17 山へ
山の向こうから再び太陽が昇ってきた。
だから私は窓から離れた。
ベットを見ると、ユーリアが羽ばたいていた。
「おはようございます、オシブさん」
「よく眠れたかしら?」
「はい、おかげさまで」
一階に降りた私たちをメイドが出迎えた。
「おはようございます。オシブさん、これを」
そう言われて、メイドから赤い布を渡された。
めくってみるとウラは白だ。
彼女は得意気に言った。
「それは闇魔法で作られた特殊なマントです。元々、アンデッドの冒険者が使っていた物なんです。これで太陽の光にもある程度耐えられる筈です」
「あら『闇』って単語が気に入ったわ。昨日は光魔法でさんざん攻撃されたから、気分が悪かったのよ」
「お古で申し訳ありません。ですが、そのアンデッド冒険者はAランクで活躍されていたんです。Sランクの貴女からしたら頼りないアイテムかもしれませんけど」
「そんなことないわ。ありがたく使わせてもらうわね」
白いほうが表だったか。
私はそれを羽織った。
くるっと回って、腰に手を当てた。
「どうかしら、これ? 似合う?」
「うわぁ。すごくカッコいいですよ、オシブさん!」
ユーリアは回転しながら、私の周りをまわった。
メイドはさらにカバンを渡してきた。
中にはビンが何本かあった。
「えっと、その……流石に血液を用意する事は出来ませんでした。ただ代わりといっては不十分だと思うのですが……」
「え? ビンの中身が赤いわよ?」
「血に似ているのはそれくらいしかなくて。吸血鬼といえばやっぱりそれですよね」
私は一本を取り出した。
蓋を開けて、においをかいだ。
知っている。
この香りは知っている。
一口飲んでみた。
その液体は喉をうるおし、胃袋を癒していく。
だからビンを傾けて残りを流し込む。
「トマトジュースじゃないのよ、これ! とっても美味しいわ!」
「喜んでもらえて嬉しいです」
「ありがと。これさえあれば、魔王だって余裕で倒せるわ」
「あはは。頼もしいですね」
酒場から出ると、太陽の光に浴びせられた。
私はとっさに腕をおおう。
しかし炎は出ないし、赤黒い湯気も出てこなかった。
「……このマント便利ね。正直助かるわ。あのスキルは自分の血を消費するから気持ち悪いのよね」
「良かったですね、オシブさん」
しばらくすると馬がやって来た。
一頭の馬と、ロープに繋がれた箱があったのだ。
ユーリアと出会った時に、彼女が乗っていた物と同じタイプだ。
ユーリアが聞いてきた。
「オシブさん? もしかして馬車をご存知ないんですか?」
「馬車っていうのね。いま知ったわ。それが人間界の移動手段なのかしら」
「はい。あの、魔界には馬車はないんですか?」
「そうね、無いわ。移動は自分の足か、小型のドラゴンがおもね」
「すごーい」
「あとは転移魔法を使える奴もいるのよ。……私は使えないけど」
「おい。いつまでお喋りしているつもりだ」
馬車の中からヘッダが出てきた。
声に苛立ちの色が少し入っていた。
「明るいうちに仕事を終わらせたい。急げ!」
「何よ。無視されて寂しかったの?」
「ふん。魔族は好戦的という性質は君にも変わらんな」
「まあまあ、お二人とも落ち着いて」
ユーリアが間に入ってくれなかったら、殺し合いが始まっていただろう。
ユーリアは命の恩人だということを、ヘッダは感謝してほしいものだ。
私たち三人は馬車に乗った。
御者はヘッダの部下と思われる女騎士が勤めている。
馬車は城門へと向かった。
窓の外から巨大な物が視界に入った。
昨日は開けっ放しにしていたが、今は閉じている。
「どうやって閉めたのよ」
「臨時に他の者が門番をやってくれたのだ。しかし正式に女神に認められた者ではないから、一回閉めれば、もう開くことは出来ない」
「不便ね。まあ、ごめんなさいね」
「なぜ君が謝る?」
「あれ開けたの私」
「まさか。いくら血液の波動に覚醒したからといって、神聖なる門番しか開閉は出来ないのだぞ」
「でもヘッダさん本当なんです。オシブさんは昨夜、わたしの目の前で開けちゃったんです」
ユーリアがそう言うと、ヘッダは顎に指を当てて考え込んだ。
それっきり私たちは静かになった。
やがて馬車は止まった、巨大城門の近くで。
「で、どうやって開けるの? なんなら私がアンリの無罪を証明してあげましょうか?」
沈黙を破ったのは私だ。
ヘッダが続く。
「残念だがアンリの容疑は、今回の職務怠慢だけではないんだ。奴には他の容疑もかけられている。だから君が門を開ける必要などない。あれを見ろ」
窓から顔を出すと、城門の真横に、小さな城門があった。
それが開き、馬車が再び動き出す。
私はヘッダに言った。
「アンリの身体に流れている血は、あなたたちには都合が悪いのかしら?」
「何故そんな事を聞く?」
「女の勘ってやつ。あんなに幼い少女――じゃなっか少年が様々な罪を犯せるとは思えないだけよ。となると出自が厄介なのかなって」
「おそらくそうだろう。詳しい事は私にもわからん」
「じゃ、じゃあ。魔物を討伐してもアンリさんは死刑なんですか? そんなのひどいです!」
「ユーリアといったね。君は優しいね。安心してくれ。魔物を駆逐出来れば彼は放免とされるそうだよ」
「よ、よかった……」
街の中は建物がいくつも建てられていて、せわしなかった。
しかし街から出ると、草と木と山しかなかった。
辺境という言葉が似合う所だった。
私は腕と脚を組んで、ヘッダに尋ねた。
「で、どこへ向かっているの?」
「街の北東にある山だ。そこにボスがいるらしい」
「そいつは一人?」
「わからん。報告では一人と聞いているが、ひょっとすると複数いるかもしれない」
それからしばらく沈黙した。
馬車は坂道を通っている。
傾く車内に合わせて、私も腕組みしたまま傾いた。
ヘッダは何やらそわそわし始めた。
彼女の額に汗が流れている。
だから私は言ってあげた。
「トイレに行きたいの? だったら馬車を止めて、草むらでしなさい」
「違うわ!」
「冗談よ、ごめんなさいね」
「オシブさん、わたしにもそんな恥ずかしいこと言いましたよね」
「何よユーリア。まだ気にしてるの?」
「もうしてませんよ!」
そう言っている彼女は紫ボディが真っ赤だった。
怒っているようだったが、すぐに笑顔に変わった。
しかしヘッダは深刻そうな表情だった。
「……敵がいるの?」
私は低い声で聞いた。
ヘッダは男のような声で返してきた。
「いや、逆だ。そろそろ魔物に襲われるかと思っていたのだが」
私は、飛んでいるユーリアを捕まえ、膝の上に置いた。
「警戒しなさい」
「は、はい」
ユーリアから、ヘッダに視線を変えた。
「夜になったら襲ってくるんじゃないの? 今はまだ明るいわ」
「この辺りは昼間でも魔物が徘徊していると聞いていた。しかし、いまだに襲撃がない。どうなっているんだ?」
「私たちは西の方にある森から街へ来たわ。その間、魔物なんて見なかったわよ」
「何だと? あそこも非常に危険な敵が出る筈だが……」
「盗賊とエルフはいたわね。もしかして、あのエルフが黒幕なのかしら?」
「あ、あのお方は女神様です! 悪いことなんてしませんよ!」
「あなたをコウモリにしたじゃない」
「そ、それは……」
「今度会ったら殺すつもりだから。ヘッダ、そのボスって奴はエルフじゃないの?」
「いや、種族までは不明だ。ただ確かなのは、この馬車より図体がデカイというだけだ」
「ふーん。――!? あら? ねえ、ここってどこ?」
「何を言っている。ここは山の中――何だこれは!?」
「え、え、えええ! 何ですか、これ。街の周囲に、こんなものはありませんでしたよ!」
「落ち着きなさい、ユーリア」
「いえ、だってあの街から行くには何日もかかるはずなんですよ!」
ユーリアは窓にへばり付いて叫んだ。
「海があるんですよ!」
窓から見えるのは、山や草木ではなかった。
地平線まで広がる水の集まり、巨大な池だったのだ。
人間界では、これを『海』というのか。




