09 街
「入っていいですよ、オシブさん」
「ええ」
先に街へ入ったユーリアは、私に言ったのだ。
私は恐る恐る、少し開いた扉に行った。
今度は弾かれなかった。
だから中に入ることができた。
「やりましたね」
「ええ、ありがとう」
さて、それでは食事といきましょうか。
弾き飛ばされたり、ジャンプしたり、墜落したり、そして手が破損したりなどなど。
「血をたくさん失ったから補充が必要だわ」
「……わたしの血じゃダメですか?」
「その小さな身体じゃ、そんなに多くは入っていないでしょ」
「……」
私は辺りを見渡した。
私たち以外には誰もいない。
空と同じく地上にもたくさんの光があった。
建物の窓が輝いている。
あの中に獲物がいるのだろう。
他にも、道に突き刺さっている棒が何本もある。
その先も光っていた。
ユーリアが目の前に現れた。
「あれ街灯ですね。魔石と呼ばれる石を加工することで、夜になると光るんですよ」
「何でそんなことをするの?」
「だって明るくしないと、暗くて見えないじゃないですか」
「ああ、そうだったわね。他の種族の視力はそんなによくなかったのね」
「オシブさんは暗くても見えるんですか?」
「ええ。吸血鬼は暗闇でもはっきり見えるわ」
「すごいです!」
ユーリアは、音を立てながら羽ばたかせている。
彼女は笑顔だった。
飛ぶのに、だいぶなれたようだ。
そんな時、彼女のずっと後ろに影があることに気付いた。
「あら、獲物が現れたみたいね」
「ち、血をちょっといただく……だけですよね?」
私は、ユーリアの質問には答えなかった。
今は影に向かって行くだけだ。
近付くにつれて、影はどんどん大きくなっていく。
さらにふたつの赤い光が追加された。
巨大な口が開いた。
鋭い牙がキラリと光る。
次の瞬間、その口が迫ってきた。
「オシブさん!」
バチン、という乾いた音が響いた。
私が襲ってきた者をビンタした音だ。
それは横に吹っ飛び、建物に激突した。
今度は派手な音と振動が辺りをおおう。
「何だ、今の爆音は!」
「タンスが倒れちゃったわ!」
「おお!部屋が崩れてしまったわい!」
「誰だ! こんな時間に暴れているのは!」
あちらこちらから叫び声が聞こえてきた。
フフ、獲物が集まってきそうだわ。
おかげで探す手間が省けそうね。
二足歩行の生き物たちがたくさんやって来た。
しかし私を――いや、影の奴を見て叫び声を上げた。
「ぎゃああ! 魔物じゃねぇか!」
「何で街の中にいるんだよ!」
「クソ門番が! 閉め忘れながったな!」
「お、お嬢ちゃん! は、早く逃げるんだ!」
「オシブさん! 大丈夫ですか?」
ユーリアがそばまで飛んできた。
私は、彼女の頭を撫でてあげた。
「平気よ。あんなの魔界じゃよく見るもの」
「ええ? あんな恐ろしい魔物がですか?」
私を襲ってきた者、それはヘビだ。
私の身長の四、五倍はある巨大な白いヘビだ。
倒れていたそれは、ゆっくりと起き上がる。
私と目が合うとおびえた表情をした。
背を向けて離れていく。
「ぎゃああ! こっち来んな!」
「逃げろ!」
「嫌だ、死にたくねぇ!」
「た、助けてくれ!」
ヘビは野次馬たちに向かった。
「バカ! そいつらは私の食べ物よ。アンタなんかにあげるつもりはないわ!」
私はジャンプして、ヘビの背中に飛び蹴りをぶちかました。
ヘビはのたうち回ったが、やがて動かなくなった。
「正直これ美味しくないけど、仕方ないわね」
私はヘビの身体に噛み付いた。
すでに死んでいるから、血の味はイマイチだった。
「ギブアップ。もういいでしょう」
不味すぎて気分が悪くなった。
だから私はヘビから口を放す。
ヘビの身体は一回り痩せてしまっていた。
けっこう血を吸ったわね。
ユーリアが声をかけてきた。
「すごいですオシブさん! 一瞬で倒してしまうなんて」
「たいしたことないわよ、こんなザコ」
すると野次馬たちが声をかけてきた。
「すげえよ、こんなバケモノやっつけるなんて!」
「いやぁ本当に助かったよ、ありがとう!」
「マジすげぇな嬢ちゃん! ひょっとして冒険者かい?」
「冒険者程度であんな魔物倒せるもんかい。きっと女神様に選ばれた聖女様だよ」
女神という単語が耳に入ったせいで、あの忌々しいエルフを思い出してしまった。
不愉快だ。
ヘビの不味さと相まって吐き気がする。
私はヘビの死体から放れた。
そしてユーリアを連れて門の方へ向かう。
「ちょっ、オシブさん?」
「こんな街、さっさと出るわよ」
「今日はここで休まないんですか?」
「森の中でいいでしょ」
「もしかして、女神様に導かれた人と言われたからですか?」
「……」
「あまり気にしないでください」
「……私はよくても、あなたはよくないでしょ?」
「わたしは大丈夫ですよ」
ユーリアに振り返って、彼女の顔を両手でつまんだ。
「そんなコウモリにされたのよ! 嫌でしょう?」
「オシブさんと一緒にいますから平気です」
「変に強がらないの」
「本気です」
この子といると調子が狂うわね。
やっぱり見せしめに誰か殺そうかしら?
そうすれば私のことを嫌いになるはず。
コウモリにされたことを憎むはず。
私を全ての諸悪の根源だと罵るはず。
それが魔族にとって最高の褒め言葉なんだから。
でも今の私に血を吸う余裕があるかしら?
ヘビのせいで食欲がないけど、幼い子どもぐらいなら残さず食べれると思う。
とその時だった。
目の前にひとりの生き物が現れたのだ。
人間の女だった。
メガネをかけて、茶色の三編みをしている。
彼女はメイド服を着ていた。
そのメイドが言った。
「あの……待ってください」
私はユーリアを放した。
そして髪を払って、腕組みをした。
「何よあなた。私たちはこれから街を出るの。邪魔するなら殺すわよ」
「ちょっとオシブさん乱暴ですよ」
いけないことなのか?
魔界では普通の挨拶だ。
このあとは、罵り合うか、殺し合うかのどちらかだ。
まあ本当に命を奪ってしまうのは稀だけど。
ユーリアとやり取りをしていると、メイドは言った。
「お姉さんすごく強いですね。もしよかったら冒険者ギルドに来ていただけませんか?」