08 開く門
「痛いわねっ!」
「ちょっ、オシブさん!?」
私は吹っ飛ばされて、石造りの道に転がり回った。
ユーリアは私の手から離れ、宙を飛んでいる。
彼女は翼を必死にバタつかせていた。
しかし風に吹かれてあらぬ方向へ飛んで行こうとしていた。
「こら! 待ちなさい!」
私は起き上がり、ジャンプする。
空中を漂っていたユーリアは、すぐに捕まえることができた。
「あ、ありがとうございます」
「乱暴に扱っちゃってごめんなさいね――あっ」
「ひっ! た、高い」
勢いよくジャンプしてしまった。
私たちは空高くまで上昇してしまったのだ。
力加減を間違えてしまったな。
でもまあ、雲まで上がらなくてよかった。
「しっかり捕まってなさい」
「ご、ごめんなさい。手が今は翼になっちゃって、うまくしがみ付けないんです」
「だったら、ほら。私が抱き締めてあげるわ」
「え、え、ええ? 恥ずかしいです」
「贅沢言わないの。この高さから落ちたら助からないわよ。ほら早く」
「お、お願いします」
「吸血鬼だから体温は低いのよ。ごめんなさいね」
「いえいえ。オシブさんあったかいです。胸もやわらかくて――」
ユーリアは頭を振った。
「ごめんなさい! エッチなこと言っちゃって」
「気にしてないわ。別に女同士なんだし」
ユーリアは、私の胸に抱かれて静かになった。
彼女の呼吸が、私の身体をあたためていく。
私は真下に顔を向けると、街の全体が見えた。
城壁は円になっていて、それに囲まれるように建物がいくつも建っていた。
中央にそびえ立つ城が大きくて目立つ。
街の支配者の居城か。
その身体に流れる血はきっと美味しいんだろうな。
「しかしどうして街に入れなかったのかしら? 門はちゃんと開いていたのに」
「そ、それはきっと――」
「まあいいわ。このまま街へ落ちればいいのだわ」
「え? 待ってください!」
「心配しないで。あなたには傷付けさせないわ。私がクッション代わりになってあげるから」
「いやオシブさんは吸血鬼ですからおそらく――」
「大丈夫よ。私の身体はグチャグチャになってもすぐに再生できるから」
「ですからやめてください!」
「黙ってなさい。そろそろ落ち始めたわ」
小さかった街がどんどん大きくなっていく。
ユーリアはまだ何かを訴えていた。
高い所は苦手だったのかしら?
などと考えていると、建物が迫ってきた。
いくつかある建物の隙間、そこへ落ちそうだ。
と思った瞬間、私はまた上昇してしまった。
「――!?」
背中に痛みと感じたと同時に真上、いや斜め上に飛んでいく。
そのまま街から少し離れた草むらに落ちていく。
身体から赤黒いローラが現れた。
血液の波動か。
と同時に地面に激突した。
土煙が舞い上がった。
頭が混乱する。
しかし今のは何だった?
どうして開けっぱなしの門を通れなかったんだ?
それに上空からも降りれなかった。
まさかあの街には結界がはっているのか?
邪悪な吸血鬼である私が来ることを、事前に知っていたのだな?
そんなことを考えていると、意識が遠のいていく。
死ぬ……のかな私。
「……さん……シ……ブ……さん」
少女の声が聞こえる。
「オ……シブ……さん……」
さらに後頭部に温もりを感じる。
「オシブさん!」
ユーリアの声だった。
「うう、ふあぁ」
私も声を出そうとするも、うまく喋れない。
「で、オシブさん! お、重いです!」
「失礼ね! 私はデブじゃないわよ!」
目が開くと、黒い空が広がっていた。
白く小さな光もたくさんある。
「オシブさん、早く退いてください! わたし潰れてしまいます!」
顔を動かすと、私の後頭部にユーリアがいた。
押し潰す形になっていたのだ。
「どっこいしょ。悪かったわね」
「ふう。お互いたいした怪我がなかったみたいで、よかったですね」
自分の身体を見ると、赤黒いローラが出ていた。
しかし、やがて消えてしまった。
血液の波動がクッション代わりとして、私たちを守ってくれたのか?
「全く酷い目にあったわ。街全体に結界がはられているなんて」
立ち上がった私は、汚れた服をはたいた。
振り返って、ユーリアを持った。
そして彼女の身体もやさしくはたいてあげた。
「あ、ありがとうございます」
「枕なんかにしたお詫びよ。気にしないで」
「もう一度、街に行ってみましょう」
「もういいわよ。入れないんだから」
「たぶん大丈夫です。中から招けばいいんです」
???
意味がわからないわ。
ユーリアは私の顔の辺りを飛んだ。
「だいぶ高く飛べるようになったわね」
「少しなれました。でもこれより高くは無理です」
「それで招くってどういう意味?」
「はい、吸血鬼が建物に入るには、中にいる人から招かれないと入れないんです」
「そうなの? 初耳だわ」
「そうだったんですか。今まで生活に不自由とかなかったんですか?」
「魔界にいた時はそんな制約はなかったわ。それに魔界には太陽がないし。人間界にそれがあるってしか知らなかったわよ」
なるほど、魔王が言っていた人間界に厄介な物があるとはコレのことか。
全く、建物に自由に出入りできないなんて厄介すぎるわ。
これじゃ他の吸血鬼は生き延びていないわね、たぶん。
「わたしが先に街へ入ります。そこからオシブさんを招けば入れるはずですよ」
「じゃあ、お願いするわ」
私たちは再び門へ向かった。
ところが。
「閉まっているわね」
「夜になったからだと思います」
巨大な門は、木でできた巨大な扉で閉じられていた。
私はそれを叩いた。
「ちょっと! 開けなさい」
「門番の人は……どこにもいませんね」
ユーリアは辺りを飛び回っている。
「門番! そっちにいるんでしょ! さっさと開けなさい! さもないと壊すわよ!」
「ええ! ちょっとオシブさん?」
私は扉を思いっきり殴った。
魔界にいる時は、よくこうして建物を壊したものだ。
いくら巨大でも私の攻撃を耐えられるはずがない。
吸血鬼は怪力だ。
巨大な岩も片手で持ち上げることなんて余裕だ。
ところが。
「痛いっ!」
ボギッっと音を立てて、私の右拳が変形した。
「ぎゃああ!」
あまりの痛みで、その場でのたうち回ってしまった。
ユーリアは私の近くで翼を羽ばたかせている。
「オシブさん! オシブさん!」
「へ、平気よ……」
私はしゃがんで、落ち着こうとした。
左手で右手を押さえる。
やがて痛みは弱まっていった。
私は右手を掲げた。
指は五本ともあらぬ方向に曲がっている。
そして、親指と小指がポトポトと落ちてしまった。
赤い血もダラダラと流れ落ちる。
石造りの道に、血の水たまりが出来た。
「オシブさん!」
ユーリアは泣きそうな声で叫ぶ。
私は残った左手で、彼女の頭を撫でてあげた。
「……へ、平気よ。……す、すぐに再生するから」
「でも痛いんでしょう?」
「……が、我慢できるわ」
「ちょっと失礼します」
「え? ちょっ――?」
ユーリアは、グチャグチャになった右手をなめ始めた。
彼女の赤い舌が、血塗れの手をなめていく。
すると、痛みが無くなった。
さらに右手は元に戻り始めた。
失った親指と小指が新たに生えてきた。
そして右手は、完全に元どおりになってくれたのだ。
「ど、どういうこと?」
「じ、実はわたしは回復能力があるんです」
ユーリアは恥ずかしそうに言った。
「で、でもなめないと効果がないんです」
「たいしたものだわ。喪失した部位をもとに戻せるなんて、魔界では吸血鬼ぐらいなのよ」
「でも他の人は魔法で回復できますから、やっぱりわたしは効率が悪いんです――きゃあっ! な、何をするんですか!?」
ユーリアを抱きしめた。
「ホントあなたってカワイイわね。好きよ」
「ちょ、ちょ、やめてください」
「いいじゃない、女の子同士スキンシップしましょう」
「でもよかったです。コウモリの姿になっても、ちゃんと回復が使えて」
しばらく、じゃれついたあとに、私は立ち上がった。
「扉が開かないんじゃしょうがないわね。他の所に行きましょう」
「待ってください。わたしが城壁から入ればいいんですよ」
私は城壁を見上げた。
「高いわよ。あなた登れるの?」
「がんばります」
「私があの高さまでジャンプして、そこからあなたを街へ落とすとか?」
「それでいきましょう」
「危険ね。あなたは私の目の高さを飛ぶのがやっとでしょう?」
「し、しかし」
「あなた、お腹空いてないなら、もう少し我慢して。森で何かを捕まえましょう――あら?」
今日は森での野宿を考えた時だった。
足元の異変に気付いたのだ。
血の水たまりが動いていたのだ。
私の血。
それが一匹のコウモリのような物に変化、さらに数匹へと数を増やした。
宙に浮かんだそれらは、扉へと飛んでいった。
扉と扉の隙間に入り込む。
血の入った付近は、やがて赤くなった。
そして。
音を立てながら、扉は開いたのだ。
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