2 意外といいヤツ
「それにしても、まさかオメーがラーメン奢ってくれるなんてよ」
「あ? 臨時収入があったんだよ、感謝しろ」
「臨時収入? どうせパチンコだろ?」
「悪いかよ、パチンコで三万勝ったんだよ」
「高校生がパチンコねえ……また停学になっても知らねーぞ?」
「うるせーテメーだって年齢的にアウトのくせにやってんだろ」
「俺は働いてるからいいの」
「そんな法律ねーよバカ野郎」
吉岡との一件の後、街に繰り出してパチンコを打ったら、今日はアタリ台を引いたらしくて三万円の利益が出た。
そうでもなければ、貧乏な俺は働いている瑛士に奢ったりはしない。
「それにしても、今時ラブレターなんて可愛い子じゃねーかよ」
「うっせーよ。あんな女、可愛くねーよ」
「なんだ、ひょっとしてお前の好きな子が他のヤツを好きだから、嫉妬か?」
「全然ちげーし、そもそもラブレター誤爆した女のことはむしろ嫌いなんだわ」
「へえー、けど好きな女がいるってことは否定しないんだな」
「オメーもう黙ってラーメン食えよ。うるせーんだよ、マジで」
「はいはい、オメーもラブレター書いてみればいいじゃん」
「だ、誰かそんなシャバいことするかよ」
「一年経っても告白もできねーのに?」
「関係ねーだろ、ラーメン食えよ」
瑛士に茶化されているものの、ハッキリ言って俺には好きな女の子がいる。
安達や吉岡という鬱陶しい存在がいて、他のクラスメイトもつまらないヤツばかりで、授業を時々サボっている俺だけど、そんな俺が家庭環境以外で学校を頑張れている理由が、その好きな女の子の存在である。
ハッキリ言って、あの子がいなければもう学校辞めているまである。
翌日、いつも通りに登校する。
今日もあの娘の顔を見るため、安達や吉岡のウザさを我慢して登校する。
その子はクラスメイトで、その子をまじまじと見つめる最初のチャンスは、教室に入った直後である。
櫻井優子は出席番号的に席が近く、自分の席に座るためには必ず彼女の横を通り過ぎる。
長い黒髪。ぱっちりとした黒い瞳。小さく、肌荒れのない、鼻と唇の配列も抜群な麗しい肌の小さな顔。背が高く、すらりとした体型。しかも体の凹凸もハッキリしているほどの抜群のスタイルの良さ。
それはさながらグループのセンターを務める、清楚系アイドルのようだった。
━━そして何より、彼女は。
「おはよう、岡崎くん」
「あ、ああ……おはよう」
不良としてクラスで浮きまくっている俺にも隔てなく優しくて、目が合うと挨拶をしてくれる女神様なのだ。
人間なんて嫌いな俺だけど、櫻井優子のことは好きだった。
やはり俺も人並みに男をやっているので、異性として、マジで天使すぎて。
「はい、みなさんおはようございます。それじゃあ今日の日直は……高瀬くん」
安達が名前を呼ぶと、茶髪で爽やかな雰囲気のイケメン男子が起立した。
「起立、礼、おはようございます」
高瀬優汰。
吉岡はコイツに片思いをしていて、ラブレターを渡そうとして、俺の下駄箱に誤爆したというわけか。
確かに高瀬は外面が良いし、軽音楽部に所属していてギターが得意で、話も上手いらしくて、女子からはやたら人気の高い男だ。
俺としてはリアルが充実していそうで、いけ好かない野郎である。
「それじゃあ出席を取りますね」
安達が出席を取っているのを適当に聞き流しながら、吉岡のほうを見る。
窓際に席がある吉岡だけど、その視線は俺の方に向いていて、吉岡と目が合ってしまった。
咄嗟に目を逸らし、俺は俯いた。
━━吉岡のヤツ、俺を疑っている。
昨日、去り際に言いふらす気はないと宣言したハズだけど、そもそも俺と吉岡は一年間ずっといがみ合ってきた仲。
信用できるハズないのだろうが、吉岡は俺が昨日のことを言いふらすのではないかと疑心暗鬼になっている様子で、険しい顔で俺のことをガン見していた。
面倒くさい女だ。
別に、昨日のことを言うつもりはない。
「岡崎くん」
「へーい」
頬杖をついた時、安達に名前を呼ばれて適当な返事をした。
それから順番は回って、出席番号も後半。
「吉岡さん」
「はい」
ちらっと吉岡のほうを見ると、吉岡は返事をしてすぐ、すぐに険しい顔に戻って俺にガンを飛ばしてきた。
今日、ずっと睨まれるんだろうか。
言わない言わない、面倒くさい。
吉岡の視線を気にしながら一日は過ぎていき、昼休み前の体育。
勿論、不良の俺は体育など真面目には受けていないが、今日はバスケだったので他のチームの試合を呆然と見物をする。
なんとなく、高瀬の姿が目に入る。
「おお!! 高瀬がまたシュートを決めた!!」
「ハイスペックすぎるよなぁ。ギター上手くて運動できて、しかもイケメン」
「いいよなぁアイツ、何もしなくても女子にモテるからさ」
「マジで一人くらい紹介して欲しいよなぁ」
やはりクライメイトの会話に聞き耳を立てる限り、アイツ倍率は高そうだ。
吉岡はどうでもいいとして、まさか櫻井優子まで高瀬のことが好きだったりしないだろうかと、急に恐ろしくなってきた。
クソが、高瀬。やっぱ俺、オメーは嫌いだ。
「岡崎」
などと心の中で悪態ついていると、高瀬がニコニコしながら近づいてきた。
「あ? んだよ」
「次、岡崎のチームの番だよ。早く行ってあげなよ」
高瀬もまた、櫻井優子みたいに誰にでも優しい。
俺に対してもにこやかな笑顔で接してくるのだが、何故だか知らないが櫻井優子と違って、高瀬にこの対応をされるとイライラする。
俺は高瀬に返事をせず、ゆっくりと立ち上がって移動した。
「すげえよな高瀬、あのヤンキー岡崎にも物怖じしないでスマイルだよ」
「度胸あるよなぁ」
「てゆーか岡崎のヤツ、相変わらず態度悪いよな」
「あんま大声出すなよ、岡崎に聞かれたら殺されるぞ?」
全部聞こえてるんだよ、クソが。
それからゲームは始まったが、俺が真面目にチームのために動くわけなく、適当に流れに合わせてプレイをしていた。
そしてチームは試合に負けた。
だが、俺に対して文句を言うヤツはいない。
コソコソ文句は言っても、直接俺に文句は言えない。
所詮、クラスメイトの大半はシャバ僧である。
そして迎えた昼休み。
クラスに友達などいない俺は、購買で昼食を買って、校舎東側にある屋上入り口の扉がある踊り場で昼食を取る。
かつてここは不良グループの溜まり場だったが、俺が三年を潰してから寄り付く者はいなくなり、現在は学校内で数少ない俺の憩いの場と化している。
俺が昼休み、ここにいることは生徒達の間では有名らしく、一般の生徒がここに足を踏み入れることはない。
まさにここは俺にとって、安息の地であった。
「……あ?」
そんな安息に地に向かって足音が聞こえて、人影がひょこっと現れた。
顔を上げて睨むけど、それは見慣れた顔の女子生徒だった。
「岡崎、やっぱり昼はここにいるんだ」
「吉岡、てめえ……」
安息の地に土足で踏み入られたことで、俺は吉岡に対して腹を立てた。
「あのさ、岡崎━━」
「来るんじゃねーよ、どっか行けや」
そう言い放つと、吉岡はピタリと動作を止めた。
「オメーの面見ながら飯食いたくねーんだよ、さっさと失せろ」
「岡崎……あっそ」
そう言って吉岡は、ズカズカと大きな足音を立てて立ち去った。
流石に今のはムカっときたのだろうが、むしろ俺にとっては好都合。
これで俺の邪魔をするヤツはいない。
昼休みが終わるまで、憩いの場での休憩を満喫して、面倒くさいので五限と六限はここでサボった。
ホームルームだけは出席しないと安達がうるさいため、六限が終わってから教室に戻る。
かったるいホームルームを終え、潰れたカバンを持って学校を出た。
学校を出て、駅へ向かっている道中、常に背後からの気配を感じる。
誰かに尾行されている。
誰だ、上等だ、相手してやる。
「おい、後ろからつけてきてるヤツ誰だ。出てこいや、シバくぞコラ」
啖呵を切ると、電柱の裏に隠れていた人影が姿を現す。
「……またオメーかよ」
またしても吉岡だった。
吉岡は仁王立ちをして、何故か後ろめたそうな表情で俺を見つめていた。
「なんなんだよさっきから、なんか用でもあんのかよ?」
いい加減、鬱陶しいので、理由を聞いてから追っ払おう。
「……なんで」
「あ?」
「なんでなのよ……」
ブツブツ呟きながら、吉岡の体は小刻みに震えていた。
「なんで昨日の事、言いふらしたり私を脅したりしないの!? なに企んでるの!?」
何故か怒った様子で、俺の今日の振舞いについて問い詰められた。
やはり、そんなことだろうと思った。
朝から疑いの目を向けられていたから、信用されていないことはわかっていた。
「なんも考えてねーよ、昨日言った通りだっつーの」
「なによ、それ」
「俺にできねーことやってる勇気を笑えねえって、何度も言わせんじゃねーよ」
それだけ言って歩き始めると。
「待って!! 岡崎……」
吉岡が必死な様子で呼び止めてきた。
「それ本気で言ってるの?」
「あ? どういう意味だよ?」
「だって私、あんたに結構ひどいこと言ってきたし、あんたが私のこと嫌っているのはわかっていたし、だから普通、私の弱みを握ったらそれを利用するんじゃないのかなと思って……」
ひどいこと言ってきた自覚はあるのかよ。
それを聞くとますます腹が立ってくるが、腹が立つ以上に、妙にしおらしい吉岡の姿が可愛く目に映ってしまう。
血迷っているのか、俺は。
あの鬱陶しいクソアマのことを、一瞬でも可愛いと思うだなんて。
吉岡もやっぱ、恋をすれば女の子なんだなと。
だから、仕方がないから、その可愛さに免じて、一度だけ情けをかける。
「オメーの弱みなんざに興味ねーよ」
「い、意味わかんないわよ。不良のくせに、善人ぶるだなんて……」
ああもう、本当に鬱陶しいクソアマだ。
「見くびってんじゃねーぞ。俺は確かに不良だし、どうしようもねーやつかもしれねーけどよ、人の恋路を嘲笑うほど落ちぶれちゃいねーんだよ。てゆーか俺は一年経っても告白できねーのによ、勇気出してラブレター出したオメーのことスゲーと思ったから情けかけてんだよ。ちったぁ理解しろよ、バカが」
鬱陶しいから、これ以上なにも聞かれたくないから、だから吉岡には思っていることすべてを伝えた。
それを黙って聞いていた吉岡の頬が、ほんのり紅潮しているように見えた。
「ふふ、くすくすっ……岡崎、あんたさ、もしかして意外といいヤツじゃない?」
急に笑って、意味のわからないことをほざき始めた。
「あ? なに言ってんだテメー?」
「ていうか、岡崎にも好きな人いるんだ!!」
吉岡がニヤニヤしながら詰め寄ってきた。
「な、なんだよ。テメーには関係ねーだろ」
「教えなさいよ、誰が好きなの?」
「あ? 言うわけねーだろバカ野郎。つか、なんて好きな人いる前提なんだよ?」
「だって一年経っても告白できてないんでしょ? 私ちゃんと聞いたわよ」
こいつ、俺のセリフを一語一句、聞き逃さず全て覚えていやがる。
好きな人がいることなど、瑛士にしか言っていないので、それがクラスメイトの女子、ましてや吉岡にバレたことがとてつもなく恥ずかしい。
ため息を吐きながら、俺は額に手を当てた。
「クソが……誰でもいいだろ、オメーには関係ねーんだからよ」
「いいじゃない。てゆーか不公平よ、あんたは私の好きな人知ってるんだから」
等価交換とでも言いたいのだろうか。
吉岡は目を輝かせているので、もうこれは吐くまで問い詰めるつもりだ。
「……ちっ、めんどくせーなお前。誰にも言うんじゃねーぞ?」
「これでお互い、弱みを握ったってことで、安心できるから教えてよ」
それが狙いかよ。
元より吉岡の弱みを握って、どうにかする気はなかったので、吉岡が約束を守るつもりなら別に教えてもいいかもしれない。
ただ、これを言うと吉岡がどう反応するのか。
なんと言っても、櫻井優子は吉岡の友達だから。
「…………櫻井」
「え?」
小声すぎたか、聞こえなかったようで吉岡は耳に手を当てて聞き返してきた。
「……櫻井だよ、櫻井優子」
「…………。」
ぽかんと口を開けて、吉岡は硬直した。
「なんだよ、文句あんのかよ。だから言いたくなかったんだよ、クソが……」
気恥ずかしくて、しかも気まずくて、吉岡から目を逸らしてしまう。
すると吉岡の楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「ぷ、あははははっ!! 岡崎、いっちょ前に赤くなってるじゃん」
「うるせーよ黙れよ!! 誰にも言うんじゃねーぞテメー!!」
「言わないわよ。あんただって、私と高瀬くんのことは言わないんでしょ?」
「……言わねーって、何回も言ってんだろ」
「じゃあ言わない。私も、人の弱みを利用するような人間じゃないから」
ひょっとして吉岡は、意外と筋の通った人間なのだろうか。
自信満々にそう宣言されたのだが、俺はむしろ吉岡は俺の嫌がることを率先して行いそうだと思っていたため、この反応は少々予想外だった。
正直、口だけだと思っていたのだが、どうもそうでもなさそうだ。
何なんだコイツは、調子が狂う。
「……ねえ、岡崎はさ、優子に告白しないの?」
突然、もじもじしながら吉岡がそんな質問をしてきた。
「あ? そんな簡単にできたら苦労しねーよ」
「じゃあさ、私が優子との仲、取り持ってあげようか?」
「……は?」
予想外すぎる提案だった。
それってつもり、俺と櫻井優子の縁結びを吉岡が手伝うということか。
「まっ、優子がどう思ってるかは知らないけど、私は許可していいわ」
「許可って、オメーの許可いるのかよ」
「そりゃ友達に変なヤツを紹介できないでしょ」
「んだよ、俺のこと醜い顔の不良だって言ってたくせによ」
「私、過去のことをぐちぐち言う男って嫌いだなー!!」
なんだこいつ、殴りたい。
「まあでも、タダでというわけにはいかないわよ」
「あ? なんだよ、なんか条件あんのかよ?」
「当たり前でしょ、対価を貰って利益を得るのが資本主義社会ってやつよ」
「……オメー、まさか俺からカツアゲするつもりか?」
「そんなことしないわよ、あんたじゃあるまいし」
否定はできない。
喧嘩売ってきて返り討ちにしたヤツに、ジュースやら煙草やらエロ本を買ってもらうようにタカりかけた事はあるから。
「高瀬くんに告白できるように……手伝ってよ」
顔を赤らめて、もじもじしながら上目遣いをする。
クソ、可愛いじゃねーかよ。天然なのだろうが、それは流石に反則だ。
「……俺に、お前と高瀬の縁結びを手伝えと?」
「いいでしょ。その代わり、あんたと優子の仲を取り持つんだから」
条件としては、確かに悪くはない話だ。
確かに俺は瑛士にも茶化されている通り、櫻井優子に淡い恋心を抱いてから今日に至るまでの一年間、全く何のアプローチもできなかった。
ていうかそもそも、俺は恋愛などしたことがないのだ。
確かに吉岡の力を借りれば、俺は櫻井優子と話す機会を得られる。
魅力的な条件ではあるけど、同時に怖いとも感じてしまう。
いいのかよ。見ているだけで幸せなのに、それをぶち壊す真似をして。
「なに悩んでんのよ? いいの? 片思いのまま失恋することになって?」
「あ? どういうことだよ?」
「当たり前でしょ、気持ちは伝えなきゃわからないの。優子だって年頃の女の子なんだから、いつかは好きな人が出来たり、告白されたりして、彼氏できちゃうかもしれないでしょ? そうじゃなくても、優子は頭いいから、どうせあんたとは別な進路を進むだろうし」
痛い所をズバズバ言ってくるな、吉岡のやつ。
確かに吉岡の言う通りだ。
櫻井優子がフリーかどうかは知らないが、仮にフリーだとして、いつまでもあんな可愛い子を男どもが放っておくとは思えない。
あの子は優しいから、誰かに告白されて、そのまま付き合って。
嗚呼、考えただけでむかっ腹が経ってきた。
ふざけんじゃねーぞ、櫻井優子は俺の天使なんだよ。
「……オイ、俺と櫻井の仲を取り持つって話、本当だろうな?」
「約束さえ守ってくれれば、ね?」
「ちっ、しょうがねーな……その代わり高瀬にフラれても文句言うんじゃねーぞ」
「じゃ、決まりね。絶対に恋を実らせる同盟、結成ね」
こうして今まで一年間、いがみ合っていた俺と吉岡は、昨日の事件をきっかけにお互いの恋愛を成就させるため、同盟を結ぶことになった。
昨日の敵は今日も友ということわざが、現実に存在するとは思わなかった。