親のこと。


 ずっと黙り込んでいた宗像のことが気になって学校に行きたかったのに、こんな有様だ。呼吸ひとつ満足にできない。うまくいかないことばっかりだ。


 もうだめかな、と思う。

 俺の足元に打ち込んだ錨は、宗像といるうちに、だんだんと意味を失っていった。知識とは違う圧倒的なリアル、流星のような強大な質量が、俺の内側で火花を散らして、錨より強い存在となって俺を留めていた。でも。


 良くない予感がする。

 このまま、あっちに行っちゃいけないという、ほとんど確信じみた予感が。

 だけど俺はもう他に手段を知らない。曖昧で半透明な世界の端っこに、俺自身を繋ぎ止める方法がわからない。


 誰の目にも映らず、透明で、なにもない俺は、あの錨がなければいずれ無くなってしまうんだとずっと思っていた。もうすぐなのかなと思った。


 今まで頑張ったけど、一位だって宗像に持っていかれてしまったし、あのよくわからない情動は、どうにも近付いてはいけない気がしていた。俺の錨はもう、なにも残っていない。


 目を閉じて、小さなあくびと、息をした。片方の目尻から生理的な涙がつっと落ちて、俺は眼鏡も外さず呼吸を落とす。


 頭が痛い。身体が熱い。だるくて、ものすごく眠たかった。

 心細い、なんてことだけは死んでも思いたくなくて、俺はできるだけ自分を淡々と保とうとする。

 眠りは、すぐに訪れた。



 

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