表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/17

02 人間界

「何よここ? これが人間界っていうの?」


 気が付くと私は地面に倒れていた。

 茶色で固く冷たい土だ。

 魔界の、赤くてネバネバした大地ではない。


 拘束していたロープは消えている。

 起き上がって軽く体操をしてみた。


 痛みはない。

 身体も思いどおりに動かせる。


「しっかし、ずいぶん辺境な所ね」


 森の中にいるようだが、周囲の草木の様子が変だ。

 目や口は無いし、枝を動かしてきたりはしない。

 さらには歩いて来ることもなかったのだ。


「人間界の植物っておとなしいのね」


 魔界の植物は獲物が現れれば、すぐ襲ってくるもの。

 たとえ相手が格上であってもだ。


「それとも強い相手には手を出さないのかしら?」


 まあ、どちらでもいいさ。

 植物は私の好みではない。

 欲しいのは、活きのいい者に流れる血。


 などと考えているとお腹が鳴った。

 五百年も寝ていて、さらにクソババアに痛め付けられたのだ。

 そろそろ血を吸わなければいけない。

 トマトジュースだけでは物足りない。


「ずいぶんと黒いのね。それに小さな光がたくさんあるわ」


 空を見上げると、魔界のそれとは異なっていた。

 魔界の空は、血のように赤く、常に稲光が走っているものだったからだ。


「本当に人間界なのね」


 人間界は、吸血鬼にとって危険な世界と言われている。

 太陽、理由はそれだ。

 太陽から降り注ぐ光を浴びれば、吸血鬼は一瞬にして死滅すると、先代から教えられた。

 今は太陽はないようだが油断できない。


 今まで人間界に行った吸血鬼は数多い。

 でも誰ひとりとして、魔界に帰ってきた者はいない。


 だから私は人間界なんて行きたいと考えたことはなかった。

 絶対死滅するに決まっている。

 いくら私が他の吸血鬼に比べて、再生能力が秀でていてもだ。


「……私、どうやったら帰れるんだろう」


 その場でしゃがみこんだ。

 お腹は空いているけど、食事なんて魔界に帰ってからでいい。

 早く人間界から逃げないと、いつ太陽に焼かれるかわからない。


「転移魔法を使える吸血鬼なんて聞いたことないわ」


 もう魔界には帰れないのか?

 そのうち現れるであろう太陽に殺されるのか?


 それにあの魔王、他にも厄介な物があると言っていた。

 私をビビらせるための、まったくのデタラメ……ではないだろう。


「まさか私を――吸血鬼を好物にしているヤツがいるの? だから誰も帰ってこなかったの? みんな食べられたの?」


 最悪だわ。

 魔界では、吸血鬼は食物連鎖の頂点に位置していたのだ。

 恐れるものなんてなかったのだ。

 それが人間界では立場が逆転してしまったというのか?


「最悪だわ、もう」


 私は近くの木まで歩いて行って、それにもたれた。

 もしかしたら、この木が吸血鬼の天敵なのかもしれない。


「……まあいいわ。食べる立場から食べられる立場に変わっただけよ。些細なことだわ」


 悩んでも仕方がない。

 もし天敵が現れたら、必死に抵抗してやろう。

 黙って殺されるつもりはない。


「さて。そうと決まれば、さっそく獲物でも探しましょうか」


 あいにく今はトマトジュースを持ってはいない。

 であるならば、他の生き物から血をいただかなければいけない。


「……何かが近付いているわね」


 耳をすますと音が聞こえたのだ。

 それもどんどん大きくなっていく。


 私は軽くジャンプして、木の枝に飛び乗った。

 まもなく、ここに獲物が来る。

 ソイツの頭上から襲ってやろう。


「さあ、いらっしゃい。苦しまないように血を吸ってあげるわよ。フフフ」


 枝に座って脚をバタつかせた。

 いったいどんな獲物が来るんだろう?


 ゴブリンか?

 オークか?

 それともスライムか?


 欲をいえばドラゴンがいいな。

 魔王にやられた憂さ晴らしをしたいからだ。


「フフフ、八つ当たりしてごめんなさいね。恨むなら魔王を恨みなさい」


 ふと視線を上げた。

 黒かった空は薄くなっていた。


「人間界の空って、時間がたつと色が変わるのね」


 人間界は何もかもが魔界とは異なっている。

 さらに、遠くの空は方は明るくなっていたのだ。


「あっちに何かあるのかしら? 例えば魔族たちが暴れているとか」


 もしかしたら吸血鬼がいるかもしれない。

 だったら人間界で生き延びるコツを聞いてみたいな。


 食事をとったら行ってみようか。

 いや待てよ。


「もし獲物が複数なら、一匹は生かしておきましょう。道案内が必要だわ」


 しかし素直に従ってくれるかしら?

 うーん、たぶん大丈夫じゃないかな。

 目の前で仲間を惨たらしく殺してあげれば、おびえて抵抗なんかしないはずだ。


「フフ、やっと来たわね。――えっ? う、ウソでしょ?」


 真下を獲物が通りすぎた。

 しかし私は何もできなかった。

 その獲物が、あまりにも予想と異なる姿をしていたからだ。


「あれって馬よね? 人間界じゃそんな立場になっていたの?」


 馬がたくさん通りすぎた。

 しかしその姿は魔界の馬とは全くの別物だった。

 魔界の馬は、吸血鬼ほどではないが、食物連鎖の上位だ。

 彼らは二足歩行だ。

 ちゃんと服を着ている。

 小型のドラゴンを従え、その背中に乗っているのだ。


 だから。


 けっして両手両足を地面につけたりはしない。

 けっして全裸で外に出たりはしない。


 けっして誰かを背負って走り回ったりはしないのだ。


「何よあなたたち。まるで奴隷じゃない」


 人間界では馬の社会的地位は低いのか?

 であるならば、吸血鬼の立場も良くない可能性が高い。


「これが魔王の言っていた厄介な物……なのね」


 逃げようかと考えた。

 だって馬をあのように扱うのだ。

 戦っても勝てないだろう。


 しかし。


「もうダメ。お腹空いたわ」


 限界だ。

 血が欲しい。

 それも馬じゃない。


「馬を従えるなんて生意気ね。きっとその身体に流れている血はすごく美味しいんでしょうね」


 馬に乗っていた生き物。

 あいつらが、この人間界の上位種族なのだろう。

 きっと吸血鬼の天敵なんだと思う。


 でも。


「格上だからって何? 下克上してあげるわ! 覚悟なさい!」


 吸血鬼は好戦的な種族だ。

 逃げることは考えても、基本的にそれを実行したりしない。

 気に入らない相手は排除したくなる性質なのだ。


「アハハハッ! 殺し合いは最高の娯楽よ!」

お読み頂いて本当にありがとうございました。

「面白い」「続きが気になる」

と思いましたら

広告下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援をお願いします。

面白かったら★5をつけて頂けると大変助かります。

つまらなかった場合は★1でも構いませんのでつけて頂けると嬉しいです。

ブックマークも出来たらで構いませんのでつけて頂けると大変嬉しいです。

身勝手なお願いですけど、どうぞ何卒よろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ