12 対決
オオカミの男は、目の前で立ち止まった。
指の骨をポキポキ鳴らしながら睨み付けている。
かなり背が高いわね。
私の頭が、彼のお腹に当たる位置だ。
彼は怒鳴り付けてきた。
「テメェか! ヘビを倒したっていうのは!」
「ええ、そうよ。何かを問題でもあるかしら?」
「大ありだよ! テメェみてぇな小娘がSとか認められるかっ!」
するとユーリアが私の横まで飛んできた。
「本当なんですよ! オシブさんは、あの巨大なヘビを一瞬で倒しちゃったんですから!」
「何だテメェは! クソ雑魚コウモリがでしゃばってんじゃねぇ! ぶち殺すぞ!」
ユーリアはおびえて、私の背中に隠れた。
オオカミ男からは、殺気に満ちた視線が降り注いでくる。
魔族にとって相手から敵意を向けられるというのは、とても心地が良いことだ。
「あのヘビはきっと病気か何かだったんだろうよ! そんなまぐれ勝ちでイキがってんじゃねぇぞクソガキ!」
「そうよね、全く自慢にならないわ。あんなのは赤ちゃんでも退治できるもの」
「んだとコラ!」
実際、あのようなヘビは魔界では雑魚である。
オオカミが拳を振り上げると、今度はアンリが割って入った。
彼女は私を庇うように両手を広げる。
「やめてくれよ! 彼女は本当にSランクなんだよ。測定用の水晶を破壊したのがその証拠さ」
オオカミが大きな音を立てて床を踏んだ。
「だからどうした、ああ!? あの水晶はもうボロかったんだよ! んなもん証明になるかボケ!」
「……アンリ、あなたは下がってなさい」
「そ、そうはいかないよ。彼はAランク冒険者のアレックスだ。かなりのパワーがあるんだ。いくら格上のキミでも無事じゃすまないよ」
「んだとコラ! 俺がこんな奴の格下だと!? ふざけんじゃねぇ! このボンクラが!」
オオカミの大きな拳がアンリを襲う。
アンリは両手でぎこちない防御をした。
「――ひっ!」
ドン! という鈍い音が酒場に響き渡る。
しばらくして、アンリは間抜けな声を出した。
「あ、あれ? い、痛くない?」
「そ、そんなバカな!」
私はオオカミの拳を、片手で受け止めていた。
私はため息をして、大男に言ってあげた。
「喧嘩売ってるなら買ってあげるわ。表へ出なさい」
「上等だ! ぶっ殺してやる!」
するとメイドが叫んだ。
「いけません! 冒険者同士の殺し合いは法律で禁止されているんですよ! 違反したら十年間は一切の報酬が出ませんが、それでよろしいんですか?」
「ちっ! 命拾いしたな小娘!」
「ねえ? 半殺しだったら問題ないんでしょ?」
「ああ? なんだテメェ、話がわかる野郎じゃねぇか。気に入った、表に出な!」
ユーリアが、私の顔の前に飛んできた。
アンリとメイドは、手首を掴む。
「いけませんオシブさん。あの人かなり強そうですよ」
「そうだよ。彼は中々Sランクに昇格できなくて気が立っているんだ。過ってキミを殺しちゃうかもしれないんだよ」
「もう少し時間を稼ぎましょう。もうすぐ貴族の兵士が来るはずですから。そうすれば彼だって引き下がざるを得ませんから」
私は彼女たちの手を払った。
「それは困るわね。せっかくのお遊びが台無しになるわ。急ぎましょう」
「何でそうなるんですか!?」
「あなたたちはここにいなさい」
外へ出ると、野次馬たちが集まっていた。
オオカミは片腕をブンブン振り回している。
「遅かったじゃねぇか。てっきり逃げちまったと思ったぜ」
「待たせて悪かったわね。お詫びとして、あなたの攻撃を防いだり避けたりもしない。まともに受けてあげるわ」
「はぁ!? バカかお前」
「本気で来なさい。もし私が死んだら、事故ってことにすればいいじゃない」
「ケッ、なめやがって。でもいいぜ。話がわかる奴で助かったぜ」
そう言うと、彼は呪文を唱えた。
すると身体が光だし、さらに一回り大きくなった。
上着の露出した腕や腹の筋肉が増していった。
強化魔法というやつか。
オオカミの周り、石造りの道は大きくへこんでしまった。
やがて彼から発せられた光は消えた。
「準備は終わったかしら? 邪魔が入る前にかかってきなさい」
「この姿を見て、ビビらねぇとはてぇしたもんだ! それともおびえて頭がおかしくなっちまったかぁ?」
「御託はいらないわ。おいで!」
「ハーハッハ! 俺のパンチを食らって立ち上がった奴はいねぇ! そのカワイイ顔ぐちゃぐちゃにしてやるぜ! 食らいなあああああああ(彼の拳が私に直撃した)ああああ……あ、あ、あれれれれれ???」
彼は、目と口を大きく開け、鼻水と汗をダラダラ流している。
私は笑顔で言った。
「全然痛くないわよ」
「……ば、ば、ば、ぱ、ぱぱぱパカな……」
「じゃあ、次は私の番ね」
ビンタした、思いっきり手加減して。
「ばへぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!」
オオカミは真横に吹っ飛んだ。
数人の野次馬を巻き込み、建物の壁に激突した。
「嫌だわ、殺しちゃったかしら?」
他の野次馬たちが確認した結果、全員生きているそうだ。
「殺さないように手を抜くのもつかれるわね」
私は酒場に戻った。
すると。
「いやぁ、すっげぇな姉ちゃん!」
「あのAランク冒険者をぶっ飛ばしちまうなんてよ!」
「アタシ、あいつにしつこくナンパされたからムカついてたの」
「私なんて何度もセクハラされたのよ。ホント、ざまあみろだわ!」
「もう誰も嬢ちゃんのことをSランクなのか? って疑う奴はいねぇよ!」
「よし今夜はめでたい! 祝だ! とことん飲むぞ!」
「あんたはいっつも飲んだくれてるでしょうが!」
「ギャハハハハハハハハハハ!」
彼らを無視して部屋の奥へ行った。
そこには丸いテーブルがあった。
ユーリアとアンリが椅子に座っている。
彼女たちを見下ろして言った。
「ちゃんと命令どおり、待っていたわね」
ユーリアが飛び付いてきた。
アンリは、ぎこちない動きで私の手を握る。
「オシブさん! カッコよかったです!」
「いやぁすごかったよ。あのアレックスを倒すなんて。……そ、それで痛くはないのかい?」
「痛くも痒くもないわ」
私も椅子に座った。
ほおずえをついて言った。
「ねえアンリ。あなたの血を吸わせてよ」
「ええ!?」
青ざめた表情をされた。
うん、心地良い。
魔族にとって、相手を不幸に突き落とすのは快感だ。
私は身を乗り出して、アンリの首筋をさわった。
トクントクンと確かな脈があった。
これを止めた時の彼女はどんな顔をしているのだろう?
確かめてみたいけど、それはまた今度。
「お腹が空いたのよ。少しでいいから吸わせて」
「う、うん。いいよ」
「待ってください! オシブさんの食事はわたしです! アンリさんが出る幕はありません!」
「ちょっとユーリア」
「なんだとう! 彼女の唇がふれていいのはボクだけだぞ!」
「ダメです! わたしは非常食なんですよ!」
「それじゃボクは常備食だ! どうだ参ったか」
「ぐぬぬ……オシブさぁぁん。アンリさんがイジメるんです!」
「卑怯だぞキミ! 彼女はボクを指名したんだからな!」
誰かこのバカ二人を止めてくれ。
するとメイドがやって来た。
金属の蓋をかぶせた皿を持っている。
それをテーブルに置いて、メイドは言った。
「お疲れ様。お腹空いたでしょ」
「まあね。今からアンリの血を吸うところよ」
「血なんて物騒ですね。それよりもっと栄養のある物を作りましたよ。さあ召し上がれ!」
そう言って、彼女は蓋を取った。
すると強烈な悪臭に襲われた。
「ごへぇぇぇぇぇぇぇ!」
私は椅子に座ったまま、真後ろに倒れてしまった。
後頭部を床にぶつけ、目が飛び出しそうになった。
「ちょっとどうしたんですか? とっても美味しいですよ」
メイドは皿を近付ける。
それには黄色い麺が乗っていた。
とにかく臭い。
様々な魔族の排泄物や吐瀉物を何日も放置したような、異常な臭いだった。
私は両手で鼻と口をおおった。
ダメだ、肌から臭いが体内に入ってくる。
いったい何なんだ、あの麺は。
いや、よく見ると白い物が入ってくる。
あれが原因か?
これも魔王が言っていた厄介な物か?
三人の声が聞こえてくる。
「ダメですよ、ペペロンチーノなんて。オシブさんは吸血鬼なんですからね」
「そうか! ボクとしたことが迂闊だった!」
「あっ、そうでした。吸血鬼はニンニクが苦手だったんですよね」
ニンニク?
何だそれは?
それも吸血鬼の弱点か?
意識が遠のいていく。
ここで死ぬのか?
と思ったその時だ。
私の身体から赤黒い湯気が出てきたのだ。
血液の波動か。
すると臭いはなくなった。
意識もはっきりした。
私は立ち上がって、テーブルを見た。
皿の上には蓋がかぶせられていた。
それを退ける。
再び黄色い麺、ペペロンチーノが視界に入った。
ところが今度は全く苦しくない。
鼻が麺に当たりそうなほど近付けても、臭いはしなかった。
三人の驚く声がした。
「すごいですオシブさん! やっぱり血液の波動を覚醒させたから、オシブさんは良い人です!」
「信じられない。吸血鬼にとってニンニクは弱点なのに。き、キミは無敵なのか?」
「さすがはSランクですね。ニンニクなんてへっちゃらですね。もしかしたら太陽や聖水も大丈夫なんじゃないですか? やっぱり貴女はこの街の救世主です!」
ふう全く、救世主だなんてあり得ない話だ。
私は魔界から来た吸血鬼、あなたたちの平穏を壊すことを好む魔族。
それはそうと私の身体。
もっと早く血液の波動を発動させなさいよね。
危うく死ぬところだったじゃない。
発動が遅れたことをわびているのか、オーラは濃くなっている。
「……このスキル。まだ身体がなれていないようね……」
私はペペロンチーノを見つめた。
臭いはしない。
だけど食べたいとは思わない。
ニンニクを食べるというのは、排泄物を食べるのと同じことに思えたからだ。
ひとりでそんなことを考えていると、扉が乱暴に開かれた。
「アンリはいるか! 聖門の門番という大事な職務を怠った罪により、貴様を処刑する!」




