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初めて入るファストフード店であれやこれやと注文して、スマートウォッチを触ったり、買った本を交換して読んだりしているうちに、時間はあっという間に過ぎていった。
気が付けば夕飯時が近付いていて、窓の外が少しだけ茜がかって見えた。
俺たちは顔を見合わせると、そろそろ帰るか、という結論に至る。少しだけ人気の減った繁華街を連れ立って、駅に向かってぶらぶらと歩いた。
なんだか、『時が矢のように飛んでいく』という表現を、初めて、実感をともなって理解することができた気がする。不思議な感覚だ。
ストラップを握ったまま並んで歩き、ICカードに札を食わせて、二人揃って電車に乗った。
待ち合わせに使った乗り換え駅までは、それなりに時間がかかる。喋りながら何駅かすると、たまたま正面の座席が空いたので、俺たちは並んで席についた。
少しずつ色を赤らめていく空を眺め、ぽつりぽつりと会話を交わすうち。早起きのせいだろうか、それとも不慣れな外歩きのせいだろうか、気が付けば、俺はうとうとしてしまったようだった。
がた、とひときわ大きく列車が揺れて、ふっ、と意識が浮上する。
うっすらと瞼を持ち上げれば、すでに車内は橙色に染まっていた。普通電車のため、車内に人の姿はまばらだ。閑散とした車内の様子に、少しずつピントが合っていくさまを、俺はぼんやりと認知した。まとわりつくような眠気。まぶたが重い。
(……あれ、俺……)
ゆっくりとまばたきをする。なんだか視界が傾いている。
それに、頬のあたりがほんのり暖かい。
あれ、と思って視線を彷徨わせると、ものすごく近くに、宗像のものらしい髪の毛が見えた。
へっ、と喉の奥で声がつぶれる。
これは――もしかして。
遅ればせながら、思いっきり宗像の肩に頭を乗せていたことに気付いて、俺はへあ、とか訳のわからない声を上げた。ゆっくりと横顔が巡って、実直な視線が俺を見下ろす。視線が、交わった。ぎくりとした。
「ご、ご、ごめ――うわっ」
頭を起こそうとした瞬間、ぬっ、と手が伸びてきて、ぼすっと頭を押さえつけられた。
しっかりと筋肉のついた肩、そこに頬を押し当てられる。
「もうちょっと寝てろ」
ぼそっ、と言われて、ぐっと有無を言わさずさらに押しつけられる。
なにを言ったらいいかわからず、俺はしどろもどろで口を半開きにした。
「いや、え、あの」
「俺も眠い」
それだけを短く言うと、宗像の頭が急にこっちへと傾いてきた。
ごつ、と頭をもたせかけられて、彼の肩と頭の間に、俺の頭が挟まれているような格好だ。これじゃあ身動きが取れない。
「む、む、宗像……!」
「ふあ……」
あくびしてる場合か。こんなの、周囲の目が気になってしょうがない。いやそれとも、リア充のあいだではこれが当たり前なのか? いやいや、いくらなんでもそんな訳ない。だったらこれはなんなんだ。
頭の中がぐるぐると攪拌されたようだった。あれこれとめぐる思考、辺りを見廻しそわそわする俺をよそに、宗像はとうとう、穏やかな寝息を立てはじめている。神経が太すぎるだろう。
「おい、おい……!」
腕組みの肘をとんとん叩くも、宗像の頭はがっしり俺をホールドしたままだった。がんばって抜けようとしてみたものの、どうしても動けない。こんな雑な仕草でさえ、この男は人体の動きを把握しているのだろうか。バカな。
(ううう……)
恐る恐る辺りを見回すも、意外にも、俺たちに注目している人はほとんどいなかった。もともと人気が少ないのもあるし、誰も彼もがスマホに夢中だ。なんだ。
ほっとする一方で、なんだか変な感じがある。
俺はもともと、誰の目にも映らない、透明な存在であることが当たり前だった。
それなのに今は、誰の目にも映っていないことに改めて安堵を感じる、なんて。
(……まあ、誰も気にしてないなら、いっか)
ようやくそう判断して、そっと目を閉じる。視界を閉ざした途端、ふわりと他の五感が立ち上がってきた。
触れ合った箇所がほんのりあたたかい。頬に触れるざらついた服の感触、ほのかに感じる宗像の淡い体臭。
こんなに近くで誰かの気配を感じるのは何年ぶりだろう、と思って、それがちっとも不快でない自分に気付く。急速に訪れる眠気。
宗像の手が、とん、と一度だけ俺の頭を叩いた。
列車の揺れる音、車内アナウンスの内容はまだ、乗り換え駅から遠い。なんだかひどく安心する。
俺は細く長い息をついた。とろりとした眠気が心地よく疲労感を包んでいく。かたん、ことんとした列車の揺れ、定期的に身体にGがかかるのが、なんとも気持ちよかった。
ゆっくりと身体から力を抜いて、眠気に身を委ねる。眠りは、すぐに訪れた。




