16 クエスト
「申し遅れたな。私は王国騎士団団長、ヘートヴィヒ・ハインリーケ・フォン・ヴォルフ・ハイリゲンクロイツだ」
「ずいぶん長い名前ね」
「よく言われる。私の事は『ヘッダ』と呼んでくれ」
「私はオシブ・ザ・パーシモン。こっちのコウモリはユーリア・ヤケシュ」
「嬉しいです! わたしのフルネームをちゃんと覚えていてくれて!」
「さて、単刀直入に言おう。君には魔物討伐をしてもらいたい」
ヘッダは頬づえをついて言った。
私たちはペペロンチーノがあったテーブルにいる。
私も彼女と同じ態度を取った。
「一匹倒したらアンリは解放されるのね?」
「いや、正直魔物は何匹いるのかわからない。ただ確かなのは魔物どもをひきいているボスがいるようだ。すまないがそいつの討伐をお願いしたい」
私は頬づえをやめて、腕と脚を組んだ。
「そのボスってやつを倒せば、魔物たちは消えるって考えているのね。で、いったいどんなボスなの? ドラゴンだったら喜んで殺ってあげるけど」
「そんな巨大なものではないようだ」
「ヘビも十分大きかったわ」
「あれは言わば下っ端のようなものだな。ただ人ではないのは確かだ。一ヶ月ほど前から大量の魔物が出現した。調査に出た部下の報告では、ボスが得体のしれない魔法で魔物を作り出しているそうだ」
「魔法使い?」
ユーリアが言った。
彼女はテーブルに着地している。
「おそらくはその類いだと思われる。だが体格は人間を遥かに上回っていたそうだ。おそらくそいつは魔族であろう」
ユーリアは私に近付いて聞いてきた。
「あのう、魔族と魔物の違いってなんですか?」
「言葉を喋るのが魔族。喋らないのが魔物」
私は髪をかきあげて答えた。
もっともそれは魔界での話。
人間界では違うのかもしれない。
ヘッダは口笛を吹いた。
「ほう。君の故郷ではそのような認識なのか? こちらの地方では、魔物の進化形が魔物だ」
「それだとまるで魔物は魔族に劣るみたいな言い方ね。魔界だと結構厄介な存在よ。多くの魔物を屈服させることができるもの、魔王になれる条件のひとつ」
するとヘッダから殺気が漂ってきた。
うん、心地良い。
「ほう。すると君は魔界から来た、とでも言うのかね?」
「そのとおりよ」
ヘッダの殺気が増した。
「やはり魔王の命令か? 人間界の支配が目的か?」
さて、どうやって答えてあげようか?
返答しだいで殺し合いになることぐらい、私だってわかる。
「ま、待ってください! オシブさんけっしてそのような人ではありません!」
ユーリアが翼を振り回しながら叫んだ。
しかしヘッダは、私をジッと睨み付けたままだった。
私はチラッとアンリを見た。
彼女は、別のテーブルにいる。
周りを騎士たちに囲まれて。
しかし殺し合いになると、アンリは即処刑だろうな。
せっかくの食料を失うのは惜しい。
じゃあ、速攻でアンリを奪い取り、この街から脱出しよう。
騎士たちをまいたあとで、彼女を美味しくいただこうかしら。
よし決まりだ。
ユーリアを掴んで、私の元に引き寄せた。
いよいよ私から宣戦布告の言葉が出ようとした、その時だった。
目の前に白い物が置かれた。
メイドが、この場にいる者たちに配り始めたのだ。
「ちょっ、こ、これってまさか?」
テーブルに置かれたそれに、私は釘付けになってしまった。
だってそうだろう?
魔界では滅多にお目にかかれない。
今までポスターでしか見たことがなかった物だ。
それこそ一部の有力者、魔王でないと食べることがゆるされない代物。
それを台無しにしたという理由で私は人間界へ追放された。
全てを始まり、私とユーリアが出会うきっかけになった物。
「あ、アイスクリーム?」
「そうですよ。さあ皆様! 溶けないうちに召し上がれ」
メイドはニコニコ笑いながら壁にもたれた。
彼女が作ったのか?
ひとつ用意するのに、数年はかかるというのに。
そんなアイスクリームをこんなに大量に?
信じられないわ。
もしかしてあのメイドは、魔界を創った魔界神なんじゃないでしょうね?
私の視線に気付いたメイドは笑顔を増した。
するとメガネがキラリと光り、私の背筋は凍り付いてしまった。
「……敵に回さないほうがいいわね……」
「どうした吸血鬼? さっさと食わんと溶けてしまうぞ」
ヘッダはアイスクリームを頬ばっていた。
彼女からは殺意が完全に消えていた。
目を丸くして、口の周りにアイスがついている。
凛としていた彼女は、今では食い気しか感じられない。
あれが本性なのか?
まあ、考えても仕方がない。
私はアイスクリームがのっている皿を持った。
そこから漂う甘い香りが、私を刺激する。
「もしかしてアイスはお嫌いですか、オシブさん?」
「いえ初めてだから……ってちょっとユーリア!? 何よその顔!」
「え? 何か?」
「アイスまみれじゃない! 笑わせないで!」
「ああ、そういえば。どおりで身体がベタベタすると思いました」
「ほら、しょうがないわね。じっとして」
「あはは、くすぐったいです!」
私の手で、ユーリアの身体についていたアイスを拭き取った。
その手をペロリとなめる。
「――美味しい」
冷たくて甘い。
こんな美味しいものは生まれて初めてだ。
こんな美味しいものを台無しにされたとくれば、たとえ自分の落ち度だったとしても、私に責任をなすり付けたくなるもの。
まあもっとも、ゆるしてやるつもりは全くないけど。
「オシブさんがわたしのアイスを食べてくれましたぁぁぁぁぁぁぁ!」
ユーリアは目をグルグル回している。
紫色だった身体は真っ赤に変色した。
「悪かったわよ。ほら、私のを食べなさい」
スプーンですくったアイスを、彼女の口に放り込む。
「ひひひ! お、オシブさんと、か、か、か、間接キスしちゃいましたぁぁぁぁ!」
私たちは食事を終えた。
私はユーリアを膝に寝かせている。
彼女は笑顔で荒い呼吸をしていた。
優しくなでてあげると、身体が熱い。
「全くよく具合いが悪くなる女ね。従者だったらもっとシャキッとしなさい」
「ぐへへぇぇ……オシブさんの膝枕……」
変態から、正面に座る女騎士に視線をうつした。
凛とした顔立ちで、長い金髪を一本の三編みにしている。
私に気付き、青色の瞳を送ってきた。
「どうだった、アイスクリームの味は?」
「すごく美味しかったわ。魔王が知ったら進行してくるでしょうね」
「その時は君は、やはり私の敵になるのかね?」
「魔王には恨みがあるからそれはないわ。あなた側についてあげる」
「それは心強い。血液の波動の使い手が味方ならば魔王も敵じゃないな」
「どうだか。私のスキルはあの女には通用しないかもよ?」
「もちろん君だけに全てを押し付けるつもりはないさ。この街の聖門には神の力が宿っているからね」
「そういえば、何で城門はあんなにデカイの? 城壁が高いのは魔物を防ぐためって理解できるけど」
「うむ。あの聖門にはこの街の守護神が封印されているのだ。街に危機が迫ったときに封印を解くのさ」
「守護神? まさか女神とかいうエルフじゃないでしょうね?」
「いや、守護神も女神も人間のお姿をされている」
「ふーん。でも封印を解くにはそれ相応の生贄が必要だから、できれば頼りたくないと? だから私に魔物退治を依頼したと?」
「理解が早くて助かる。実はそうなんだ」
「いいわよ。引き受けたわ。住民を生贄になんてされたら、私の食料が減るもの」
「ふん。やはりアイスより人間の血の方が好みか?」
「当たり前よ。たとえアイスが優れていても、吸血鬼は血を追い求めるの」
「全てが終わったら、君も殺さないといけないな」
「上等。それでいいわ。感謝より敵意のほうが嬉しいもの」
「明日の朝に討伐に行く。今日のところはゆっくり安め」
それからも会話は続いた。
やがて騎士たちは酒場から出ていった。
アンリも連れて。
私とユーリアは、二階にある部屋に案内された。
メイドは嬉しそうに言った。
「ちょっと狭いですけど、女の子二人が休むぶんには問題ないかと」
「別に何でもいいわよ。私は外でも構わないんだけど」
「いけませんオシブさん。オシブさんは美少女なんですから、寝ているところを襲われますよ」
「魔界にいた頃の話なんだけどね。私、寝相は悪いほうなの。起きたら死体の山ができあがっていたわ、フフフ」
しばらくして、ユーリアはベットで眠った。
でも私は眠る気はおきなかった。
なにせ五百年も眠っていたのだ。
三百年くらいは起き続けていても問題ない。
窓の外を見ると、白い物がたくさん光っている。
『星』というらしい、ユーリアから教わった。
さらに巨大な星が『月』というそうだ。
あの月を見ていると、なんだか心安らいでくるわね。
しかしこの人間界は、生物はとくかく弱すぎる。
ただ太陽という危険な物がある辺境の地だと思っていた。
しかし、高級品であるアイスクリームがあんなにあるとは驚きだ。
「まさか魔王はアイスが食べたいから私を先遣隊として送り込んだ、って考えすぎ……よねぇ?」




