06 血液の波動
手を見ると、そこから赤黒い血が湯気のように出ていた。
いや手だけじゃない。
身体全体から血の蒸気が立ち昇っているのだ。
それの先端は炎であった。
「何よこれ? 死にかけているから、こんな現象がおこっているの?」
実際、私の身体は崩壊と再生を繰り返している。
いずれは再生は止み、全てが崩壊してしまうのだろう。
両手を、目の前に出してジッと見つめた。
赤黒い湯気は徐々に弱まっていく。
逆に炎は強くなっていった。
すると誰かが私の手を掴んだ。
ユーリアだ。
「さっ、早くこちらへ! 血液の波動が弱まっています!」
「だから何よ! その波動とかいうやつは!?」
「説明はあとです! 早く!」
私はユーリアに引っ張られる形で、木の影に連れて行かれた。
影に入った途端、炎とオーラは消えてしまったのだ。
「ハァハァ……な、なんなのよコレ?」
急に息苦しくなった。
私はその場に座りこんでしまった。
すると目の前に手が現れた。
ユーリアの物だった。
「どうぞ吸ってください」
彼女の手の甲、そこには切り傷がある。
赤い血が流れていた。
――ゴクリ。
私は両手でユーリアの手を掴んだ。
そして傷をペロリとなめる。
甘い血が口の中に入ってくる。
次に唇をつけた。
そしてあふれ出てくる血を吸ったのだ。
美味しい、美味しい。
息苦しさがなくなっていく。
わずかに残っていた痛みと熱さも消えていく。
もっと、もっとたくさんの血が吸いたい。
私は、彼女の手首を見た。
そこを噛み付けばもっと多くの血が吸える。
だから顔を近付けようとした。
でも、慌てて顔を引っ込めた。
さらに手も放した。
手首なんて噛み付いたら、ユーリアは出血多量で死んでしまう。
今はまだ殺すべきじゃない。
まだ生かしておくべきだ。
私は人間界のことを何も知らない。
だから彼女に、人間界について色々と教えてもらおう。
殺すのはその後でも十分だろう。
私は木にもたれて上を見た。
枝や葉っぱの隙間から明るさがあった。
ユーリアが声をかけた。
「もういいんですか? もっと吸ってもいいんですよ」
「十分よ。これ以上やったら、あなたは死ぬでしょう? ごちそうさま」
「わたし、お役に立てましたか?」
「そうね。助かったわ。ありがとう」
「オシブさんのような美人の役に立てて光栄です」
「ちょ、ちょっと……あんまりお世辞は言わないで……恥ずかしいじゃない」
「ほ、本音ですよ! ウソなんかじゃありません!」
「さっきの盗賊もそうだったけど、ありえないわ」
「柿色の長い髪とってもキレイです。お顔も左右対称で。そのツリ目すごく素敵ですよ」
ユーリアもしゃがみ、顔を近付けてきた。
彼女も魔界ではあまり良い外見ではない。
でも私よりはマシなほうだ。
ユーリアは頬を赤らめて続けた。
「うわ〜。真っ赤な瞳、カッコイイですね。吸血鬼って瞳孔が猫みたいに細長いんですか」
「ま、まあそうだわね。最近、他の吸血鬼に会ってないから、今はどうなってるのか知らないけど」
「耳がすごく長いですね。絵本で見たことがあるエルフみたいです」
「あれと吸血鬼は元々同じ種族よ。だから外見の共通点があるのよ」
「そうだったんですか? いつかエルフに出会ったらオシブさんのこと話してみます」
「やめたほうがいいわね。吸血鬼とエルフは仲が悪いから」
それからしばらくの間、ユーリアは私の顔を褒め称えた。
魔界で、そのような扱いをされたことはなかったんだけどな。
もしかして魔界と人間界とでは、美醜の価値観が異なるのか?
魔界はゴブリンやオークが美形なのだが、人間界では醜い認識なのだろうか?
魔族というのは、相手から憎しみや怒りを抱かれるのは好きだ。
誹謗中傷されるのは快楽だ。
しかし外見を悪く言われるとなぜか傷付く。
理由はわからないが。
まあ、そんなことはどうでもいい。
ユーリアの興味に十分付き合ってあげたのだ。
これで彼女の血を吸った代金は支払ったのだ。
だったら、今度は私の血について説明してもらおう。
「血液の波動っていうのはいったい何なのかしら?」
ユーリアは私の隣に座った。
肩をくっつけている。
捕食者である吸血鬼相手に軽率すぎないか?
「血液の波動は昔話で聞いたんです。かつて世界を救った吸血鬼が使っていたスキルのことです」
「スキルって。いえ、それより世界を救った? 吸血鬼が?」
「はい。人々を苦しめた魔王を倒してくれた、という昔話です」
「……たぶん、餌となる者たちを、魔王に奪わられないようにするためね」
「どちらにしても助けてくれたことは事実です。その血液の波動は吸血鬼の弱点を無効化するんですよ」
「だから太陽でも死ななかったのか。あの湯気みたいなのは、いわばバリアみたいなものね」
「ただ消耗も激しいみたいなんです。だって自分の血液を使うんですから」
「だから湯気が弱くなっていったのね。あのまま太陽の光を浴び続けていたら、やがてそのスキルが無くなって死んだわけね」
「たぶんそうだと思います。でもオシブさんが血液の波動を使えたってことは、やっぱりあなたは良い人なんですよ」
「バカじゃないの。私が救世主に見える?」
「はい」
「即答しない。それから否定しなさい」
「オシブさんは良い人です!」
「魔族で、吸血鬼で、良い奴なんているわけないでしょ!」
「オシブさんはわたしを助けてくれました! たとえ食べるのが目的だったとしても、わたしすごく嬉しかったんですよ!」
「今すぐ殺してあげましょうか! その小さな頭を掴んで脊髄ごとぶっこ抜いてあげるわよ!」
「どうぞやってください! そのかわり、わたしの身体は残さずキレイに食べていただきますよ!」
「……少しは怖がりなさいよね!」
こんな奴は殺しても全然面白くない。
死を望んでいる奴はダメだ。
やはり殺すのは、泣き叫んで命乞いする奴じゃないと。
私は立ち上がった。
ユーリアも真似をする。
「まあいいわ。それじゃここでお別れね」
「いえ、わたしはオシブさんについて行きますよ」
「こっち来んな」
するとユーリアはひざまずいた。
「あなたこそ、世界を救うため魔界からやって来た聖女様です」
「気持ち悪いこと言わないで!」
「わたしは聖女様に仕える従者です」
「子分なんていらないわ!」
「非常食代わりでいいんです。なんならストレス発散のサンドバックにしてください」
「ドMの変態!」
私がいくら拒絶しても、彼女は言うことを聞いてくれなかった。
「ああもう! わかった、わかったわよ! 勝手について来なさい」
「ありがとうございます!」
抱き着かれた。
私の胸の辺りで、彼女は顔を横に何度も振っている。
「オシブさんのおっぱい、大きくてやわらかい……」
「それ邪魔でわずらわしいだけなんだけどな」
「いいなぁ。わたしもこんなに大きくなりたいなぁ」
私はあなたの真っ平らがうらやましい、と言いたかったけどやめた。
それを口にすると、ユーリアがさらにおかしな行動をするのではと思えたからだ。
私は少し気になることを尋ねた。
「ところで、あなたって奴隷だったらしいわね?」
「は、はい」
「逃げた三人に買われたのね?」
「はい。あの方は公爵令嬢で聖女様です。他のお二人は聖女様の侍女です」
「何で奴隷になったの?」
「そ、それは……」
「言いたくないならいいわ。ごめんなさいね」
「いえ言います。些細なことですが、言わせてください! じ、実は――」
と、その時だった。
『ユーリア・ヤケシュ! 貴女は聖女の従者という立場を忘れましたね!』
吐き気がしそうな神々しい声が響いた。
ユーリアは、おびえた顔でゆっくり私から離れた。
声はするけど姿は見えない。
私は声の主を探そうと、辺りを見渡した。
すると目の前に強い光が現れた。
それと同時に、私の身体から赤黒い湯気が出てきたのだった。
スキル血液の波動が勝手に動いたのか?
ということはあの光は太陽の物と同じか?
『ほほう。魔族でありながら私の聖なる光を防げるのですか。しかしあれはいいでしょう。私はユーリアに用があるのです』
ユーリアは、私に背を向けてひざまずいた。
「女神様、待ってください! この方は悪い人ではありません。この人は聖女様です! 救世主様なんです!」
『駄目です。貴女は従者の役目を怠りました。その罪を永遠に味わいなさい!』
するとユーリアの身体が光った。
彼女はどんどん縮んでいく。
私は走った。
目の前にいる光の塊。
女の声を出すそれは、近くで見ると金髪のエルフだった。
私の伸ばした爪がエルフを攻撃する。
私の右腕は吹き飛んだけど、相手も左肩から右腰にかけて切断された。
『この吸血鬼風情が!』
「このエルフ風情が! 私の所有物に勝手な真似をして! 生きて帰さないわよ!」
失った右腕は赤黒い湯気に覆われたのち、元に戻った。
逆にエルフのほうは、真っ二つになった上半身だけが宙を浮いている。
『チッ! まあいいでしょう。吸血鬼! 貴女が本当に聖女だというなら彼女を救ってみなさい!』
「私は聖女でも救世主でもないわよ! ――ってコラ、待て!」
光がさらに強くなった途端、エルフは消えてしまった。
正面や真上、左右を見たけど、奴はもういない。
森は再び静かになった。
ユーリアのことを思い出し、彼女の方を振り向いた。
「――え?」
ユーリアの光はおさまっていた。
しかしユーリアの姿は変わってしまっていた。
ユーリアはコウモリになっていた。
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