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第八章 夢に向かって

翔太は、ある選択をした。環境が整ったジムではなく、地下格闘技を選んだのだ。ただ腕っぷしに自信のある不良たちが、ガツガツ殴り合いをし、ただの喧嘩としか思えない試合をしている場所だ。不良や暴走族の集まりで、翔太とは無縁の場所だった。  

 翔太は、ボクシングのスタートの場として地下格闘技を選んだのだ。翔太より年下ばかりで、ジム内は煙草の煙でどよんでいた。

 翔太がはじめにに来た頃は、皆に無視されていたが、翔太の強さに驚き、それよりも何によりも翔太の優しさにふれ、多くの不良たちが翔太を囲むようになっていた。

しかし、翔太が医者である事は、誰一人知らなかった。

 翔太は、この不良たちが可愛くて仕方なかった。そして、可哀そうにも思えた。自分は裕福な家庭に育ち、理解のある父親が応援してくれている。しかし、この不良たちは格闘技が好きでここにやって来たのか、ただの逃げ場所だったのか、理由は分からないが翔太は素直で優しいこの不良たちに愛を注いでいた。


 ある日一人の不良が、

「兄貴、ここにおる奴は皆タトゥーを入れているよ、兄貴は入れないの」

「タトゥーねえ、そうだな、考えとくよ」

 翔太はタトゥーの事は、全く考えていなかった。タトゥーに対して偏見を持っていたのは事実であったが、タトゥーを入れることで、自分が何か得る物があるのか考えてみた。

 入れる理由もない。また、入れない理由もない。タトゥー一個一個に意味があるのかもしれない。誰のためでもない、自分の思いや思想、自分の歴史を刻む事も人生の一部だ。

自己表現の仕方は人それぞれ違う、そう思うとタトゥーに対しての偏見はなくなっていた。

 それから一か月後、翔太はタトゥースタジオに行っていた。

ベッドにうつ伏せになり、両親に詫びながら痛みに耐えていた。

 翔太は、デザインを「北斗の拳」に決めていた。主役のケンシロウが、暴力で民を支配する悪党たちに立ち向かい、怒りの拳を振るう物語だ。      

 翔太は、そんなケンシロウの生きざまが好きだった。体には二体を彫った。ケンシロウと実の兄弟であるラオウである。兄弟でありながら、宿命的な闘いを織りなす物語に興味を持っていたのだ。

 翔太は地下格では対戦する相手がいなくなるくらい強くなっていた。誰もが敬遠する格闘家になっていたのだ。

 翔太が次を目指したのはアウトサイダーだった。アウトサイダーとは、アマチュア選手たちの育成のための格闘技大会だ。

 地下格闘技とは違って、プロを目指す格闘家たちが多く試合に出ていた。多くの観客の前で闘うのだ。

 翔太はアウトサイダーでも負け知らずで、ライズ、ディープ、修斗などのプロ選手たちとも闘い、格闘技界でも高い評価をもらっていた。


 ある日翔太は、トレーナーから総合格闘技の大会がある事を聞かされた。プロになるチャンスだ。マネージャが主催である団体に動いてくれた。待ちに待ったオフアーだ、それもフエザー級のタイトルマッチだ。

 翔太はやっとプロになれると思うと、圭介の顔が浮かんだ。対戦相手はマネージャから聞かされていた。

「俺、タイトルマッチで圭介と闘うの」

嬉しさと懐かしさで自分の気持ちを抑える事ができなかった。 

 翔太は試合の日程を、一番に父親に報告した。父親は嬉しそうに、

「翔太、よく頑張ったな。いよいよプロデビュー戦だ。これからがプロ格闘家としての力が試される、覚悟するのだな」

「親父、ありがとう。親父の理解があったからここまでやって来れたんだ。会場で俺の闘いと成長を見ていてほしい」

 翔太の父親は、内心ではパンツ一丁になり何万人の前で闘う息子のプレッシャーを思うと複雑な心境であった。

 カード発表から二週間が過ぎた。やっと圭介に会える、楽しみにしていた試合前の記者会見が始まった。

 二人とも対戦相手は知っていた。嬉しい気持ちを抑え、何年か振りの再会に胸をはずませていた。

二人の煽りが始まる。この煽りⅤがフアンにはたまらなく、チケットを買うか買わないかのカギを握っている。また、主催者側の興行収入にも関与するのだ。

 二人はプロ格闘家の顔になっていた。挑戦者翔太の煽りから始まった。

「椎名圭介王者は無敵だと聞いています。でも僕との試合後、立場が逆になっていると思います、覚悟しといて下さい。フアンの皆さん、チャンピオンベルトは俺が頂きます。しかし、こんなリスクしかない闘いを受けてくれた王者椎名圭介選手に感謝しています」

 次に、圭介の煽りが始まった。

「あのさあ、対戦相手のうわさは聞いていたけど、地下格から成り上がって来たんでしょう。ちゃんとした試合になるのかな。オフアーが来た時、まじ相手にならないと思ったけど、格闘技を盛り上げるため受けたんだよ。今の気持ち、簡単に秒殺します」

 この煽りは本音ではない。格闘を盛り上げるための演出なのだ。二人は嬉しかった。

 煽りの言葉は乱暴だったが、お互い二人にしか分からない友情を感じ取っていた。

翔太は、一カ月後の試合に向けての減量を始めた。現在の体重七十六キロから六十六キロの十キロを落とさなければならないのだ。


 過酷な減量に命がけで挑んだ。母親が減量食を作ってくれた。栄養バランスを考え、翔太の体のコンディションに応じた減量食を作ってくれていたのだ。

本人の努力と母親のお陰で契約体重はクリアした。 

 翔太は、家に帰ると父親にチケットを手渡した。嬉しそうに四枚のチケットを手渡し、家族みんなで自分の姿を見てほしい事を伝えた。

 すると、父親は自分のカバンから三枚のチケットを取り出した。

「チケットは購入していたんだよ。お母様は怖くて行けないと言うから、私とお前の兄二人で応援に行くよ」  

 翔太は嬉しかった。父親が事前にチケットを購入し、家族で観戦してくれる、その事を思うと必ず勝ちたいと思った。

 翔太は親不孝の自分に、それでも愛を注いでくれる父親に心から詫びた。自然と父親を強く抱きしめていた。その時翔太は、父親の体が一回り小さくなっているのを初めて感じた。

「親父、明日は絶対勝つから安心して観ていて」

「ああ、分かっているよ」

 六十歳の父親の目じりのしわが優しく、翔太はそのしわを心に刻んだ。

 試合当日、家族が見送ってくれた。しかし母親の姿はなかった。母親は翔太が見えない所で両手を合わせ見送っていた。     

 翔太は観客の多さに驚いた。三万人の観客だ。不思議と緊張する事はなかった。

リングに上がる前、家族を探した。前列に父、兄、そして、いないはずの母の姿があった。下をうつむき不安そうにしている。

その母親の姿を見て、

「お袋ありがとう、来てくれたんだね。お袋のためにも頑張るよ」

母親に自然と頭を下げていた。

 さあ、試合開始だ。一、二ラウンド勝敗がつかず、ファイナルラウンドへ。

 翔太の顔に、圭介の右ストレートが、圭介の顎に翔太の左アッパーが。鮮血と同時に二人が倒れそうになる。その時、二人は止まってしまった。

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