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第三章 スアとの出逢い、そして、新しい家族

 ハンギョルはスアの顔を見るなり、

「スアや、どうしてお前が鍵を持っているのだ」

「あっ、あの~」

「スアどうしたのだ、スアらしくないではないか。はっきり説明するのだ」

「はい、お父様、人がいます」

「人、私の知っている者なのか」

「いえ、誰も知らない人です」

 ハンギョルは、門下生のミョジュンに翔太を連れて来るよう命じた。このミョジュンは門下生十名の中で一番頭が良く、実は両班の出なのである。その事を知っているのは、ハンギョルとスアの二人だけであった。


 ミョジュンが翔太を連れて来た。ハンギョルは翔太を見るなり、立ち上がった。

 まず、翔太の髪の色に興味を示した。次にタトゥーを見て不思議そうに呟いた。

「スアや、この男どこから連れて来たのだ」

「はい、お父様。薬草を探しに山を歩いていたら、雪の中で寒そうに腰を落としていました」

「ふ~ん」と言いながら、ハンギョルは腕を組んだ。

 翔太は、ハンギョルの顔を見ながら怯え、助けを求めるかのようにスアの顔を見た。

「お父様、この方は怖しい人ではありません。通りすがりに、私が連れて来たのです」

「この顔の傷、足のあざ、誰かに殴られたようだが、訳を聞かせてはくれぬか」

 ハンギョルは、翔太に初めて口を開いた。

「すみません、言葉が分からないのです」

翔太は、恐る恐る日本語で答えた。

「どこの言葉なのだ。初めて聞く言葉だ」


次にハンギョルは、翔太の体を触った。

「この絵はどうしたことか、触っても消えない。罪人や奴隷が分かるよう熱した鉛を、顔や腕に焼き付けることはあるが、どうもこれとは違う。ミョジュンよ、お前はどう思う。答えてみなさい」

「はい師匠、見る限り焼き印ではなさそうです。この絵図も初めて目にします。絵師を連れて参りましょうか」

「いや、いや、慌てなくてもよい。この男の目は、人に危害を与えるような目ではない。しばらく様子を見ようではないか」 

 翔太は言葉は分からなかったが、ハンギョルに何か温かいぬくもりを感じた。

「スアや、この男をソヨナの家に預けてくれないか。面倒を見るようお願いするとよい」

「はい、お父様、今からソヨナの家に連れて参ります」 

 スアは翔太の横に立った。そして、翔太の手を引っ張った。それを見ていたミョジュンは、厳しい表情で二人を見ていた。


「着きました。ここでしばらく養生して下さい」

 翔太は、スアの優しい表情にほっとした。

「ソヨナ、ソヨナ、出て来てくれる」

「スアお嬢様、どうされました」

 娘が出て来た。納屋で、翔太の傷の手当をしてくれた娘だ。

「この方が治るまで、ソヨナの家で面倒見てくれる。それが、お父様の言づてなの」

「うちでお世話するのですか。今すぐ、おっとう、おっかあを呼びます」

「おっとう、おっかあ、スアお嬢様よ。早く出て来て」

 ソヨナの両親が腰を低く家の中から出て来た。

「これは、これは、スアお嬢様」

「お父様に用を頼まれたの」

「こんなむさ苦しい所に、足を運んで頂いて申し訳ございません。呼ばれましたら、私どもが出向きましたのに」

「いいの、心配しないで。急ぎだったから私から出向いたの。あのね、お父様からお願いがあるの」

 スアは木陰に隠れている翔太を呼んだ。ソヨナの両親は翔太に顔を向けた。

ソヨナの父親は、驚きで声も出さず、後ずさりしてしまった。

 母親は「アイゴー、アイゴー」と言いながら、その場で腰を抜かしてしまった。

 二人は翔太の身長と金髪に驚いてしまったのだ。

翔太の身長は、百八十五センチ。その時代の朝鮮には、このような大男はいなかったのであろう。驚いても当然のことである。

「驚かないで、この人は化け物ではありません。傷を負っているの。しばらく面倒を見てあげて」

 ソヨナの両親は、主の命令に従わなければならない奴婢(ぬひ)であり、ハンギョルに恩を感じていたのだ。

「スアお嬢様、分かりました。医官様にお伝え下さい。私どもが、この者のお世話を致します」

 ソヨナの父親は賤人で苗字がなく、村人から「ケタン」と呼ばれていた。ハンギョルの家で家僕として働いていたのだ。

 母親は「ムスン」と呼ばれ、同じくハンギョルの家で賄い婦として働いていた。 

 二人は奴婢で、以前両班の家僕として働いていたが理由もなく叩かれ、疲れ果てた二人は子供と一緒に夜逃げしたのだ。死ぬ思いでたどり着いた場所が恵民署だった。今は、幸せに暮らしている。ハンギョルには大きな恩があるのだ。


 ソヨナの家族は、翔太を見ながらため息をついた。出てくる言葉は「アイゴー、アイゴー」

「アイゴー、どうしたらいいのだ」

ケタンは、翔太を見ながら頭をかかえた。

身体はでかい、髪は金髪、何よりも言葉が通じない。庭先で頭を抱えていると、長男が帰って来た。

名前はイルム、年齢は翔太より二つ下の二十八歳だ。イルムは翔太を見るなり、

「おっとう、こいつ何者なんだ。化け物じゃねえか。なんで髪が光っているんだ。体もでかい、飯も一升を一人でたいらげそうだ」

 イルムもその当時、身長は高い方ではあったが、翔太とは頭一つ違っていた。

ケタンは、ハンギョルの命で翔太を家で預かることを話した。

 イルムは怖がることもなく、翔太に近づいた。

「なあお前、俺の分まで飯喰ったら許さねえからな。おっかあ、早う飯にしてくれ、腹ペコで薪を割れねえよ」

 イルムは体のほこりを落としながら、家の中に入って行った。


 翔太が家に入ると、おいしい臭いがした。家族は座卓を囲んだが、箸が進まずため息ばかりついていた。

翔太の麦飯は、イルムの麦飯より二倍近く多く盛られていた。

「おっかあ、俺より化け物の方が多いやないか」

イルムが不満そうに言った。

「スアお嬢様が、こいつに麦を置いて行ったんだよ。食わさにゃ、お嬢様におとがめを受ける」 

 翔太は二人の会話は分からなかったが、イルムが何度も自分の茶碗を見るので、イルムの麦飯の上に自分の麦飯を乗せた。

「おっ、この化け物分かっとるやないか」

イルムは麦飯をガツガツ食べ始めた。

 父親のケタンが憐れむように、翔太の顔を見ていた。そして、翔太の麦飯の上に骨を取った魚の身を乗せた。

「かわいそうにの~。どっから来たんか知らんが、いっぱい喰って元気になれよ」 

 翔太は、ケタンの優しさに目頭が熱くなった。そして、朝鮮に来て初めて日本の家族の事を思った。家族、特に父親を思い出し、涙が止まらなかった。

 それを見ていたイルムが、翔太の茶碗に自分の麦飯を乗せ照れくさそうに笑った。

翔太は思わず、「ケンチャナヨ」

心の中で、「大丈夫、ありがとう」と言葉を返していた。翔太は家族を思いながら、今、自分がいる場所は日本でも現代の韓国でもない、昔の朝鮮にタイムスリップしたことを心と体で感じた。

 翔太がケタンの家に来てから、約一カ月が過ぎようとしていた。

スアが毎日、笑顔を見せてくれた。元気になって行く翔太を見ながら、ときめきを感じ、翔太もスアの笑顔に安らぎをもらっていた。


 ケタン家族にも、この一ヶ月で変化が見え始めていた。

 ケタンは翔太を自分の息子のように、ムスンは優しい母親のように、ソヨナは可愛いい妹のように、そして、イルムは翔太を兄のように慕っていた。誰が見ても仲の良い家族にしか見えなかった。

 翔太は、薪を割り、水を汲み、家族のために働いた。そして、何よりスアの存在が生きる力と勇気、スアがいるだけで幸せだった


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