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5 まさかの遭遇

 食後、俺と吉岡は相互に批評(ひひょう)をし合いながら、来週の親睦会に向けて衣服などを買い(そろ)えた。

 そしてファーストフード店でおやつを食べて、来週の計画を練る。

 話がまとまったところで吉岡はクラスMINE(マイン)に詳細を送り、食べ終えたところで解散の運びとなった。

 現在、夕刻、辻堂駅改札口。

 無言でここまで肩を並べてきた俺たちは、改札口の前を足を止めた。


「岡崎、今日はありがとう」


「別に大したことはしてねーよ」


「ううん。岡崎の意見は参考になったし、来週の計画も無事に練れたわ」


「そうかよ……」


 来週の親睦会。

 上手いこと俺は櫻井近くに座って、吉岡は高瀬の近くに座るように仕向ける。

 そして双方、各々(おのおの)で相手との距離を縮める。

 これが今日、俺と吉岡で話し合った作戦である。


「来週、上手くいくといいわね」


「お互いにな」


「……じゃ、私バスだから」


「気を付けて帰れよ」


 俺に背を向けて、バスターミナルのほうへ遠ざかっていく吉岡を見つめる。

 俺も帰ろう。

 藤沢まで一駅、JR線に乗って、藤沢で私鉄に乗り換えて、湘南台で降りる。

 普段の通学は藤沢から別な私鉄に乗り継いで、一駅先の鵠沼(くげぬま)海岸(かいがん)で降りてから徒歩なので、いつもと少しだけ勝手は(こと)なるものの、藤沢から先の帰り道はいつもの通学と変わらない。

 駅を降りてバスに乗り継ぎ、田畑が増えてきたところに俺の家はある。

 ドアを開けると、家族は揃って家にいるらしい。

 当然、俺は家庭内では"いないもの"として扱われているため、俺が帰ったところで俺に対する挨拶の類はない。

 居間にあるソファーでゴロゴロしながらテレビを見ている父親と、夕食の準備をしている母親の姿をチラ見してから、俺は階段を上ろうとする。

 階段に差し掛かったところで、妹の栞と(はち)()わせになる。

 一瞬、お互いが固まった。

 しかし栞は不機嫌そうな表情を浮かべてズカズカと歩き始め、近づいてきた。


「……邪魔」


 それが久しぶりに、実の兄に対してかけた栞の言葉だった。


「……ちっ」


 栞の態度にイライラして、舌打ちしてをしてから階段を上った。

 買った服を部屋の隅に置いてから、俺はベッドに寝転がった。


「クソが……普通にすれ違うスペースあるだろーが」


 昔はお兄ちゃん、お兄ちゃんと、俺にべったりだった気もするが、それほど時間は()っていないにも関わらず、何十年も前の思い出のようにさえ感じられた。

 自分の腕を顔に乗せて、脱力していて、ふと思った。


「……シャワーでも浴びるか」


 五月と言えども気温は二十度を超えるので、一日中歩き回っていたおかげか想像より汗をかいていたらしい。

 少し(にお)いが気になったので、シャワーでも浴びようと思った。

 階段を降りて、浴室へと向かう。

 洗面所のドアを開けた。


「…………えっ!?」


 栞が一瞬、硬直してから驚きの声をあげた。

 栞は下着姿だった。

 普段は黒髪ツインテールで、中三にしては子供っぽい栞も、ちょうどブラジャーのホックを外そうとしていたところで、胸はそれなりに(ふく)らんでいた。

 腰も(くび)れているし、パンツ越しに見る尻も意外といい形をしていた。

 順調に大人の階段を上っていることを認識してから、状況の悪さに気付く。


「い、嫌ァァァァァァああああああああああっ!!」


 顔を真っ赤にした栞が、叫びながら俺の腹を蹴飛ばした。

 完全に油断していた俺は洗面所を追い出され、尻餅(しりもち)をついて倒れた。


「どうした栞!!」


 叫び声と、バタンと勢いのいいドアを閉める音を聞きつけて、居間でテレビを見ていたはずの父親が駆けつけてきた。


「クソ兄貴がお風呂覗いてきた!!」


 言い方が俺だけ悪い感じで最悪すぎるし、普通にただの事故である。

 洗面所は鍵が閉まるので、鍵を閉めていなかった栞にも落ち度はある。

 しかし俺が口を開く前に、栞の言い分を百パーセント信じていて、なおかつ仮に俺が発言しても聞く耳を持たないであろう親父は、怒り心頭といった顔つきで俺を睨む。


「この……バカ息子がッ!!」


 父親はブチギレて、尻餅をついていた俺の顔面を蹴飛ばした。

 倒れた俺が起き上がる間すら与えず、父親は俺の脇腹を蹴飛ばしまくる。


「栞に手ぇ出すんじゃねえ!! 殺してやろうか、このクズが!!」


 何度も、何度も蹴られ、内臓にまで響いてきて、痛みよりも気持ち悪い。


「この……てんめえ」


 蹴りが止んだところで、俺は起き上がろうと四つん()いになりながら、俺を見下ろす父親にガンを飛ばした。


「俺の言い分も聞けや……覗いてねーよ、事故だよ、クソが」


「お前の言い分なんて聞いてないんだよ!! どうせお前が悪いんだろ!?」


 そう言って父親はしゃがんで、俺の胸倉を掴んで、そして拳を振り上げた。

 しかし次の瞬間、洗面所のドアが開けられた。

 タオルを()いた栞が現れ、振り上げられた父親の手首を掴んだ。


「ちょっとパパ、そこまでしろなんてあたし言ってない」


「……栞」


 栞からの静止を受けて、父親からの殴打は()んた。そして、父親は俺の胸倉から手を放して立ち上がった。


「……栞に免じて勘弁してやるが、今日は俺の前にその(つら)を見せるな」


 それで言い残して、父親は俺の前から立ち去っていった。

 その背中を睨んでから、ゆっくり栞のほうに顔を上げる。


「……ごめん」


 それだけ言って、栞は洗面所のドアを閉めて、今度はしっかり鍵をかけた。

 俺は立ち上がって、脇腹を抑えながら、すり足歩行でなんとか階段を上り、部屋で着替えをまとめてカバンに()めた。

 そしてそれを持って階段を降りて、玄関へと向かう。

 外に出て、ドアを閉めてから、俺は渾身(こんしん)の力を込めてドアを蹴飛ばした。


「クソが!! この借り、いつかぜってー返してやっからよ!!」


 今日はその面を見せるな、だとよ。

 上等だよ、頼まれたって今日は家には帰らない。

 しかし風呂には入りたいので、俺は屋外の(すみ)に置いてあった、愛車の250cc(ニーハン)(またが)ってエンジンをかけた。

 制服とか、着替えは持った。

 普段使っている、潰れたカバンもデカいカバンに入れた。

 俺はむしゃくしゃを()らそうとバイクを飛ばして、気づいた時には平塚市内を走っていた。

 いい加減、風呂を探そう。

 ふと目に入った温泉施設にバイクを止め、正面玄関から店内に入る。


「いらっしゃいま━━あれ?」


 受付の顔などロクに見ていなかったが、受付が途中で言葉を止めた。


「岡崎くん?」


「え……櫻井?」


 何故か櫻井が、温泉施設の従業員の制服と思われる、赤い花柄の上下を着て受付カウンターに立っていた。

 櫻井も俺が来るのが意外だったのか、ぽかんとした表情だった。


「……なんだ、バイトかよ?」


「うん。ここ、私の家なんだよ。いま人手が足りなくて、受付手伝ってるの」


 そういえば温泉の名前は"湘南さくらい温泉"だった。

 さくらいって、櫻井という苗字のことで、ここは櫻井優子の実家が経営している温泉施設だったというわけか。


「そりゃ、大変だな……ほらよ」


 櫻井に(ねぎら)いの言葉をかけながら、俺は券売機で買った入浴券を渡す。


「岡崎くん、意外だね。温泉とか、入りにくるんだね」


「たまたまだよ、たまたま」


「そうなんだ……はい、これ、レンタルセット。帰りにあそこの(かご)に入れてね」


 櫻井が指差した方向にある(かご)をチラ見してから、俺は男湯へと向かった。

 今、自然に櫻井と話していた。

 その事実を意識すると胸がドキドキしてきて、顔が熱くなってきた。

 それにしてもたまたま見つけた温泉が櫻井の実家で、櫻井が人手不足という理由こそあれど、受付でアルバイトをしていたとは。

 俺の入浴は比較的短時間なので、三十分で上がって服を着た。

 そして休憩所で寝転がって、しばらくしてから籠にタオルを入れた。

 そして下駄箱の鍵を貰うため、再度受付を(たず)ねる。


「はい、これ。岡崎くん、また来てくださいね」


 学校の時と同じ、優しい笑顔で櫻井は接してくれた。

 気恥(きは)ずかしくて、俺は咄嗟に櫻井から目を()らしてしまう。


「そんなしょっちゅうは来れねーよ……平塚遠いからよ」


「そうなんだ。岡崎くんってどこに住んでいるの?」


「……湘南台」


「湘南台!? 結構遠いよね……どうやってきたの?」


「バイクだよ。まぁ、ドライブだな」


 本当はヤケクソで家を飛び出してきただけだが、そういうことにしておく。


「……岡崎くん、ちゃんと笑えるんだね」


「え?」


 それを言われて俺は目を見開き、櫻井さんの顔を見つめてしまった。


「学校で笑っているところ、見たことなかったから、ちょっと新鮮だなって」


 確かに、言われてみれば俺は教室で笑ったことがない。

 櫻井は他の連中のように、露骨に俺を()けるようなことはしないが、挨拶をしてくれるだけで、別に積極的に俺と関わろうとはしてこない。

 最も接点がないのだから、当たり前といえば当たり前。だが俺自身、壁を作っているのは事実であり、それは櫻井に対しても例外ではない。

 好きは好きだけど、俺の柄的に、教室で話しかけるのには抵抗があった。


「……別に、表情筋死んでるわけじゃねーからよ」


「なにそれ、岡崎くんって面白いね」


 櫻井さんは口元を手で覆いながら、くすくすと笑っていた。


「ねえ、千夏から聞いてるんだけど、来週の親睦会、岡崎くんも来るんでしょ?」


「は?」


 親睦会に俺が参加することを知っているのは、吉岡だけだったはず。

 吉岡のやつ、櫻井に親睦会のこと連絡していたのか。


「岡崎くんって、千夏と仲良くなったんだね」


「べ、別に。仲いいってわけじゃねーけど、たまたま、成り行きでよ……」


「そうなの? でも学校でも二人でコソコソ会ってるの、知ってるよ?」


 マジで、バレてたのか。

 そういえば櫻井と並んで歩いている時、俺ボソッと手紙の件について吉岡に返事をしていた。

 その時、吉岡にしか聞こえないボリュームで伝えたつもりだったけど、吉岡の友達である櫻井にはお見通しだったというわけか。

 櫻井はニコニコしながら、俺の顔を見つめていた。


「岡崎くん。千夏はね、あの子は自分の言いたいことをハッキリ言いすぎちゃうところはあるけどね、根はすごくいい子なの。だから千夏と仲良くしてあげてね」


 吉岡と仲良くして欲しい。

 そう訴えかける櫻井の眼差しから、切実にそう願っていることが(うかが)えた。


「……全部、お見通しって感じだな」


「だって千夏は友達だもん、千夏のことはよく見てるつもりだよ?」


「そうかよ、まあ櫻井の頼みだったら善処(ぜんしょ)はする」


「なにそれ、岡崎くんって本当に面白い人だね」


 あれ、これってひょっとして、櫻井から好印象を抱かれているのか。

 そう思うと急に全身が火照(ほて)ってきたような気がした。

 櫻井のことを直視できなくて、俺は櫻井に背を向けた。


「じゃあ、俺、帰るから」


 早く立ち去ろう。

 でないと、意識を(たも)っていらなれない。


「岡崎くん。また明日、学校でね」


 そう言われて、俺は声は出さず、櫻井に背中を向けたまま手だけ振った。

 そして靴を履いて、温泉を出てから、俺は建物の外壁に両手をついた


 ━━やべえ、櫻井優子と普通に会話してしまった。


 興奮して呼吸が荒くなってしまう。

 家でムカつくことはあったものの、最早それが吹っ飛んでしまうほど、今の俺は舞い上がっていた。

 あの櫻井から面白い人だと、わりといい印象っぽい反応を受けた。

 それだけで俺はもう、暴れたくなるほど嬉しかった。


「また明日、また明日って言ってたよな……ふへ、うへへへへへっ」


 笑いが止まらなかった。

 通行人が奇妙な人を見る目で俺を見ていたが、ニヤニヤが止まらなかった。


「そうだよ。あんなクソ親父とか、クソ妹とか、どうでもいいんだよ……」


 俺は今年、あわよくば櫻井優子を彼女にする。

 その目標だけが生きがいで、実現に向けた第一歩を歩めた。

 なんとしても来週の親睦会、ビシっとキメて、櫻井に好かれたい。

 そう心に固く誓ってから、ふと冷静に戻った。


 ━━今夜は何処で寝よう。


 色々考えて、その後はバイクを走らせてヤビツ峠に上った。

 そこでドリフトしている走り屋たちの走りを見物して、夜景を見ながらベンチで仮眠をとって夜を明かした。

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