05 太陽に燃える――しかし
「そうよ。私は魔界から来た吸血鬼」
私が答えると、紫の娘は酷くおびえてしまった。
フフ、いい表情だわ。
「ま、魔界? それに吸血鬼って。あ、あなたは魔王の手先なんですね!?」
忌々しいドラゴンの顔を思い出した。
私は眉間を押さえて、笑顔を作った。
「勘違いしないで。あんな老いぼれに仕えたつもりはないわ」
「でも悪い人なんですよね。さ、さっきだって盗賊の方々に酷いことしちゃって」
「あら、何か文句でもあるかしら? お腹が空いたから食事をとっただけよ」
「つ、次はわたしを食べるつもりですか?」
「そうよ。あなたって美味しい血がするのね。四人の男はあまり美味しくはなかったのよ。だから口直しにいただくわね」
さあ、おびえなさい。
泣き叫びなさい。
そして逃げなさい。
獲物のそういった態度は味を良くするのだ。
私は紫の子に一歩近付いた。
もしかしたら抵抗してくるかもしれない。
まあ、それはそれで面白いものだ。
いったいどんな反応をするのかな、と楽しみにしていると、予想外な行動を取られた。
紫の娘はその場にひざまずいたのだ。
「ど、どうぞ召し上がってください」
「え、え、ええ? な、なに考えているのよ?」
私はたじろいでしまった。
絶対逃げるか、または命乞いするか、あるいは抵抗するかのどれかと思っていたのに。
まさか、潔く死を受け入れるなんて予想していなかった。
口に手を当て、彼女の姿を見つめた。
紫の子は目を閉じている。
顔の前で両手を組んでいる。
「あなたはわたしを助けてくれました」
「は? そんなことした覚えはないわよ」
「盗賊に殺されそうになっているところを助けていただきました」
「あなたを美味しく食べるためよ。だから邪魔な男を殺しただけ。それだけよ」
「あ、あと、わたしが投げ飛ばされた時、受け止めてくれました」
「美味しそうな食べ物だったからね。傷がついたら味が落ちると思ったの」
「理由はどうであれ、わたしを大事にしてくれました。すごく嬉しい」
「これから殺そうっていうのに。バカじゃないの?」
罠か?
私を油断させて必殺の一撃をお見舞いするつもりなのか?
その必殺技がどのようなものかはわからないけど。
「ま、まあいいわ。フ、フフフ。か、覚悟なさいよ」
「美味しくなかったらごめんなさい」
私はゆっくり歩いた。
彼女の背後にまわる。
紫色の髪をさわってみた。
「……やわらかいわね」
「ありがとうございます。きっと髪の毛も美味しいですよ」
「う、うん」
腰までとどく長い髪だった。
私と同じくらいの長さだ。
だからといって親近感がわくわけでもないが。
紫の子の肩に手を置いた。
やわらかい肩を軽く握る。
髪をかき揚げ、首をさらけ出させた。
その白い皮膚に指を当てると、脈の動きを感じる。
あとはここをガブッと噛み付けばいいだけだ。
しかしなぜか躊躇ってしまう。
もしかしたら彼女の血は毒なのかもしれない。
わずかな血では効果はないが、大量に吸えば死にいたる。
なるほど吸血鬼の天敵とは、人間界のナスビ族だったのか。
でも。
別に死んでもいいや、と思ってしまった。
この生き物の血は美味しかった。
もっと味わいたいと思った。
だったらその欲望を優先しなければいけない。
その結果、死ぬことになっても別にかまわない。
吸血鬼とは――いや魔界に生きる者――すなわち魔族とは目先の欲を大事にする存在。
私は紫の娘の首筋に息を吹きかけた。
「――ひゃん」
彼女はビクッと震えた。
次にペロリとなめた。
「きゃはは! くすぐったいです!」
たとえ毒であろうと、大量に血を吸えば、この娘は死ぬだろう。
彼女の体温に安らぎを覚える。
なんだか彼女の声や仕草が心地よく思えてきた。
これからどんな行動をするのか見てみたくなった。
「気が変わった。だいたい四人も食べているから、お腹も空いていないのだわ」
「そ、そうなんですか……」
「あら、がっかりしたかしら?」
「い、いえそんなつもりじゃ」
「死ぬのが望みなの?」
「そ、そりゃあ生きていたいですよ」
「毒で私を殺せず残念ね」
「どういう意味ですか? わたし毒なんて持っていませんよ」
「こっちの話よ、忘れなさい」
彼女は立ち上がって私を見つめた。
彼女の背は私より少し低い。
彼女は笑顔で言った。
「自己紹介がまだでしたね。わたしはユーリア・ヤケシュと申します。わたしの家は代々、聖女様の従者をする家柄なんです」
そして頭を下げられた。
「助けていただいて、本当にありがとうございました」
「だから助けてないって」
全く、餌になる生物の名前なんて興味ないんだけど。
まあ教えてくれた以上、こっちもお返ししなきゃ帳じりがつかないわ。
柿色の髪を払って、腕組みをした。
「私の名前は、オシブ・ザ・パーシモン。魔界のどこにでもいる吸血鬼よ」
「よろしくお願いします。あ、あのう……」
ユーリアは口に手を当てて、モジモジと身体を揺らし始めた。
「なに? トイレ? ここには私しかいないから、遠慮しないで出しなさい」
「違います! そうじゃないんです!」
ユーリアは深呼吸をして言った。
「なにしに人間界に来たんですか? やっぱり魔王で命令で人間界を侵略に来たんですか?」
私は短いスカートの裾をつまんでお辞儀した。
「魔界を追放されただけよ。別に魔王に従う義理もないわ。……ただ」
「ただ?」
ユーリアはゴクリとつばを飲んだ。
小さな音のはずなのに、やけに響く。
「ここで生活することになったわ。もしかして、あなたや死んだ男たちが、この人間界の主だった住民なのかしら?」
「わたしや彼らは人間です。他にも種族はいるらしいのですが、わたしは出会ったことはありません」
「そ。まあいいわ。私はあなたたち人間の血を吸わせていただきます」
「人間に害をなすなら、やはりオシブさんは悪なのですね!」
「はぁぁ。その『悪』って単語がたまらないわ。あなたの敵意に満ちた瞳も好き」
吸血鬼、というか魔族という種族は、相手から悪く思われるのが好きなのだ。
憎しみや怒りといった感情を向けられると嬉しくなる。
「オシブさんは魔界の吸血鬼で魔族ですごく悪い人なんですね。で、でも」
ユーリアは、私の両手を握った。
彼女の紫の瞳が、私をじっと見つめる。
そこに憎しみや怒りといった感情は感じられなかった。
「あなたからは、なぜか正義を感じるんです」
殴られたような感覚に襲われた。
倒れてしまいそうになったが、どうにか踏み止まる。
「バカ言わないで! 私に『正義』なんてあるわけないでしょ! 私にあるのは『邪悪』だけよ!」
「いえ、そんなことはありません! 本当に悪い人は自分のことを『悪』だなんて言いませんから!」
「魔界にいる奴らはみんな自分を『悪』って言うわよ」
「じゃあ、きっと魔界にいる魔族さんたちは、きっとみんな良い人なんですよ」
「なによ、その理屈」
私は彼女の手を振りほどいた。
いつまでも一緒にいると調子が狂う。
じゃあ今すぐ殺すか?
お腹に手を当てた。
ダメだ、空腹じゃない。
食べるつもりがないなら、無闇に殺してはいけない。
「さよなら。次に会ったら死んでもらうわ」
「あ、あの。わ、わたしをオシブさんの……」
ユーリアが言いかけた、その時だった。
私の身体が急に熱くなったのだ。
あっという間に炎に包まれた。
「いやああ!」
間抜けな悲鳴が森に響く。
いったい何が原因でこうなったんだ?
予想もつかない。
私が一人で焦っていると、ユーリアが手を引っ張った。
「オシブさん! こっちへ! 木の影に隠れれば炎は消えるはずです!」
「はあ? なに言ってるのよ?」
「朝になったんです!」
「わけがわからないわ」
「太陽が昇ったんですよ。ほら!」
ユーリアが指差した方へ振り返ると、大きくて丸くて光る物があった。
あれが太陽なのか?
影に隠れれば助かるのか?
でもなぜか助かりたいという欲望はなかった。
だからユーリアを突き飛ばした。
「な、何をするんですか?」
「借りを作りたい気分じゃないの。さよなら」
お腹いっぱい食事をした。
それだけで十分。
見知らぬ人間界なんかで、いつまでも生きていけるなんて思えない。
それにユーリアから友好的な扱いをされた。
敵対的な態度を期待していたのに残念だ。
他の連中もユーリアと同じなのかもしれない。
それは気持ち悪い。
だったら、いっそのこと焼かれて死のう。
私は目を閉じた。
あとは死を待つばかり。
……ところがいつまでたっても死なない。
意識はちゃんとある。
痛みと熱さはあるものの、それらはさほど強くない。
目を開けると、肉体は損傷しているが、再生もしていたのだ。
そして炎とは別の物もあった。
赤黒いローラのような物。
それが私の身体から出ていた。
炎とオーラの奇妙な組み合わせ。
何よこれ?
気持ち悪い。
するとユーリアは驚いた声で言った。
「そ、それは? その赤黒いオーラ、そのスキル。ま、まさか血液の波動?」
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