03 紫色の少女ユーリア
私は馬たちのあとを追った。
土の道が、森を貫いていたから移動は楽だった。
人間界の馬というのはあまり速くないようね。
もう彼らの後ろ姿が見えてきたわ。
「それとも主人を乗せているから遅いのかしら」
連中の姿がはっきりと分かる距離まで迫ったところで、私は足を止めた。
馬は全て止まっていたのだ。
中央に二頭の馬がいる。
それらは大きな箱に繋がれていた。
箱には、一匹の生き物が乗っている。
左右に車輪のついた箱、何だあれは?
その箱を囲むように、残りの馬たちがいた。
馬に乗っていた者が叫んだ。
「ヒャッハー! いるのはわかってんだぜ! さっさと出てきな!」
「金もメシも女も俺たちのもんだぜ!」
「どうした! 怖いのか? えぇ、聖女様よぅ!?」
男の声だった。
鳥族の、ニワトリのような髪型をしている。
服装は露出が高い。
肩の辺りはトゲが生えている。
囲んでいる残りの生き物も、同じような外見をしていた。
「そういえば一部のオークにも、似たようなファッションがいたわね」
ニワトリ頭の男たちは馬から降りた。
全員武器を持っている。
剣や槍。
中には、鎖につながれたトゲトゲの球体。
それらを振り回し始めたのだ。
すぐ後ろに私がいるのに、彼らは無防備に背中をさらしている。
今なら簡単に仕留められるけど、もう少し様子を見ていたいから我慢した。
すると箱から声がした。
「いいからさっさと出なさい!」
「で、でも自信がありません」
「お黙り! 奴隷の分際でわたくしに逆らうんじゃなくってよ!」
「ひっ」
箱の横の部分が開いた。
蓋というのは、上についているんじゃないのか?
人間界じゃ横が普通なのか?
二足歩行の生き物が一匹出てきた。
ソイツの外見は、紫色の髪、紫色の服、靴も紫色。
「ナスビ族か。でもちょっと違うわね」
よく見てみると、まゆ毛、まつ毛は紫だった。
しかし、肌と眼球と歯と口の中の色は、紫ではなかったのだ。
「魔界のナスビ族は身体全体が、それこそ血液の色も紫なんだけど、人間界にいるのは異なるのね」
外見が違うということは、血の味も違うかもしれない。
正直ナスビは美味しくなかったら嫌いなのだ。
しかし人間界に生息しているほうは期待できそうだ。
ナスビは言った。
「あ、あの。と、盗賊の皆さん。み、見逃してはもらえないでしょうか?」
女だ。
それもかなり若い。
彼女の紫色の瞳はうるんでいた。
幼い声で同じことをもう一度言っていた。
すると男たちは爆笑した。
「ギャハハ! 中々上出来じゃねーか! 高く売れそうだぜ!」
「ひっ」
ナスビ娘はその場でしりもちをついてしまった。
スカートがめくれて中が見えた。
スカートの裏地も紫色、
かぼちゃパンツをはいていたが、それも紫。
ただ生えている二本の脚は紫ではなかった。
「もしかしてナスビのコスプレでもしているのかしら? 惜しいわね、せめて肌の色も紫に塗りなさい」
私がそのようなことを考えていると、男たちが動きをみせた。
「おい御者! よく見りゃテメェも上玉じゃねぇか! たっぷり可愛がってやんぜ!」
御者と呼ばれた、箱に乗っていた生き物は言った。
「冗談じゃないわ! 誰がアンタらみたいなブサメンと付き合うもんですか! アタシはイケメン以外お断りなの!」
「いいねぇ! テメェみてぇな気のつえぇ女をボコボコすりゃ気持ちいいぜ!」
ひとりの男がそう言うと、他の男たちがドッと笑った。
御者娘は箱に顔を向けて叫んだ。
「ちょっと聖女様! 早く逃げようよ! アタシ、あんなのにさわられたくないわ!」
「仕方ありませんわね。貴女、先に出てくださいな」
「はいはーい。私が出てきたらもう安心ですよー」
尖った帽子をかぶったのが現れた。
そのあとから、もうひとり出てきた。
箱にいる四人は全員女だ。
最後に現れた金髪は、起き上がっていた紫に怒鳴った。
「ちょっとユーリアさん! ちゃんと盗賊を撃退していただかないと困りますわよ!」
ユーリアと呼ばれた人間界版ナスビ族の娘は答えた。
「む、無理です聖女様。私は戦闘には不向きなのはご存知でしょう?」
「お黙り! もっとも身分の低いのはユーリアさん、貴女です。ですから貴女が身をていして、わたくしを守らなければいけないのですわ!」
御者とトンガリ帽子も続いた。
「そうよ! ユーリアが真面目にしてくれたら、アタシたちは盗賊に追われなくてすんだのよ!」
「奴隷市場で酷い扱いされてたところを、聖女様に救われたっていうのに。それなのに恩返しどころか、足ばっかり引っ張って」
「そ、それは皆様が明らかに怪しい宝箱を開けたからじゃないですか。わ、私はやめてくださいって言ったのに」
「んま! 奴隷の分際でわたくしに責任をなすり付けますの!?」
「ご、ごめんなさい! そ、そういうつもりじゃないんです」
紫の子はうつむいてしまった。
しかし、ゆっくりと顔を上げて言った。
「私は聖女様にお使いする従者です。ですがそれは聖女様をいさめる役目でもあります」
金髪聖女はあごに手を当てて笑った。
「おーほっほっほ! これは傑作ですわ。そんな従者が奴隷にされていたのは貴女が不甲斐ない証拠! 自ら無能であることを認めましたわね!」
「ち、違います! これにはわけが――」
「お黙り! 口答えはゆるさなくってよ!」
聖女は光る玉を取り出した。
彼女のそばに、御者とトンガリが集まる。
「ユーリア・ヤケシュさん、貴女はわたくしのパーティーから追放いたします! せめてあの盗賊たちを撃退でもしてくださいまし」
光はどんどん強くなっていった。
そのせいで三人の姿は見えづらくなる。
紫の子は焦った声で言った。
「待ってください! 私を置いていかないでください!」
「おーほっほっほ! ごめんなさいね、この転移魔法は三人用なんですの」
転移だと?
あの玉にはそのような効果があるのか?
だったら、それを奪えば私は魔界に帰れるのだな。
しかし遅かった。
私が一歩前に出た瞬間、三人とは姿を消してしまったのだ。
二頭の馬と箱もそこにはない。
残された紫の子は、その場にひざを着いてしまった。
その彼女の背後に男が近寄る。
「痛い! やめてください!」
「ひっひっひ。お嬢ちゃん、たっぷり遊んでやるぜ」
「いや! どこさわってるんですか! えっち!」
「ケッ、おっぱいの小せえガキだな! まあいいや。オラ! 簡単に死ぬんじゃねぇぞ!」
男は紫の子を投げ飛ばした。
彼女は私の方へ飛んできたのだ。
――だから。
思わず彼女を受け止めてしまった。
「あら、近くで見ると活きのいい獲物ね」
紫の娘は口から赤い血を流していた。
やはり人間界のナスビは中身の色が違うのだな。
「だ、誰だか知りませんがありがとうございます」
幼い声同様、近くで見ると顔立ちも幼かった。
まあ、私も声は幼いほうだ。
顔は大人っぽいと思うけど。
彼女の血を、私は指で拭った。
それをペロリとなめる。
「――美味しい」
すごく美味しい。
トマトジュースとは比べ物にならないくらい美味しい。
いや、今までこんなに美味しい血液は味わったことがない。
人間界へ追放された私は絶望していた。
全然見知らぬ場所だったし、天敵がいる可能性だってあったからだ。
しかし魔界よりも、美味しい食べ物があるなら話は別だ。
「これはこれは、ウフフ。私って運が良いわよ。フフフ……あーはっはっは!」
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