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07 コウモリになったユーリア

「あ、あれ? か、身体が重いです?」


 ユーリアは、翼をぎこちなく羽ばたかせていた。

 しかし徐々に下がっていった。

 そして地面に落ちてしまった。


「あ、あれ? で、オシブさん? 何だかオシブさんが大きくなっていますよ?」


「違うわ。あなたが小さくなったのよ」


「ええ!? わ、わたし、小人になっちゃったんですか?」


「コウモリね。コウモリとしては大きいほうかしら」


 丸い形の身体。

 大きさは私の顔ぐらい。

 翼は小さい。

 逆に、目と口は身体のサイズにしては大きい。


 そして、身体の色はやはり紫だった。


「そ、そんなぁ。も、もうお嫁に行けません……」


「あのエルフの呪いか? 面倒なことになったわね」


「あ、あのお方は女神様です。わたしが聖女様に仕えるように命じたんです」


「それで、よりにもよって吸血鬼なんかに関わったから、天罰ってやつを受けたわけか」


「そうみたいです。わたしが不甲斐ないばっかりに……」


「巻き込んで悪かったわね。全て私のせいよ。恨むがいいわ」


「と、とんでもございません! オシブさんには感謝しかないです!」


「バカ。憎しみを向けなさいよ」


 私はユーリアを抱え込んだ。

 そして木にもたれる。

 彼女の頭を撫でてやる。


「気持ちいいです。ありがとうございます」


「バカね。喜んでいる場合じゃないのよ。今のあなたは人間じゃないの。わかっているの? 醜いコウモリなのよ」


「でもオシブさんは、わたしを心配してくれました」


「あなたはただの非常食よ! バカ!」


 とはいえ、姿が姿なだけにあまり美味しそうに見えない。

 いや、もしかしたら美味しいかもしれない。

 まあ、そんなことはお腹が空いた時に考えればいい。


 ユーリアは翼を羽ばたかせて飛ぼうとした。

 しかし地面から少し浮くのがやっとだったようだ。

 彼女は地面に倒れ込んでしまった。

 荒い呼吸をしている。


「……ハァハァ。わ、わたしは……ハァハァ……足手まといになりますね。こんな姿じゃハァハァ……」


「息が臭いわ、黙りなさい」


「はう」


 悲しそうな表情をするユーリアを、私の膝に置いた。

 頭を撫で、翼や足をもんであげた。


「ふははははは! や、やめてください。くすぐったいです、ははは」


「あのエルフを殺せば、あなたは元に戻るのかしら?」


「……た、たぶんダメだと思います」


「なぜ?」


「吸血鬼、というか魔族は女神様とは敵対する存在。そんな人と仲良くなったら、それは女神様や代々聖女様にお仕えしてきた先代がたへの裏切りです」


 彼女は泣き出した。


「きっと一生この姿のままです」


「もしかすれば私を殺すと、元どおりになるかもしれないわよ」


 するとユーリアは怒った。


「そんなこと絶対しません! オシブさんに酷いことしてまで人間に戻ろうなんて考えませんよ、わたしは!」


「……変わってるわね、あなた」


「家族から売られたんです」


「は?」


「わたしが奴隷になった理由です」


「……教えてくれてありがと」


「従者として秀でた姉がたくさんいるんです。それに比べてわたしは落ちこぼれでして。だから厄介払いされたんですよ」


「なに笑ってるの。ホントは憎んでいるんでしょ? 家族に復讐したいなら手伝ってあげるわよ。ウフフ」


「いえいえ。とんでもないです! むしろ捨てられたことに感謝してるんですよ。だってこうしてオシブさんと知り会えたんですから」


 私はユーリアを抱きかかえたまま、森の中を歩いた。

 いつまでも、こんな辺境にいたって良いことはないだろう。

 早く森を出たい。

 だから、微かに血の――人間の血の匂いがする方へ進んだのだ。


「思ったとおりね。森を出られたわ」


 頭上を覆っていた葉が無くなった途端、私は光に照らされた。

 すると血液の波動の効果で赤黒い湯気が出てきた。


 しかし空は赤くなっていたのだった。

 太陽の光は降り注いでいるが、先ほどに比べると弱くなっている。

 そのためだろうか、赤黒い湯気もさほど濃くなかった。

 ユーリアが言った。


「もう夕方になってしまいましたか。もうすぐ夜ですよオシブさん」


「ということは忌々しい太陽が消えてくれるのね?」


 砂利の道が現れた。

 その横、遠くの方に草むらが広がっている。

 そこには無数の生き物がいた。

 白い毛に覆われている。


「あれはなに?」


「羊ですね。近くに民家があるのでしょう」


「できたら街がいいわね。食料の血が多そうだから、ウフフ。ねえユーリア、街はどの方角にあるの?」


「ごめんなさい。この辺りは初めて来たものですから、よくわからないんです」


「気にしなくていいわ――あら?」


 曲がりくねった道の先に壁が見えた。

 まだかなりの距離が離れているけど、大きな壁であることはわかる。


「あれが街です」


「じゃあ、さっさと行きましょうか!」


 私はスキップしながら街へ向かった。

 砂利の道は、途中から石造りへと変わった。

 周りの風景も山々から、草原になった。


 正面の壁はどんどん大きくなっていく。

 私の身長をはるかに超えている。

 あの魔王ドラゴンよりもだ。


 ああ、そういえば魔王城もそうだったな。

 魔界は常に争いが絶えない。

 魔王の座を巡って皆が命をかける。

 たとえ降伏させても油断はできない。

 だから敵の侵入を防ぐため城壁を築くのだ。


 もっとも私は魔王なんかには興味はなかったけど。

 だって魔王になると色々としきたりがあるらしい。

 面倒くさいのは嫌。


 魔族は自由を好み、束縛を嫌う生き物。

 自由が奪われるなど、我慢できないのだ。


 私はユーリアに尋ねた。


「あそこに住んでいるのも人間なの?」


「たぶんそうだと思います。でももしかしたら獣人やドワーフなんかがいるかもしれません」


「獣人なら魔界にもいたわ。さっぱりした味で好きよ」


「や、やっぱり血を吸うんですか?」


「当たり前よ」


「で、オシブさんに血を吸われる人は、きっと悪い人なんですよ。だ、だからオシブさんの行為は正しくて――」


「そんなわけないでしょ。私は善人を襲うし、何の罪もない者の命を奪うわ」


「そ、そんな……」


「私を軽蔑なさい。幻滅しなさい。吸血鬼相手に変な幻想は抱かないで」


 ユーリアはまだ期待しているなどと言っていた。

 しつこい娘ね。

 まあいいわ。

 彼女の目の前で幼い子どもでも殺せばいいのだわ。

 そうすれば、くだらない夢を見るのはやめて現実を見るでしょう。

 吸血鬼なんかと関わるんじゃなかったと。

 吸血鬼のせいで、自分は醜いコウモリにされたのだと。


 もうすぐ、ユーリアの憎しみに満ちた視線と罵倒を浴びせられるのよ私。

 今から楽しみでゾクゾクするわ。


 そんなことを考えていると、ようやく街の入口、門の所までたどり着いた。


「でっかいわねぇ!」


 魔王城のそれを上回っている。

 魔王城が門をくぐれるんじゃないかと思えるくらいの大きさだ。


 あんな巨大な門を造れるということは、人間界は魔界よりも危険な世界なのかもしれない。

 だから出かけた吸血鬼が帰って来ないのだ。

 たぶん吸血鬼以外の魔族だって、人間界へ向かったことがあるはずだ。

 大半の魔族は死に、生き残りが僅か。

 それがユーリアの言っていた獣人なのだろう。


「フフ、楽しませてくれるわね」


 あの街にはどんな種族がいるんだろう?

 吸血鬼の天敵がいるのか?

 そいつに血液の波動は通用するのか?


「私が殺すか、私が殺されるか、はっきりさせようじゃない!」


 辺りが暗くなった。

 振り返ると、さっきまであった太陽は姿を消していた。

 この太陽がない時間を夜というのか。


 邪魔者がいなくなったのなら、私の狩りはスムーズにおこなえる。

 街に何人いるか知らないけど、次の朝までに皆殺しにしてやろう。


 私は、開けっ放しの門をくぐろうとした。


「忌々しい太陽は消え去ったわ! 今から吸血鬼の狩りが始まったのよ! さあ楽しい血祭りの時間が――ぼへっ!?」

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